第16話 勝負の行方

 この日は、香里奈との動画対決で作る動画の制作の締切日。肝心の動画の方は、既に完成済みである。


 先日、優の友達の千百合の店で、役作りを兼ねた短期バイトをやったおかげでお金が入り、見事にVRカメラとVRゴーグルを買う事が出来た。


 今回の動画は最新のVR映像を取り入れたショートドラマ動画である。


 そんな最新技術に見合う様、キョウは動画の編集、美沙は動画の効果音とBGMを、共に専門の分野で尚且つ今までのフェイカーズの動画にはない初めてと言えるレベルの本気を出して作った動画でもある。


 その為、今回の香里奈との動画対決では、香里奈がどんに凄い動画を作って来ても、絶対に面白いと言わせる自信がある。


 そう思いながらソファーに座っていると、部室のドアが勝手に開き、その後で誰かが入って来た。


「誰だよ!? 勝手に私達の部室に入って来るのは!?」


 ドアが開いた物音と共に、古都が部室の入り口の方に顔を向けた。それと同時に一緒になって部室の入り口の方を見てみると、そこにはあの自称アイドル系UTuberの香里奈が立っていた。


「は~い! 弱小UTuberのみなさ~ん。今日は何の日かご存知かな?」


 香里奈は、まるでフェイカーズをバカにしに来たかのように、ニコッとほほ笑んだ表情をやりながら、こちら側に向かって手を振っていた。


「お前に言われなくても今日が動画対決の締切日だって事ぐらい分かるわ!!」


「動画対決の最終日? ブッブゥ~ 間違いよ。正解は、フェイカーズの解散日でした~」


「おいっ、バカにするのもいい加減にしろよな!!」


 完全に香里奈にバカにされてしまい、古都は香里奈の挑発に乗るかのように顔を真っ赤にして怒っていた。


 バカにされて完全に怒っている古都を見ながら、香里奈はニコッとほほ笑んだ表情を止め、真顔になって話し始めた。


「だって、弱小UTuberの作っている動画なんて、所詮は誰も見たいとは思わないゴミ動画じゃないの? そんなゴミみたいな動画をUTubeに上げても時間の無駄だと思うのよね。だから、今回の動画対決でもし、私が面白いと思わなかった時はUTubeから消えた方がいいわよ」


「勝手な事ばかり言うなよ!! 私達の動画の何を見てそう思ったんだよ!!」


「何って、動画の全てよ」


「私の作る動画を弱小UTuberと一緒にするな!!」


 真顔になった香里奈の口から出た言葉は、まさかのUTubeから消えてくれという予想外な発言であった。


 現時点ではチャンネル数を含め、まだまだ弱小かも知れないが、それはチャンネルを作ってからまだ1ヵ月しか経っていないからだ!! 


 だから、お前の言う弱小UTuberとは訳が違う!!


 そう思ったキョウは、香里奈にその事を伝える為、香里奈のいる場所へと歩いて行った。


「おいっ、いくらなんでも、UTubeから消えたほうがいいは言いすぎだろ。一応、フェイカーズは結成してまだ1ヵ月しか経っていないんだよ。そりゃあ、チャンネル数もまだまだ少ないに決まっているだろ!!」


「結成がつい最近だからチャンネル数が少ないって、それ、ただの言い訳じゃない?」


「言い訳なわけないだろ!! 事実を言ったまでだ!!」


「全く、つい最近結成したからと言って、チャンネル数が少ない事実に向き合おうとしないで、こうやって言い訳で逃げようとするのって、良くないと思うわよ……」


 香里奈はそう言いながらキョウのいる方へと近づき、キョウのスカートを掴み、そのままスカートを捲り上げた。


「えっ!?」


 香里奈によって突然スカートを捲られたキョウは、スカートを捲られてしまったという恥かしさのあまり、顔を真っ赤にしながら両手でスカートを抑えた。


「オイッ!! いきなり何するんだよ!?」


「スカートを捲られただけで凄く大げさよ。それに、冬でもないのに黒タイツなんか穿いて暑くないの?」


「そんなの勝手じゃない!!」


 キョウはスカートを両手で押さえながらその場にしゃがみ込み、恥かしそうに顔を真っ赤にしながら香里奈を睨み付ける様に見た。


 その様子を見ていた古都と美沙と優が、しゃがみ込んでいたキョウの元へと駆けつけに来た。


「キョウ、スカートが捲られてしまったな」


「全く、四季神さんったら、何を考えているのかしら?」


 駆けつけに来るなり、古都と美沙はしゃがみ込んでいたキョウに声をかけた。


 古都と美沙に続く様に、今度は優がキョウに話しかけた。


「パンツを見られても大丈夫の様に、これからは可愛いパンツを穿く事をオススメするよ!!」


「いやっ、そういう問題じゃないよ……」


 古都と美沙に続き何を言って来るのかと思っていたが、優は相変わらずいつも通りであった。


「そんな事よりも、早くどちらが面白い動画を作れたのか見せ合いっこしましょうよ。まだ動画は上げてないでしょ? その為に私はここに来たのだから」


 そんな様子を見ていた香里奈が、何かものを言いたそうな様子で話しかけてきた。香里奈の態度はともかく、香里奈が動画を見たいと言ったのを聞いたキョウは、その場で立ち上がった。


