-7話 入部してあげてもいいわ……●
部活紹介が終わった日の放課後、私、冬月美沙は映像制作部の部室の中にいた。部室内には、既に部員と思われる夏川君という人と、もう一人の部員の春浦さんと一緒にいたが、春浦さんの方は、ここ数日の新入部員勧誘用のPV映像の制作に疲れたせいなのか、今は部室内のソファーの上でグッスリと寝ていた。
「しかし、新入部員勧誘用のPVだけど、見ていた人達からは、見事な反応だったね」
「まぁ、私の手にかかれば、アレぐらいは簡単に作れるわよ」
私は夏川君に自信気になって答えた。
そんな自信気に答える共同制作で作った新入部員勧誘用のPV映像というのが、春浦さんが今流行りのアイドル系UTuberの様に歌を歌いながら踊る様子を簡単なPV風に見せるというものである。
最も、今回の新入部員勧誘用のPVに使われている歌は私の自作である為、短期間しかなかった制作時間にも関わらずそこそこの高評価を得る事が出来たのは、私の実力のおかげだと思っている。
急な短期間で新曲を作る事が出来たのも、昔からやっていたPカロでの経験が役に立った証拠ね。
「確かに美沙の作った歌は凄いよ。でも、それだけだと見ていた人からの高評価は得られなかったと思うよ」
「一体、何が言いたいのよ?」
「見ていた人からの高評価を得る事が出来たPVの映像あってのおかげだと思うよ。つまり、あの新入部員勧誘のPV映像が好評だったのは、その動画を編集した僕のおかげだと言いたいの」
今回の新入部員勧誘用のPV映像に関して、多くの生徒達から好評の意見を得たのは歌を作った私自身の功績だと心の中で思っていた矢先、突然、隣にいた夏川君が今回のPV映像が好評だったのは自分の編集の凄さだと自慢をするように言ってきた。
「突然、何言ってるの? 確かにあなたの編集技術があって多くの人からの好評を得れたのは間違いないと思うわ。でも、ただ編集技術があるだけだと、今回の新入部員勧誘用のPV映像は完成しなかったわよ」
突然の夏川君の発言に対し納得のいかなかった私は、すぐに反論をするように言い返した。
「今回の新入部員勧誘用のPV映像が多くの人達からの好評を得る事が出来たのは、私が作った歌のおかげよ!!」
「いいや、僕の編集技術のおかげだよ」
私は自分の作った歌のおかげで多くの人からの好評を得る事が出来たと強く言っても、夏川君はその事実を認めようとする事なく、自分の編集技術の功績のおかげだと言い返してきた。
「何言ってるの、私のおかげで成功したのよ」
「いいや、僕の凄さだね。成功出来たのは」
お互い、それぞれの実力を認める事なく、自分の方が凄いと互いに張り合う様に言い合った。
その後も、しばらく言い合いが続いた後、夏川君が私の顔を見て、ある事を思い出したかのような顔をして喋りかけてきた。
「ところで話は変わるけど、美沙って、あのNN動画で有名だったmimiPの事?」
夏川君は、私がNN動画で活動している際に使っているペンネームである『mimiP』の名前を出してきた。
今更!? と思いつつも、相手がその事を知っている以上、特に隠す理由もない為、私は正直に認める事にした。
「えぇ、確かにNN動画内ではmimiPって名前で活動していたわよ。それがどうしたの?」
「やっぱり。そんな気はしていたんだよ。どうりで、短時間であの歌を作れたわけだ」
「それだけ?」
「それだけじゃないよ。mimiPもとい美沙って、住んでいる場所って東京の方じゃなかった? どうして、こっちの方の学校に来てるの?」
「単に親の仕事の都合で、こっちに引っ越して来たから、こっちの学校を選んだだけよ。あなたには別に関係ない話でしょ?」
何を聞いてくるのかと思ったら、案外どうでもいい話だった。
「まぁ、確かに関係はないかもね?」
夏川君が私の正体について問いかけて来た為、私も以前から疑問に思っていた夏川君の正体について、遠慮なく聞いてみた。
「ところで、夏川君を見た時から思っていた事があるんだけど、夏川君ってあの『マイスターズ』とか言うUTuberグループの1人?」
「そうだけど?」
「やっぱりね。前からなんとなくだけどそんな気はしたわ。どうりで高い動画編集技術を持っているわけね」
「まぁ、マイスターズの功績は、僕の編集技術によるものだったからね。僕の編集技術がなければ、チャンネル数10万超えは到達出来なかったと思うよ」
夏川君はマイスターズの功績を、まるで自慢をするかのように語り出した。
「そんなマイスターズの解散は惜しいモノね」
「まぁ、確かに。あの時は若さの故、色々と未経験だった結果だよ。だからこそ、活動を続けていくうちにメンバー1人1人の方向性や考えが変わってしまって」
若いって、今も十分若いじゃない……
「そうなの。ところでマイスターズ解散に後悔はないの?」
「後悔? ないと言ってしまえば嘘になるけど、チャンネル登録者数だったらもう一度集めれば済む事だし、実際は思っている程ないのかも?」
とにかく、話を聞いてみる限り、今の夏川君は10万以上のチャンネル数を有していたマイスターズ解散には少し残念に思っている部分があるみたい。
