双翼のシルフィード 第13稿

名無しの群衆の一人

第1話 序章~壁

 壁がある。

 高く、分厚く、それでいて古く、焼けて、ボロボロで、少しの衝撃でいつ崩れてしまうか分からない大きくて頼りない壁が。

 その壁が、人類を外の脅威から守ってきた。

 日照りの日も。雨の日も。嵐も核の爆風からも、慈悲も理性も何もない人類の強敵からも、この高くて分厚く古くさい壁は守ってきた。

 もう何十年も昔の話だ。

 セボリアと呼ばれるかつての国は、もはや国という体制を失って一つの地下都市と核シェルターにこもって徹底抗戦を続けていた。

 他の国々との通信は途絶え、歴はすでにその意味を無くし、今では人々はその壁の内側だけが世界であると思い込み、青く塗られた地下世界を空だと思い、人工照明を太陽と信じて、深く地中に隠れて生きていた。

 人類は誰と戦っているのか。その名前は、カートと言った。

 カートが何者であるのか。観測をやめた人類にとって、敵がいったいなんであるのかは分からないことだった。

ただ、外の世界を見る目だけはある。誰も外の世界を見てはいないが。

「この世界は化け物だらけだ」

 焼け焦げた壁のすみにしがみついた甲虫が、青い目玉を覗かせて兵士たちを見下ろす。

 硬い殻に閉じこもり、踏みつけられ、蹴られてもなお生き続けるために大地にしがみつき生き続ける昆虫。

 見回りの兵士が銃を持って、パワードスーツのゴーグル越しに外を覗いた。

 この世界では、軍人以外が壁の外を見ることはほとんどない。

 壁の中が世界であると、そう市民には言い聞かせないと戦い続けられないからだ。

 もう一人の兵士が望遠ヴァイノキュラーを目に当てて、遠く壁の外に配置された野戦基地を覗く。

「まったくだ」

「オレ達は楽でいいな。こうやって、見ているだけでアイツらが戦ってくれるんだから」

人類が戦うのをやめてからどれほどの時が経っただろうか。

暦が意味を為さず、いつか人々は、化け物と化け物が戦い合う世界の傍観者になっていた。

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