「今日は動画対決の最終日だったし、動画を上げる前に今、この場でどちらの動画が面白いか決めるのも悪くはないな…… だから見せてやるよ。あのパソコンの中に新しい動画がある」


 立ち上がったキョウは、後ろにあるパソコンの方を指で指しながら喋った。


「なるほど、パソコンの中にフェイカーズの最後の動画があるのね」


「何度も言うけど、お前に見せるのは最後の動画なんかじゃないからな」


「何自信満々になって言ってるのよ。どうせ今までの動画の時の様に『すごーい!! たーのーしー』とか、『ゆけっ!! サーバル!!』とか言っている下らない中身のない動画なんでしょ?」


「本当に下らないかどうかは、動画を観てから決めて欲しいね。それと、新しい動画を見るときは、こちらのゴーグルを付けてほしい」


「これは?」


「VRゴーグルだよ。最新動画はVR対応だから、本当の面白さを引き出す為に、このゴーグルを付けて見れば、絶対に凄いと言うさ」


「相当自身があるみたいだけど、今までの動画の作りを見ていたら、どんなレベルの動画が作れるかぐらいわかるわよ。所詮は1週間しか製作期間がなかったのだもの」


 香里奈に最新動画を見せる前に、動画の面白さを最大限に引き出させる為に、香里奈にVRゴーグルを渡した。


 そしてイスに座った香里奈は、VRゴーグルを装着する前に、キョウの方を見ながら自分のスマホを差し出した。


「ちょうど私も新しく作った動画をまだUTubeにアップしていないの。私があんた達の動画を観ている間にでも私の素晴らしい動画でも観ていなさい」


「お前こそ、自分の作る動画に凄く自信があるな」


「当たり前でしょ。自信があるからこそ、他人に自分が作った動画を見せる事が出来るのよ。自信がなければ、始めからUTubeなんかやっていないわよ」


「そりゃあそうだろな」


 香里奈はキョウにスマホを渡した後、VRゴーグルを装着し始めた。





 VRゴーグルを装着している香里奈が首をキョロキョロと動かしながらフェイカーズの最新動画を観始めたのと同時に、キョウ達もまた香里奈が作ったチョコチップムービーのまだUTubeには投稿されていない最新動画を観る事にした。


「さてと、香里奈が作った最新動画でも観ようか」


 香里奈のスマホを持ったキョウはソファーに座り、香里奈がスマホを渡す前に予め用意していたで画面に表示されていた動画の再生を始め、その動画を映像制作部の部員と一緒に見始めた。


 チョコチップムービーの最新動画は、アイドル系UTuberらしくMVミュージックビデオ の動画であった。


 そのMVミュージックビデオ は他人のコピーなどではなく、歌もダンスも完全に自分のオリジナルであった。


 見た目だけならアイドルらしい可愛い衣装を着て歌いながら踊っているだけの動画であるが、肝心の動画の編集技術においては素人の作るレベルは超えていて、完全にプロのレベルと言ってもいいくらい出来が良かった。もちろんだが、歌もダンスも充分に上手い。


「まさか、これを1週間で作り上げたとでも言うのか!?」


「以前から作っていた動画がたまたま出来ただけかも知れないけど、1人で作ったとするのなら、相当凄いわね」


 現時点では確信は出来ないが、もしこの動画をたった1人で作った動画であるとすれば、香里奈は確実に一筋縄ではいかない相手である事になる。


 それと同時に、これほどのレベルの動画を作る香里奈の事だから、もしかしたらフェイカーズの最新動画を頑なに面白いとは言わないかも知れない? 


 そうなった場合、本当にフェイカーズの負けで終わってしまうかも? 


