-8話 助けてくれたお礼
ある日の放課後、私、冬月美紗はたくさんの部活の部員達に囲まれていた。
「さぁ、もう逃げられないわよ!!」
「大人しく、私達のとこの部活に入部をするのよ!!」
「何言ってるの!? 冬月さんには水泳部に入ってもらうわ!!」
各部活動の部長とその取り巻きの部員達数人が私を囲みながら、しつこく部活の勧誘を行っていた。
「先ほどから何度も言ってますけど、私はどの部活にも入る気はないわ」
しつこく勧誘して来る部員達に対し、私ははっきりと言った。しかし、周囲を見てみると、まるで私の声なんて届いていないかのような反応だった。
「そんな事言っても無駄よ!! 貴女の実力は私達でも知っているのよ。その実力を活かしてもらう為にも、貴女には水泳部に入部していただくわ!! さぁ、早く入部届を書きなさい!!」
「何を言ってるの!! 冬月さんには水泳部なんかよりも吹奏楽部に入っていただいた方がよっぽど世の為になるわよ。貴女の抜群の音楽センスを生かしていただくわ!!」
「何言ってるの!! 冬月さんは水泳部に入ってもらうのよ」
「何よ!! 運動部に入るよりも文化部に入った方がよっぽど冬月さんの為にもなるわ!!」
全く、本当にしつこい……
先程から嫌そうな顔をしながら話を聞いていても、相手はその話には興味がないという事を分かってくれない。いや、分からないと言うよりも、無理を承知の上で引き下がろうとしないだけなのかも知れない。
そのせいで私は、各部活動の部員達による私に対する勧誘の言い合いを只々嫌々興味なく見ているしかなかった。
「こうなったら強硬手段よ。さぁ冬月さん、貴女には水泳部に入部していただく為に、今から入部届を書いて頂くので、私達の部室に一緒に来て頂くわよ!!」
「えぇ、ちょっと、いきなり何よ!? 腕を引っ張らないでよ!!」
突然、水泳部の部員の1人に右腕を強く引っ張られた。
掴まれている腕を引き離そうとしても力が強く簡単には引き離せない。その為、このまま水泳部の部員に腕を引っ張られ、強引に部室へ連れて行かれるのかと思っていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。
「美紗の手を離せぇ!!」
突然私の目の前に現れたのは、白い仮面を付けた金髪の小さな女の子であった。その子は私の名前を叫びながら、私の腕を掴んでいた水泳部の部員やその周囲にいた部員達に向かって砂を投げつけた。
「きゃあっ、いきなり何するのよ!!」
「ちょっと、何なのよ!?」
勿論の事ではあるが、砂をかけられた各部員達は突然の出来事に対し不思議そうに怒っていた。
「さっ、今のうちに!!」
「えぇっ!?」
私の腕を掴んでいた部員が顔にかかった砂を払おうとして手を離した瞬間、その砂をかけた白い仮面をかぶっていた女の子は私の手を握りしめ、どこかへ導く様に走り始めた。
「全力で走って!!」
「わっ、分かったわ!!」
私はその女の子に言われるがまま、一緒に全力で走った。
特に悪い予感もなく、先程のしつこく勧誘をしてきた部員達に比べると特に悪くはならないだろうと勝手に予感し、私はそのまま白い仮面をかぶっていた女の子に手を掴まれたまま走った。
「あぁ、ちょっと待ちなさいよ!!」
「冬月さんに先に目を付けたのは、私達よ!!」
白い仮面をかぶった女の子に手を握られながら走っていると、後ろから先程から私を部活に入れようと勧誘をしていた各部員達がしつこく私を追いかけて来ていた。
そして、校内の廊下をしばらく走ると、その白い仮面をかぶった女の子は私の手を掴んだまま、どこかの部屋の中へと入った。
部屋に入り、白い仮面を被った女の子は急いでドアを閉めたおかげで、私達はしつこく勧誘をしてくる部員達から逃げ切れたみたい。その証拠に、私を追って来ていた各部員達の声が次第に遠くにいる様に小さくなって行くのを感じ取れた。
しつこい勧誘から逃げ切れたのはいいけど、この部屋は一体、何の部屋なのかしら? もしかして、ここも何かの部室で、先程の水泳部や吹奏楽部の部員達の様に私を勧誘しようとして、ここまで連れて来たのかしら?
そう思っていると、私をこの部屋へと導く様に連れて来た女の子が仮面を外した。
「ここにいれば大丈夫だよ。しばらくはここで休んでいくといいよ」
そう言いながら仮面を外した女の子の顔をよく見てみると、先日、私に新規の部活に入る様に勧誘をしてきた春浦古都という女の子であった。
「あぁ、貴女は先日の子ね!?」
「そうだけど、何か?」
「貴女もまたさっきの人達みたいに勧誘が目的なの?」
「私は別にしつこい勧誘なんてしないよ。入る気がない人を何度もしつこく勧誘したって意味がないって京も言っていたし」
「そうなの?」
「そうだよ。だからここでしばらくゆっくりしていくといいよ」
当初は、さっきの人達の様に部活の勧誘をやって来るのかと思っていたけど、意外と諦めが良いのか、私に対して部活に入る様に勧誘をやる気はなく、そのまま部屋の入り口付近に置いていたソファーに勢いよく座り込んでしまった。
それにしても、この部屋は一体何なの?
