第45話 チョコは誰にあげる?

 2月に入ったある日の部室、私はソファーに座りスマホを見ながらバレンタインに合う曲を考えていた時、向かい側のソファーに座っている秋風さんと四季神さんの二人が一緒に話をしていた。


「この間撮影をした、バレンタインチョコを作る動画の編集が終わったわよ。後はこれをUTubeにアップするだけよ」


「あの動画の編集がやっと終わったんだ。今回は私も一緒にチョコを作ったから、完成がすっごく楽しみだよ」


 そう言えば、数日前に四季神さんの作る動画に、秋風さんも一緒に出演をしていたと聞いていたけど、一体、どんな感じの動画を作ったのかしら?


 それが気になった私は、一旦スマホの操作を止め、向かい側に座っている四季神さんと秋風さんに、どんな動画を作ったのか聞いてみる事にした。


「ねぇ、今回の動画は二人で一緒に撮影をしていたみたいだけど、どんな感じの動画が出来たのかしら?」


「どんな感じかと言われると、ただ単に一人でチョコを作ってもつまらないと思ったので、優と一緒に楽しく話をやりながらチョコ作りをやった動画よ」


「それで、ただ単にチョコを作るだけでは面白くないと思った香里奈ちゃんが、凄い事に可愛いクマの形のチョコを作ったんだよ。ほらっ!!」


 そう言いながら秋風さんは、自分のスマホを取りだし、四季神さんが作ったクマの形をしたチョコの写真を私に見せつけてきた。そのチョコは、まるでチョコと言うよりもチョコの色をしたフィギュアと言った方がしっくりと来るぐらい、本格的に作られていた。


「意外と本格的に作っているわね。こういうのって結構作るの大変でしょ?」


「結構も何も、自慢じゃないけど何回か失敗はしたわね。それで優のスマホに写っているヤツが、今回の私の動画に出てくる最高傑作のチョコよ」


「やっぱり、大変だったのね」


「その通りだよ!! 私も香里奈ちゃんと一緒に動物の形をしたチョコを作ったけど、最後まで上手く作れなかったよ」


 そう言いながら、秋風さんは自分で作った分のチョコの写真を私に見せつけてきた。そこに写っていたチョコは、可愛らしいネコ風のキャラクターの様な形をしたチョコであった。顔は丸く、体は丸い三角のシンプルな形のチョコであった。


「優も優なりに、結構頑張ったじゃないの」


「私はすっごく頑張ったよ。でも香里奈ちゃんの様な本格的なチョコは作れなかったよ!!」


「そういうのは、すぐに出来るものではないし、少しでも上手になりたいのなら、少しずつ練習を繰り返さないとダメよ」


「やっぱり、そういうものなんだね。じゃあ、来年はもっと上手に作れるように今からでも少しずつ頑張らないと!!」


 写真を見せつけて来た当初は、チョコの出来が四季神さんのチョコと比べて出来が悪かったのを落ち込む様子を見せていたが、私が頑張る様にと声をかけると、そんな秋風さんは先程までの落ち込んだ様子もすぐに吹き飛ばすように、再び前向きになった。一時は落ち込んでもすぐに立ち直る。そこが秋風さんのいいところなのかも知れない。





 そんな感じで話をしていた時、突然、部室のドアが開いた。


 ドアの向こう側にいたのは、春浦さんであった。春浦さんは、右手にたくさんのチョコが入ったビニール袋を持っていた。部室に来る前に、コンビニでチョコでも買ってきたのかしら?


「やっほー 今日はたくさんのチョコを持って来たよ」


「あっ、古都ちゃんが来た!! そのチョコ、私にくれるの?」


「これは、次の動画のネタを考える為に買ってきたチョコだよ」


 これだけの量のチョコでも食べながら、動画のネタでも考えるのかしら? まさか。もうすぐでバレンタインだというこの時期なら、もしかしたら次の動画はバレンタインネタをやろうと思って、たくさんのチョコを買ってきたように思う。きっと。

でも、春浦さんの事だし、バレンタインを関係なしに、本当にただチョコを食べるだけなのかも知れないわね。


「そのチョコって、食べる為だけに買ってきたのかしら?」


「ただ食べるだけなんてもったいない!! このチョコを食べながら、次に投稿するバレンタイン関連のネタを考えるんだよ」


 やっぱり、バレンタインネタをやるつもりだった。


「バレンタインネタをやるとか言ったけど、どんなネタをやろうと考えているの?」


「今のところは、バレンタインチョコを楽しくお喋りでもやりながら作る動画でもやろうかなって考えている」


 そのネタ、完全に四季神さんの最新動画と一緒じゃないの!!


