第23話 獣が問いかける

 赤い光を灯す二脚型の味方機トマホークは、すべて牽引用ワイヤーで地上にロックされていた。

 パイロット乗降用のハッチは開けられている。ただ電源は入っているのか、淡い赤色の光りがカメラには灯っていた。

『やっぱり生きてるみたいね』

「死んでるわよ」

 ここは基地としての能力を失ってから、長い月日がたっているらしい。

 切り立った崖と崖に挟まれて天然の要塞と化したこの小さな基地に、滑走路が一本敷かれている。

 上空の青空は、狭くて息苦しい。

 下級バーヴァリアンがちろりと下を出して岩陰を走り抜き、ソノイたちが油断しハッチを開ける時を縦筋の目で覗いていた。

「そもそもおかしいのよ。味方の基地に『突入する』っていうのが。おかしいと思わない?」

『ソノイちゃんはそれを一切聞かないでここまで来たもんね』

「あの状況で詳細を聞けって方がおかしいわ!」

 ソノイはぐっと手を握った。

「それに、あいつもいろいろおかしかった」

『あいつが?』

 脚を伸ばしたシルフィードがいったん空を見あげて、それから半壊したドックの方を振り返る。

『なにかあったの?』

「何か含んだような言葉っ、大切なことは言わなかったり、黙ってるのなんてバレバレなのよっ」

 ソノイは無線のスイッチを全軍共通の周波数帯に切り替えた。

 聞こえてくるのは、微弱ノイズのみ。

『話題変えてもいいー?』

「いいけど」

『ソノイちゃんなんでこんなとこに来たわけ』

 ソノイはシルフィードのコクピット内で、自分にできることを続けていた。

「暇だったからよー」

 シルフィードは半自動操縦の可変型モビオスーツ、操縦者は電子生命体の紅炎というちいさな女の子。

 機体は、シルフィードはソノイの許可がないと何もできないようセットされていた。

 詳しくは分からないが、どうやらある種のセーフティがかけられているようだ。

『うそだーっ』

「じゃあなんだと思う?」

 ソノイは破棄されたモビオスーツの一つ一つをスキャンしていき、安全性の確認もしていく。

 生命体反応無し。動く物もなし。画面が切り替えられ緑色の背景に、機体の輪郭が浮き出す画面になる。

 シルフィードの頭部も、ソノイの目の動きに連動した。

「リアルに作られた偽ものの空がね。気に食わなかったのよ」

『あーあの壁の中の?』

「そっ。にせものだって分かったら、本物の空が見てみたくなるじゃない。私はなったわ。あなたはどうして空を飛んでるの?」

『えっわたし? そんなのカンタンだよー、こうしてっ、こういうことがっ』

シルフィードの操縦権限が紅炎に変わり、シルフィードはぐっと腰を落として腕を振るった。

『こうやってっ、こうのっ、こうよーッ!』

 背部エンジンの回転数が高まり、シルフィードはふわりと大地を蹴ってパンチとキックを繰り返した。

 揺れるコクピットの中でソノイはしばらく耐え続けたが、しばらくしてシルフィードは「ガッ!!」と音を立てて動きを止めた。

リミッターが発動したようだ。このシルフィードは、何もできないようあらゆる安全装置が全身に施されている。

 ソノイは頭を抑えて横に振った。

「暴れるのは許可しないわよ」

『さっすがーっ。どうせ許可もできないくせに』

「むー!」

 ギリギリギリ、グギィーと錆びた鋼材がこすれあう音がする。

 ソノイは目を上にあげた。シルフィードも前を向く。

 赤い砂混じりの不穏な風が周囲を舞う。

 拳を掲げ、シルフィードのパンチを受け止めているトマホークがいた。

『……カート?』

 紅炎の怯えた声が機内に響く。

 カートの瞳は、真っ赤に燃えていた。

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