 そう思ってしまう程、香里奈が作った動画は凄かった。


 確かに今回の動画は今までの動画以上に力を入れて作った動画である事には変わりはない。


 しかし、それはフェイカーズだけでなく、チョコチップも一緒である。


「香里奈の作った動画は凄いな。こんなレベルの動画を作るのなら、もしかしたらフェイカーズが自信満々に作った最新動画も、面白いなんて言わないかもかも知れないね……」


「おいっ、キョウ!! こんな動画を観ただけで弱気になるなよ!!」


「そうだよ!! 私達が作った動画だって、今までよりもずっと凄いんだから」


 香里奈が作った最新動画を観て弱気になっていたキョウを見るなり、古都と優が励ましの声をかけてくれた。


「そう言うけどさ…… この動画の編集技術、思っていたよりも上手いんだもの!!」


 香里奈が動画対決用に作ったMVミュージックビデオ を見続けているうちに、自分が作った動画以上に上手い動画に見えて仕方がなかった。そう思ううちに、だんだんと本当にフェイカーズが動画対決で負けている様な気がしてならない。


 そう思いながら観ていたチョコチップのMVミュージックビデオ 動画が終わった時、突然美沙の声が聞こえてきた。


「夏川さん、何弱気になってるのよ!?」


「えっ、どうしたんだよ、美沙?」


「今回の動画は、今まで以上に頑張って作った動画でしょ」


「確かにそうだけどさ、香里奈の作った動画を観ていると、本当に今回の動画対決で勝てるのか分からなくなってきたよ」


「相手の実力が凄いからって、まだ負けたわけではないでしょ。だからもっと自分の作った動画に自信を持ちなさい。勝負は最後まで分からないわよ」


「そうだな。確かに弱気になっていてはダメかもな」


「そうよ。四季神さんの作った動画は凄いけど、私達が作った動画はそれ以上に凄いわ。今回の勝負の為に皆で頑張ったからこそ言えるセリフなのよ。だから、夏川さんももっと自信を持ちなさい!!」


 弱気になっていたところ、美沙からの励ましの言葉を貰ったキョウは、少しでも自分の作った動画に自信を持とうと思い始めた。





 そして、先程までの弱気とは異なり、自分の動画に自信を持ってみる事にした時、動画を見終えた香里奈がVRゴーグルを外し、こちらを見始めた。


「私が作った動画はどうだった? すっごく上手に出来ていたでしょ。なにしろ、今まで以上に力を入れて作った動画だもん。あと、ちょうどあんた達の動画も見終えたわよ」


 動画を見終えた香里奈は、ニコッとした笑顔を浮かべながら、キョウ達の方を見ていた。


 笑顔の先で何を考えているかは分からないが、キョウはネガティブな気持ちにならずに聞く事にした。先程、美沙から言われた言葉通り、今は皆で作った動画に凄く自信を持っていた。例え、相手の動画がそれ以上に上手かったとしても……


 そう思っていた時、香里奈は先程観た動画の感想を直結で言って来た。


「動画の感想としては…… VRのメイドカフェのドラマ風なのかしら。大したストーリーがあるわけではないし、キャラ設定も上手くないし地味でダメね。これは」


 香里奈から言われた感想は、否定的な意見であった。このままいくと、本当に『面白くない』と言い出しかねない!! 動画の脚本や演技を否定された今、再び負けを確信しネガティブな気持ちに戻ろうとしていた。


「でも、VRのドラマなんて斬新なアイデアね? あと、編集技術や曲の使い方は良いと思うわ。動画の内容は良いとは言えないけど、動画を作る技術だけは一流の様ね」


 面白くないと言われるのを覚悟の上で香里奈の話を聞いていると、意外にも『面白くない』とはいう言葉は出てこなかった。それどころか、あの香里奈がVRを使ったアイデアを褒めたではないか!! 


 どうやら、今まで以上に本気を出して作った動画の成果はあったようだ。


 そして、動画の感想を言い終えた香里奈はイスから立ち上がり、背筋を伸ばす様に両腕を伸ばした。


「まぁ、今回はUTubeに投稿する前の動画で判断をさせてもらったけど、この動画をそのまま投稿しても充分に良いと思うわ。弱小UTuberの分際で、それもたったの1週間でこの動画のアイデアは凄いわ」


 先程までとは異なり、清々しい表情をした香里奈は、本気を出して作ったフェイカーズの最新動画を褒め始めた。所々嫌味はあるものの……


 その後、香里奈は喋りながら入口の方まで歩いて行った。


「動画の再生数とかであれば私が100%勝つけど、動画の作りとアイデアが上手かったので今回は特別に引き分けって事にしておいてあげるわ。この調子で次も頑張りなさい」


 そう言った後、香里奈はこの部室から姿を消す様に出て行った。


「四季神さんは一体どうしたのかしら?」


「さぁ、私に聞かれても分からん。アイツの考えている事なんてアイツにしか分からないからな」


 閉められたドアを見ながら、美沙と古都は突然の香里奈の態度がコロリと変わった様子を不思議そうに思っていた。それは、美沙と古都だけでなく、キョウも一緒の考えであった。


 今まで散々嫌味を言って来た香里奈が、なぜ動画を見た途端に態度を一変したのかはよく分からない。単に動画の作りが良かったから実力を認めたという事かも知れないが、その真相は不明である。


 しかし、現時点で言えることは1つだけある。それは、本気を出して作ったおかげで、今回の一件は乗り越える事が出来たと。

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