第25話 絶望の獣 希望を探していた、かつてのシルフィード
石舞台の上で、乱舞のように互いの腕を交差させている者たちがいる。
小物のバーヴァリアンが顔を上げ、岩場から飛び出してピョンと跳ね飛び不思議な踊りを披露する。
その周りを赤目のカートたちが囲み、同じく見たこともない踊りを踊っていた。
焦点の合っていない目。
敵意も、なにも、興味もないカートたちの不思議な目。
『ノーム、イガガ、グラーヴイヴィル、ガー!』
「こいつら今なんて言ったの!?」
『ち、ちょっと待って!』
ギリギリと機械仕掛けのマニピュレーターが、身長差もあるシルフィードの体を押しつけていく。
やや高くなった石台の上、シルフィードは押されていた。
『こいつら、意思がある!?』
『おまえ達はここで死ぬ』
突然、地面の底から響いてくるような不気味で太い声が聞こえてきた。
『エログゴ、ナァムリーゴヴゥァーン?』
「なにいまの!?」
地から響く野太い声に続くように、周りの小動物たちも直立しながらめいめいに赤い舌を伸ばして騒ぐ。
『ほどほどにな』
『こいつ喰ってもいいのか』
「ひ!」
気味の悪い言葉が、前後の言葉となんの関係もなく紡ぎ出される。それは確かに地面からだった。
それと、目の前のトマホーク……複合繊維に覆われた機械仕掛けの自動兵器に、黒い何かがまとわりついている。
にやあっと、黒い影が笑った。赤目の怪物は生きている。
ソノイは手のひらにぬめりけのある汗を感じ、一瞬だけ操縦桿から手を離した。極度の緊張がミスを誘発する。
トマホークはシルフィードののど元を抑えると、力押しでその場に押し倒した。
周りのカートたちがギャーギャーと叫んで、一つしかない赤目を上下させて喜んだ。
ソノイたちの降り立つ窪地の前哨基地とは別の角度、今度は燃える中型艦船が高度を落としながら着陸軌道を下っていた。
三点式ランディングギアは前方のノーズギアと左舷部のみが解放され、艦は中破。いくつもの黒い煙を空に延ばして崖の上を飛びすぎていく。
艦の下方に地上が迫り、ユーヤーは味方の脱出を計ると共に自分のトマホークに飛び乗った。
艦のデッキへ飛び乗ると、グレイヴのトマホークと新しい敵が睨み合っている。
『大佐!』
『おまえは来るな! 死んでもこの場を守り切れ』
『しかしあの人間は、私には生きろという命令を』
『おまえは命令を聞けばいい、余計なことは考えなくていいんだ少尉。軍の規律を忘れたか?』
『……!』
ユーヤーのトマホークに背を向けて、翼を畳みグレイヴ大佐機が武器を構える。
半壊した降下艇の瓦礫から仲間の兵たちが顔を覗かせ、まだ生き残っているカートやバーヴァリアンとの戦闘を続けている。だがグレイブは、それら足下で戦っている友軍をトマホークの無骨な足先で蹴り飛ばした。
グレイブのトマホーク、エンジンに白い光りが灯る。
『見敵必殺よ!』
戦うために生み出された戦闘生命体の試作型でもあるグレイヴは、機体をひねらせると大胆に敵機の懐に飛び込んだ。
ここからでは大佐の支援にはまわれない。
ユーヤーは敵シルフィードとトマホークを横に見ながら、ゆっくりと艦の前方を目指した。
乱流が足下をすくい、装甲板が風に揺れて甲高い悲鳴をあげる。こんな飛行中の艦上で戦闘が起こる事など、本来ありえない。
しかしあの重い装甲の戦闘用モビオスーツは、シルフィード、トマホークは、格闘戦ができるパワードスーツとして開発された歩兵用の兵装だった。
シルフィードが腰元からブレードを外し、低い体勢から鋭い突きを入れる。
トマホークはアックス状の武器でブレードを受け流し、左腕でシルフィードの腕を掴む。
シルフィードの腕が曲がる。シルフィードは飛び跳ねると、翼を開いてトマホークの背部で前転しトマホークの真後ろをとった。
『な、なんていう柔軟性……』
トマホークはシルフィードに背後をとられ硬直したが、パワー指向の頑強なボディがシルフィードの関節技を阻む。
シルフィードが一瞬機体を離した隙を狙って、トマホークはバックステップからの、下半身ひねりと足払いからの体当たりを敢行した。
『……!!』
『やってくれるじゃないか小娘!』
『大佐!』
ユーヤーには分かっていた。もちろん大佐だって分かっているはず。
このシルフィードは、さっきのソノイ少尉とは別の機体だ。
『…………!』
シルフィードはグレイブのトマホークと、ユーヤーを前に軽やかにステップを踏んだ。