実際は思っているほどの後悔はないとは言え、今まで共に過ごしてきたメンバーとの思いでもある以上、色々と思う部分はあるみたいね。
お互いの正体を打ち明かした後、今度は一度UTubeを去った夏川君がなぜ、UTuberになろうとしている春浦さんと一緒にいるのか? という疑問が出てきた為、今度はその事を聞いてみる事にした。
「どうして夏川君は春浦さんと一緒にUTube活動をしているのかしら?」
「それに関しては、入学早々、古都が僕を見るなりUTube活動を手伝ってと、しつこく迫って来たからだよ。それで今はこう、仕方なしに手伝っているだけだよ」
「なるほどね…… それで夏川君は春浦さんのUTube活動のサポートを行っているわけね」
「そうだけど。その後に、姉である先生にまで念入りに頼まれてしまったせいで、今は古都のUTube活動のサポートをやっているよ。最も、この部活が出来るまでの間だけどね」
「間だけってどういう事?」
「そのまんまの意味、UTube活動を専門とする部活動が出来るには部員が4人必要。その最低限必要な人数が揃うまでの間だよ」
「夏川君は部活に入る気はないの?」
「別にないよ。それに、僕はもうUTubeに出るつもりはないし、出たところで古都には迷惑をかけそうだし」
「確かに一部のアンチ等による嫌がらせで、迷惑がかかる可能性はありそうね……」
「そう思うだろ。だからこそ、僕が一緒にいるわけにはいかないんだよ」
確かに夏川君の言う通り、元マイスターズのメンバーであった夏川君が、そのまま無名の春浦さんと一緒に動画なんかに出てしまえば、最悪、マイスターズのアンチからの嫌がらせを巻き沿いで受けるかも知れない。そう考えると、陰からサポートしているだけが一番いいのかも?
「それに、古都にはUTubeで活動する上での間違った道に進んでほしくないし、出来る限り、その間違わない方向だけはいる間に教えておきたいと思っている」
「なるほどね…… 出来るならやっておいた方が良いわね」
話を聞く限り、ただ単に一緒にいるだけではなく、夏川君なりに春浦さんのUTube活動のサポートに対し、必要な部分は色々と教えていたみたい。
その後、一通り話をやった後、私は共同制作を行っていた時から考えていた事を夏川君に言う事にした。
「そう言えばこの部活って、部員が4人になれば正式な部活になるのよね?」
「今更どうしたんだよ?」
「私でよければ、別に入部をしてあげてもいいわよ……」
「本当にいいの?」
共同制作を行っていた時から少しずつ考えていた事を夏川君に打ち明かすと、特に大きなリアクションはないものの、少しだけ驚いた様な表情をやりながら私の方を見た。
「えぇ、別にいいわ。だって、このまま帰宅部でいても、すぐにまた水泳部を始めとする他の部員達からのしつこいスカウトが来るかも知れないし、それだったらいっその事、少しでも自分がやりたいと思った事をやれる部にいる方が良いかなって思って」
「なるほどね。理由はともかく、とにかく入部をしてくれる事は凄くありがたいよ」
「それに、今の時代はNN動画よりもUTubeの時代だし、いつまでもNN動画にこだわり続けるよりも、市場の大きなUTubeに進出した方が確実に今後の為にもなりそうだし、今のうちに少しでもUTube進出を有利に進める準備として、UTube活動をやりたいっていう人の協力をやるのも悪くはないかなって思って」
「もしかして、そんな理由で入部をする気なの?」
「そんな理由って思うかも知れないけど、そこが結構大事なのよ。UTube活動を行う部活に入る事で、UTubeの流行りやファン層を直接見る事だって出来るし、何よりも動画制作にはBGMは凄く大事だと思うの」
「動画にBGMを入れる事ぐらい、誰だって出来るよ」
「そう思っているけど、動画の雰囲気に合うBGMを見つけるのは思っている程簡単ではないのよ。それに私がいれば、他には無いオリジナルだってすぐに作る事だって出来るのよ」
「まぁ、確かにオリジナルがあった方が、その動画の印象を濃く残す手段として最適だと思うし、下手に適当なBGMを入れるよりはよっぽど良いかもね」
「そう思うでしょ。私がいれば、確実に注目を集める事が出来る動画ぐらい作れるわよ。それはあなた以上にね」
「凄く自信があるみたいだね。何度も言うけど、僕の方がもっと人を注目させることが出来る動画ぐらい作れるんだから」
「だったら、夏川君も入部したら?」
「今は遠慮しておく」
「そう」
その後も私は夏川君と話をしたが、夏川君は部活には入る気はないみたい。
「まぁ、とにかく、今後は古都の事をよろしくね」
「分かってるわよ。早く4人集まるといいわね」
「確かに。部活動が出来るまでは、僕の役割は終わらないんだから」
そんな感じで、放課後の部室の中で、私は夏川君と2人だけの初めての雑談を行った。
それと同時に、私の高校生活での入部する部活動も、この日の放課後に決まった。
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