動画制作と学校生活のかけ持ちは大変!?

第7話  動画の撮影は大変

 この日の放課後も、いつもの様に映像制作部の部室の中にいた。


 今日は優と2人で部室にいたが、この日は初夏の始まりを告げる様に今年一番の暑い日となった為、まだ窓も開けずにエアコンを入れていない部室は、思いの他暑く感じた。


 そのせいなのか、優は室内に置かれているソファーに勢いよくグッタリと座り込んでいる状態であった。


「ねぇ、何か飲み物はない?」


「今冷蔵庫を見るから待ってて」


 突然、優が飲み物を凄く欲しそうにキョウの方を向いた為、キョウは部室の隅に置いている冷蔵庫に手を伸ばし、その冷蔵庫のドアを開けた。ドアを開けた冷蔵庫の中には、ギンギンに冷えたであろうペットボトルのレモンティーが1本しか入っていなかった。


「レモンティーしかないけど、飲む?」


「なんでもいいよぉ~」


「そう。じゃあ、レモンティーを飲もうか。今持っていくね」


 優にレモンティーが1本しかなかった事を告げた後、優は特に飲み物の種類に関して否定をしなかった為、キョウは冷蔵庫に入っていた1本しかないレモンティーのペットボトルを冷蔵庫から取り出した。


 さっきまで冷蔵庫に入っていたペットボトルは、手に握りしめた瞬間、今までの暑さを忘れさせてくれるかの如く、冷たいという感覚が握りしめた手から伝わって来た。


「レモンティーはこれ1本しかないから、一緒に飲もうか?」


「そうなの。じゃあ、半分こだね」


 キョウは優にペットボトルが1本しかなかった事を告げた後、部室内にある食器入れからグラスを2個取り、優の分とキョウの分のレモンティーをグラスに注いた。


 キョウがペットボトルに入っているレモンティーをグラスに注いでいた時、優がカバンの中から何かを取り出した。


「ただレモンティーを飲むだけだと寂しいので、このお菓子を一緒に食べよ」


 優がカバンから取り出したのは、青く透き通るような波を背景に真ん中に大きく『夏』という漢字が書かれたポテトチップスであった。


「いいねぇ。一緒に食べよっか」


「そうだね。この夏ポテトた、たいま・・・の塩味は、夏限定のポテトチップスだから、今しか食べられないよ」


 ん!? たいま・・・? 突然、優が喋っていた言葉の一部から、聞きなれない言葉が聞こえた。もしかして優は、漢字の読み方を間違えたのか?


 そう思っていた矢先、先程までカメラを回していた古都が、机に持っていたカメラを置き、キョウと優の方を睨む様な目付きで見始めた。


「はいっ、カットー!!」


 そして、『カット』と言う威勢の良い古都の声が部室中に響き渡る様に聞こえた。





 優が漢字の読み方を間違えた為、撮影は一旦中断となった。


「ごっ、ごめん」


「いいよ別に」


 漢字の読み方を間違えた優は、カットの直後、キョウを見ながら頭をペコリと下げた。


 この日は、新作動画の撮影を部室内で行っていた。今回の動画は、今年の夏発売の新商品である『レモンティー』と『対馬の塩味のポテトチップス』の商品紹介の動画である。


 ただ、商品を紹介をするだけでは面白くないという古都の考えにより、今回の動画では紹介したい商品を登場させるショートムービー、いわゆる短編ドラマ仕立ての動画である。ドラマである以上、セリフを覚えたりしないといけない分、今回の動画撮影は、今まで以上に難易度の高い撮影になっている。


 今回の動画が短編ドラマ形式になったのは、恐らく数日前に古都が言っていた異世界転生物のドラマを撮る為の初歩段階の練習なんだろな。今回の動画は短編ドラマと言っても、今までの動画も短編ドラマの様に台本ありの動画撮影ばかりをやっていたのだが…… 


 最も今回の動画撮影に限らず、台本のセリフを全て覚えるというのは、役者でない以上、苦労をするのは当たり前である。それはキョウだけでなく、優も同じであった。


「全く、あれほど台本をきちんと目に通しておけと言っていたのに、ちゃんと台本を見ていなかったのかよ?」


「だっ、台本はちゃんと見たんだけど、この漢字の読み方が分からなかったんだもん」


 そう言いながら、優は古都が書いた台本の『対馬つしま』という文字の部分を、指で指した。どうやら、対馬という漢字が読めなかった優は、対馬つしま対馬たいまと読み間違えたのだろう……