『勝負をつけてやる! さあ来い!!』
この乱流の塊の中で、なおもあそこまでの機動性を活かせるとは。あの機体の乗り手、ただ者ではないはず。
グレイブのトマホークは甲板に腕を突きさし、トマホークが風に飛ばされるのを防いでいる。
『大佐、私が背後に回って奴を食い止めます!』
『任せた!』
ユーヤーは風上に向かってエンジン出力を上げると、翼を開いて慎重にシルフィードの背後に回った。
流れる風が音速を超え、すべての衝撃音が高音となってはるか後方に吹き飛んでいって消えていく乱流の中の戦い。
ユーヤーのトマホークが、シルフィードの翼に手をかけた。
シルフィードはトマホークを避けて軽やかに跳び退き、ユーヤー機の腕をブレードソードでそぎ落とそうとする。ユーヤーはレバーを引いた。
『いい勝負だ!』
急速に推力を失い後退をはじめたユーヤーのトマホークに、虚を突かれたシルフィードにグレイヴのトマホークが覆い被さる。
青のトマホークは歴戦の証、シルフィードは翼を抑え込まれ一瞬だけ動きを止められた。
すぐ後ろは乱気流の渦の塊だ。
『やればできるとは、こういうことだ!』
『大佐、注意して!』
ユーヤーは出力を取り戻すと再びアフターバーナーを吹かして急加速し、先行する降下艇上のシルフィードたちを追いかける。
『クッ、推力が足りない!』
『仲間と共に戦えれば、どんな困難でも乗り越えることができる! たとえそれが、死であろうともだ!』
ユーヤーのトマホークはなんとか降下艇に追いつこうと、剥き出しになった降下艇の突起物を掴んでエンジン出力を上げる。
そこへグレイブのトマホークが何か掴んだかと思うと、引き上げて頭上からシルフィードに向かって投げ放った。
破片のいくつかがユーヤーのトマホークまで跳んできてぶつかる。それは降下艇の、自身の足場として使っている骨組みだった。
すくい上げられた仲間のアンビギューターが悲鳴を上げて、生きたままシルフィードにぶつかり赤いしぶきを上げる。
『なにを!?』
『それが兵器の役割だろう?』
降下艇はすでに推力をほとんど失っており、全体はまだ生きていたがすでに虫の息だった。
グレイブの破壊行動は艦の致命的ダメージの一つに過ぎない。この艦は、カートに取り込まれた時点ですでに沈みかけていた。
『我らアンビギューターの使命を思い出せ! 空にも上がれず! 地を這うことでしか己を活かせず! おめおめと、壁の内側で惰眠をむさぼる人類共の刹那的な夢のためだけに使い捨てられる、高価で誇り高き兵器としての使命を!』
『大佐、あなたは!?』
『違うかねクローン。クローンに反抗する口があるか?オーダーは下されているのだ、ユーヤー少尉!』
乱流の渦巻く降下艇上で、グレイブのトマホークがユーヤーを見下ろした。
『人類が我々に下したオーダーとはなんだ?』
『生きろ、だ!』
『いいや違う! ユーヤー!』
シルフィードがナイフを構え、ふと動きを止める。
目の前ではアックスを掲げるトマホークがいた。
『人類が我々に下したオーダーは、世界から争いを無くすこと、彼らを導くこと、人類に、平穏の約束された空へ導くことだ』
そう言ってトマホークが、塔を指さす。
『あの新米の女の示した、その場限りの理想など忘れろ!』
彼方に映るのは建設が途中で止められた、ばかでかい空へと続く巨大な塔。その先には未知の惑星があると聞く。
未知の惑星、アンビギューターはその惑星開拓のために作られた人造兵器だった。
シルフィードが動きを止めた。
『天へ人らを導き、終わりなき地上の争いに我々が終止符を打つ。忠誠を尽くし、使命を果たす、それがアンビギューターに下された、我々に対する人類のオーダーだ』
シルフィードが塔を振り返り、トマホークを見て、次に後方のユーヤーを振り返る。
ユーヤーは必死に降下艇の突起物にしがみつき、エンジンを吹かすしかできない。
地面が近づき、空をさ迷う巨大艦艇の残骸が降下艇の真下をくぐり抜けていく。
シルフィードが頭部を持ち上げ地面を睨む。翼を開いたかと思うと、エンジンに白い光りを灯してその場で勢いよく跳躍した。
『こいつまだ飛ぶか!』
グレイブが隠していた射撃兵装を取り出し、飛び行くシルフィードの背中を撃った。
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