春浦さんは部活を作ろうとしている段階の為、普通に考えて部室はまだないはず。だとすると、空き部屋を勝手に占拠している状態なのかしら? 真相が気になった私は、とりあえず聞いてみる事にした。
「この部屋は一体なんなの?」
「見ての通り、ただの部室だよ」
私の気になっていた疑問に答えたのは、春浦さんという人ではなく、春浦さんの隣に座っていた人であった。おそらく、京って人だと思う。
「部室って!! あなた達の部活ってまだ正式な部活ではないでしょ!? それなのになぜこんな部屋があるの? まさか空室を勝手に占拠しているの!?」
「別に占拠している訳じゃないよ。今後正式に部活動となった時の為にと、顧問になる予定の先生が空き部屋を開けてくれたんだよ」
「でも、まだ正式な部活ではないのに、いても大丈夫なの?」
「それに関しては大丈夫だよ。今後顧問の先生になってくれるかも知れないって人が、僕の姉さんだから。そのおかげで、今もいることが出来るんだよ」
「えぇ、そうなの!?」
まさか、京って人の姉がこの学校の先生をやっていたなんて…… 意外と世の中は狭いのね。それはさておき、この2人がこの部屋にいれる理由はそう言う事だったのね。
別に占拠していたわけではなさそうと分かった途端、私は少しホッとした気分になった。
それからしばらく黙り込んだまま部室と呼ばれる部屋に置かれているソファーに座っていると、先程からソファーに座っていた春浦さんがカバンの中からペットボトルのコーラとメントスを取り出し、それを目の前のテーブルの上に置き始めた。
「はいっ、どうもこんにちは!!」
すると突然、春浦さんはそれらを目の前にして挨拶を始めた。
その後も春浦さんは、コーラとメントスを手に持ち、色々と喋り始めた。そう、まるでUTuberの様に……
「春浦さんは、一体、何をやっているのかしら?」
「見ての通り、UTuberの練習だよ」
私の疑問に、またして京という人が答えてくれた。
「そうなの? しかし、こんな練習って意味があるのかしら?」
「意味があるもないも、実際にUTuberとして動画を出していこうと思うのなら、最低限、他人が聞いて理解が出来るぐらいのトーク力が必要だし、テンプレのテーマで練習するのも悪くはないと思って、今はこの練習をやっているんだよ」
「なるほどね…… トークスキルの為の練習ね」
京という人が言うには、どうやらUTuberとして活動をしていく為に必要なトークスキルを鍛える為の練習だったようだ。しかし、こんな練習が本当に意味があるのか私には理解が出来ない。
「トーク力だけじゃなく、UTubeでは少しの一芸でも持っていれば、動画でバズるチャンスはあるかも知れないけど、そんな一芸を上手く見せる事が出来なければ、そんな一芸の才能だって最大限には活かす事は出来ないと思う。今の古都がやっている練習にはトーク力を鍛えるだけじゃなくて、分かりやすい見せ方の練習も兼ねているんだよ」
「その為にやっていたの?」
「別にそれだけの理由ではなくて、数日後に行われる部活紹介の為の動画作りも兼ねているんだよ。ここで全校生徒の前でアピールを成功させないと、部員は集まらないからね」
春浦さんがUTuberぽい練習をやっていたのには、そんな理由があったのね。
「理由は分からなくもないけど、今の春浦さんのやっている事を動画にして部活紹介の時に全校生徒の前でアピールするつもりなの?」
「別にアレをそのまま公開するわけではないよ。ちゃんといろんな場面を組み合わせて編集をしたうえで全校生徒の前で公開する予定だよ」
京という人が言うやり方を聞いていると、とてもではないが部活紹介で全校生徒の心を掴めるとは思えない。それは、春浦さんが今やっている事を見ていれば察しがつく。
「部活紹介まで時間がないのは仕方ないけど、あなたの言っているやり方で成功するとはとても思えないわ」
私は思っていた事をストレートに言った。
「なんでそう思うんだよ? 実際にやってみないと分からないだろ?」
「やらなくても分かるわよ。UTuberのテンプレ集みたいなのをかき集めたって、そんな動画に誰も興味なんて示さないわよ」
「だったら、キミなら興味を示さすことが出来る動画を作れるの?」
「少なくとも、あなたが思っている以上の事は出来るつもりよ」
中学の時にNN動画内で少しは名の知れたVカロPだったせいか、この様なUTuberに夢を見る素人の話を聞いていると、変にプライドが出てしまう。
「だったら、その動画を作ってみてよ」
「作るくらいなら別に良いけど、あくまでも私は手伝うだけよ。これから始める部活は、あなた達の部活でしょ? だったらあなた達がメインになって作りなさいよね」
「初めからそのつもりだし、手伝ってくれるならありがたいけど? 本当なの?」
「しつこい勧誘に困っていた私を春浦さんが助けてくれたし、動画作りを手伝うのは一種の恩返しよ」
「なるほど…… 理由はともかく、手伝ってくれるならありがたいよ。部活紹介が終わるその時までよろしく」
「改めて、こちらこそ」
しつこい部活勧誘から助けられた事をきっかけに、人助けのつもりで名もなき映像制作系の部活紹介用PR動画作りを手伝う事になった。
それはともかく、この部にいる京という人ってどこかで見た事がある様な?
そんな思いを抱きながら、私は部活に入部をしないまま、名もなき部活動の為に、PR動画作りをお礼替りに手伝う事にした。
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