「漢字の読み方が分からない事を、胸張っていうな」


「別に胸なんか張ってないよ」


「まぁ、いいから、台本を貸して」


「うん」


 優は古都に言われるがまま、自分の台本を古都に渡した。


「読めない漢字は送り仮名を書いてやるから、他にも分からない漢字があるなら、今の内に言って」


「んん~と、この漢字でしょ。あと、それから…… この漢字も……」


「結構多いな……」


 優に対し、読めない漢字がないか聞きながら古都は、優の台本に指定された漢字の送り仮名を渋々と書き始めた。


 そして、優から指定をされた感じの送り仮名を書き終えた古都は、優に台本を返した。


「ほいっ、これでもうセリフを間違えるなよ」


「あっりがとぉ~ 古都ちゃ~ん!!」


「うわぁ、いきなり抱きつきに来るな!!」


 古都から漢字の送り仮名が書かれた台本を受け取った直後に、優は古都に抱きつきに行った。


「私の知らない漢字をたっくさん知っている古都ちゃんは賢い。なでなでしてあげるね」


「いっ、いいよ」


 優に頭をなでなでされている古都は、少し照れ臭そうな表情をやりつつも、迷惑がっている表情でもあった。


 その後、何度かカットが出た後、なんとか古都のOKが出て、レモンティーをグラスに注ぐ場面の撮影は終わった。





 その次は、部室の入り口のドアの前に着いた場面の撮影であり、キョウは映像制作部の部屋のドアに手を伸ばし、部室の入り口のドアを開けた。


「入って、どうぞ」


「ありがとぉ~」


 キョウが開けた部室のドアを、優は廊下から部室内へと可愛く両足を曲げてウサギの様にピョンとジャンプをしながら部室へと入った。


「はいはいっ、カットォー!!」


 しかし、何を気に入らなかったのか、優が部室に入った直後に古都が突然カットと叫びながら撮影を止め始めたので、キョウはカットと叫んだ古都の方を咄嗟に振り向いた。


「一体、今度は何だよ」


「何って、部室ぐらい普通に入ったらどうだ」


 古都が突然カットと叫んだ原因は、どうやら優にあったようだ。


「いいじゃない、このやり方の方が絶対に可愛いと思うよ」


「普段、そんな入り方をしないのに、撮影の時だけって逆に違和感があるだろ」


「違和感があっても、可愛い方が良いと思うよ」


 優はワガママを言いながら、カットと叫んだ古都に対し抗議をした。先程の優の部室への入り方がどうも古都は気に入らないようだ。


 ただ、可愛らしくウサギの様にピョンとジャンプをしながら部室に入る光景が、日常ではありえないと思ったのだろうか? この優の部室への入り方に関しては、キョウは別に不満には思わなかった。寧ろ、可愛く見せる手法は充分に有りであると確信をしたからだ。


「古都」


「なんだよ」


「僕は別に優のやり方でも別に構わないと思うよ」


「なんでキョウはそう思うんだよ。普通、あんな入り方をする人はいないだろ」


「確かに普段はさっきの優の様に部屋に入る時に、あのようなジャンプをやる人はいない。けど、動画の撮影となったら話は別だと思うのだよ」


「なんでだよ」


「動画で見せる時には、少しでも可愛く見える場面があっても良いと思う。その方が、その動画を観ているリスナーの人達の気を引かせる事がきっと出来るはずだから」


 キョウは特に根拠のない事を、自信気に言った。


「優のあの仕草が可愛く見えるのか?」


「うん、凄く可愛く見えるはずだ」


「はずではないよ。すっごく可愛く見えるよ!!」


「ほらっ、優もこう言っているんだから、今回は優のあの仕草にかけてみようよ」


「そうだよ!!」


 キョウと優は、2人で一緒に古都に言い寄ってみた。


「わっ、わかったよ。今回はキョウのやり方にかけてみる事にするよ」


「ホント、やったー」


「でも、もしこの入り方が不評だというコメントがあったら、次からは、変な仕草はなしな」


「えぇ~」


 とりあえず、古都は優の部室に入る際のウサギの様なジャンプの仕草を渋々とした様子で認めた。


 不評なコメントとか、古都が色々と言ってはいるが、可愛ければ不評なコメントは来ないだろ。多分……





 その後、部室に入る際の場面の撮影を終えた後、次の撮影場所である廊下に向かう為、一旦部室を離れる事になった。


 そして、部室に続く廊下での撮影が始まった。


 映像にした場合の時系列だと、先程の場面よりも少し前の場面になるが、撮影には時系列は関係ない。その為、撮影される場面の順番は、古都が勝手に決めているとしか言えない。