「ちょっと!! 楽しくお喋りをやりながらチョコを作る動画は、もう私が作ったんだから、あんたは別のネタをやりなさいよ!!」


「なんだよ!! 私はまだ完全にそのネタをやるとは言っていないよ。それに、お前がやっているネタだと分かったら、わざわざマネなんかしないよ!!」


「じゃあ、あんたはチョコを作る以外の動画を撮りなさいよ!!」


「そうしてやるよ!! お前と同じ動画なんか、誰が撮るか!!」


 春浦さんと四季神さんは、いつもの様に言い合いを始めてしまった。


「どうせ、私と同じ動画を撮っても、私よりも再生数が低くなるのが目に見えているから、すんなりと諦めたのでしょ?」


「なにを!! 最初に違う動画を撮りなさいと言ったのは、香里奈、お前の方だろが!! お前こそ、本当は同じネタをされるのが怖いのだろ? 再生数で負けてしまうのが」


「あらっ、そうかしら? 私は凄く自信があるわよ。なんだったら、どちらが多くの再生数を稼げるか、動画対決をやってあげてもいいわよ」


「お前がそう思ってるなら、いつだって動画対決ぐらい受けてやるよ! もう、あの時とは違うからな」


「私だって、あの時の様に甘くはないわよ」


 春浦さんの考えていた最新動画のネタが、四季神さんの最新動画と被ってしまったが為に、動画対決が始まるかも知れない。仮に、本当に動画対決になったとしても、私は私でちょうどバレンタイン用に考えていた新曲を使うつもりなので、ちょっとは楽しみかも。





 そんな感じで、春浦さんと四季神さんの2人の言い合いを見ていると、突然、秋風さんが2人の言い合いを止めるかのように間に入って行った。


「2人とも、そんな事で争ったらダメだよ」


「どうしたんだよ、いきなり?」


「はぁ? あんたはいきなり何言ってるの?」


「せっかくのバレンタインなんだから、もっと楽しまないとダメだよ」


 秋風さんは、2人の間に入るなり、争いを止めるように言った。


「楽しむってどうやって楽しむんだよ?」


「せっかくのバレンタインなんだから、こっちはチョコをあげる動画を撮って楽しめばいいんだよ」


「優は香里奈と一緒にチョコを作ったからそう言えるけど、こっちはチョコ作りなんてやっていないから、チョコを作ってみたいという気分だってあるよ」


「そうかな? チョコを誰かにあげる動画だって、凄く楽しいと思うよ」


 秋風さんは、チョコを作る動画ではなく、チョコを誰かにあげる動画を撮ればいいというアイデアを提案した。そのアイデアを聞いた四季神さんが、早速秋風さんのアイデアに反応を見せた。


「優のそのアイデア、私は悪くはないと思うわ」


「ホントに!? じゃあ決定だね」


 四季神さんが賛成をしたのを知った秋風さんは、凄く嬉しそうな表情をした。


「チョコを誰かにあげる動画も面白そうよ。この際、これをバレンタイン動画としてやりなさいよ」


「そう言われると、チョコを作るのではなく。チョコをあげる動画も悪くはないかも?」


「でしょでしょ!! だからフェイカーズでは、バレンタインチョコを誰かにあげる動画を撮ろうよ!!」


 四季神さんが賛成をした後に、春浦さんもバレンタインに撮る動画の内容の変更を改めようと考え始めた。秋風さんのおかげではあるが、ひとまず春浦さんと四季神さんの言い合いは解決ね。


 それにしても、一体、誰にチョコをあげるつもりなのかしら?


「チョコをあげる動画を撮ると言っても、チョコは誰にあげるの?」


「それは、みんなでチョコを交換して楽しめばいいんだよ」


「なるほどね。やっぱりそうなるのね」


 バレンタインと言えば、女の人が好きな男の人にチョコをあげるイベントの日。私達の様に特に好きな男の人がいない場合のバレンタインと言ったら、友達同士でチョコを交換したりするイベントになってしまうのが現実。


「まぁ、チョコをあげる男子なんて…… あっ、そう言えば1人だけいたな」


「そう言えば、京くんの事を忘れていた」


 春浦さんと秋風さんの発言で肝心な事を思い出した。この部活には一応男子部員がいたという事に。


 普段から女装をした男の娘だったせいで、ついつい女の子扱いをしていたけど、夏川君は一応男の子だった。けど、常に女の子の恰好の時にしか会う事がないので、男の子であったことすら忘れていた様な気がしてきた……


「あぁ、そう言えば幽霊部員のアイツがいたわね。アイツにはチョコをあげなくてもいいんじゃないの?」


「京の事か? アイツには義理でも用意しなくてもいいな」

そう言えば四季神さんは、夏川さんと夏川君を別人だと思っていたままなのよね。


「その代りにキョウは当日、私達と一緒にチョコの交換イベントに参加してもらおうか」


「そうだね。キョウちゃんだって、フェイカーズの一員なんだし」


「えっ、でも、夏川さんにチョコをあげるのって、なんだか凄く緊張をしない?」


 普段は男の娘という、見た目が女の子の恰好をしている夏川さんにも他のメンバーと同じ様にチョコをあげるというのは、それはもう、男の人にチョコをあげるのと一緒じゃないの!!


「何言ってるの。別に男にチョコをあげるのではないから、緊張なんかしないわよ」


「そうだよ。それにこういう時は、メンバー全員でやった方が楽しいよ」


「いくらキョウ様が男らしいからって、男と思うのはダメよ!!」


「そっ、そうね。別に男にチョコをあげるわけではないから、緊張なんかしないわね……」


 今まで男の人にチョコをあげた事がなかった私が、動画内とはいえ、男の娘とはいえ、初めて男の人にチョコをあげる事になるかも知れない。


 フェイカーズ以外には夏川さんの正体はバレてはいけないというルールが存在する以上、夏川さん抜きでやろうとはとても言えない。


 その為、夏川さん込でバレンタインチョコの交換を行わなければならない。


 そう考えると、次回の動画撮影は凄く緊張をしてしまいそう……

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