「じゃあ、次はこの廊下を話をやりながら歩いて、部室まで行く場面の撮影をやるから、さっきみたいに変わった仕草はやるなよ」


「うん、わかった」


 優が古都に頷いた後、撮影は始まった。古都が片手で持っていたビデオカメラをキョウと優に向けた後、キョウと優は演技と思えない様なごく普通の日常に見える会話をやっているつもりで、映像制作部の部室に向かって歩き始めた。


「いゃぁ~ 今日の授業は難しかったね」


「そうだね」


 どこにでもある、ごく普通の女子高生の様な会話をやりながら、キョウは優と一緒に学校の廊下を歩いていた。


「そう言えば、この近所に美味しいアイスクリーム屋が出来たらしいですよ」


「ホント!! そのアイスを食べてみたい!!」


「じゃあ、部活が終わったら行こうよ」


「そうだね。すっごく楽しみ!!」


 古都の作った台本のセリフをそのまま言っている為、そのアイスクリーム屋が本当にあるのかなんてキョウには知る由もなかったが、撮影中はそんな事も気にせず、本当にそのアイスクリーム屋があると思いながら演技をしていた。


「はいっ、カットー!!」


 演技中は完璧に出来ていると思って演じていたが、またしても古都が回していたビデオカメラを止め、撮影は中断となった。


 今度はセリフのミスはないし、いったい何がいけなかったんだ!? 完璧に出来ていると思っていた演技にカットと言われたキョウは、ただそう思うだけであった。


「なにがいけなかったんだよ、古都」


「いや、なんというか…… 見ていて思うのは、明らかに演技をしていますって感じが出ているんだよ」


「そりゃあ、作り話をやっているのだから、演技になるのは当たり前だろ?」


 古都が撮影を中断させたのは、どうやら演技に見えてくるのが気に入らなかったようだ。しかし、これは明らかに無茶過ぎる理由でしかない。先程の優の様にセリフを間違えたり変わった仕草を入れるというのであるならまだ訂正は可能だが、本物の役者でない以上、どうしても演技は棒読み状態になってしまう。


「その演技を、演技でない様に見せて欲しいのだけどな……」


「プロの役者でないのに、そんな事が出来るか」


「確かに私は無茶を要求しているかも知らないが、そこを何とかやってよ」


「そう言われても……」


 相変わらず、古都の無茶な要求は出て来る……


 その要求に答えるのは凄く面倒だが、仕方がない、古都だけでなく映像制作部フェイカーズの再生数・チャンネル数上昇の為、少しは頑張ってみるか…… 誰にも正体を見破れていない女子高生キョウを演じれるのだから、古都の要求ぐらいなら簡単に出来るはず。


 自分にそう言い聞かせ、キョウは古都の要求に答える様な演技を見せる為、気合を入れた。


「仕方ないな…… ごく自然の女子高生ってのを、見せてやるぜ!!」


「その勢い!! それでこそキョウだよ!!」


 キョウが言った気合の一言を聞いた古都は、先程までの不満そうな表情とは一変し、凄く威厳が良いという感じの表情に変わった。


 そんな凄く機嫌が良いという漢字の表情のまま、古都はビデオカメラをキョウと優の方を向け、映し始めた。


 そんな中、優が演技には見えないごく自然の演技をやれと言われ、凄く困った表情でどう演じればいいのか考えていた。


「演技には見えない自然の演技? どんな風に演じればいいの!?」


「確かに、言われてみると凄く難しいよね。でもリラックスして考えてごらん。そう、硬く考えずに、ごく自然に、日常の、ありふれた毎日の1ページの中にいると思えば、きっと出来るはずさ」


「そんな事で出来るの?」


「分からない。でも、そう思えば、出来る気がしなくもない」


「そう。じゃあ私も頑張ってみるね」


 そして、再び撮影は始まった。


 今回の動画は、初の本格的な短編ドラマの撮影であったせいか、予想外な行動をする優と、いじっぱりでワガママな古都に振り回され続ける撮影となった。

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