ACT Ⅴ 王女
Scene 1 争 論
「こっ、こっ、ここらでクラス委員を決めなければ…」
鶏が鳴いているのではない、担任である。
「とりあえず委員長副委員長は成績など参考に…。委員長は西城衣奈(さいじょうえな)ということで、異存なければ…」
幽霊的足なし話法を多用する担任、あろうことか国語教師なのである。
「自薦他薦かまわず候補を募りましょう」
魔貴の華やかな声が腰を折る。
「し、しかしだ…」
絶妙な呼吸に担任はへたった。
「もちろん、西城さんは先生の御推薦」
間を置かず畳みかけ、抑えこみを決めてしまう。
「そんな必要ございませんわ! 西城さんは中等部からずっと、委員長をなさっていらした方ですのよ」
ふところがたなの松任谷京子が抗議した。
「ここは中等部じゃなくてよ、もっと大勢いるわけでしょう」
ききわけのない子供をなだめるような口調だ。
「まさか、あなたが立たれるって、おつもりじゃございませんでしょう」
先方は敵意もあらわに睨(にら)む。
「あたしは不敵任ね、落窪さんがいいわ」
突然、私にお鉢がまわった。
「落窪さんは他中学にいらした方ですし、校風になじまれていらっしゃいませんわ」
松任谷が猛然とくってかかる。
「彼女は南中の生徒会長だったし、副委員長が補佐すればたくさんよ。
校内にくわしくて息の合いそうなのは、内海真魚でしょう。
それに男子がいると便利だから、小山内くんはいかが」
うまいキャスティングではある。
「ぼくはかまわないです」
小山内が立ち上がって支持を表明した。
「賛成!」
ほとんどの手が上がる。
「というわけよ」
艶(あで)やかに笑んで、こちらを挑発。
「承知したわ」
私はうけてたった。
「落窪、前で議長を…」
担任はうろたえた儘だ。
「風紀委員は戸田桔梗がおすすめよ」
例のごとく魔貴が掻き回す。
「なに~っ?!」
桔梗がとびあがった。
「発言は許可を得てからすること」
私は注意を与える。
「大変失礼ですけれど、ご適任とはみえませんわ」
松任谷がまたもや噛みつく。
「発言は許可を得てからすること」
私は前言をリピートした。
「はい」
魔貴が挙手する。
「紫邑さん、どうぞ」
くえない女だわ。
「風紀委員のとりえって、一般生徒のあらさがしばかりかしら。彼女はたしかに大ざっぱそうだけど、不良供にたちむかえる勇敢さ、捨てがたくない?」
どっと笑いが上がる。桔梗は憮然。
「そうよね、名案があるわ。郁島さん、イナバの白兎だって恩を返したんだから、あなたが彼女をたすけてあげなさいな」
郁島沙耶香(いくしまさやか)は困惑の表情で硬直した。
中庭で桔梗に助けられた色白の少女である。
「無責任に煽(あお)るのはいい加減になさったらいかが」
切れてきた松任谷がわめく。
「あら、ごめんなさい」
ぽんと手を打つや、
「あなたをわれすてたわ、松任谷さん! 品行方正、峻厳苛烈、校則の鑑(かがみ)、歩く生徒手帳ですものね」
このうえなく浮ついた風情でつづけ、
「彼女だったらさっぱり浮つかない、有意義な学校生活をおくらしてくれるわ。彼女の前に風紀なく彼女の後に風紀なし」
松任谷は、憤激で青くなって口をきけない。
「戸田桔梗だ、桔梗にしろ!」
あちらになられたらやばいと恐懼した連中が騒ぐ。
「ひっこめ、ナットウヤ婆ぁ」
野次の石つぶてがとびかう。
「静粛に願います。発言は、以下同文」
私が“鸚鵡(オーム)の法則”を実証する。
松任谷は唇を歪めて教室を飛び出した。
「魔貴、やりすぎよ!」
凛とした声が詰(なじ)る。
真魚だった。
「あなたがつれ戻して来たら? 副委員長さん」
魔貴が皮肉な調子で返す。
「そうしてくれる?」
私はいった。
!
真魚はつかつかと魔貴へ歩み寄り、痛烈にはりとばした。
「──そうします」
静かな声で退室する。
「おい、なにかみたか」
実は少なからぬ男子らが、儚(はかな)げな真魚に惹かれていたのだが、これには度肝を抜かれたようだ。
「いや、なにもみない」
現実逃避する手合いのなんとおおいことよ。
「友達じゃなかったの?」
私が疑問をていする。
「友達だからよ」
魔貴は頬を抑えて涙ぐみながらくすくす笑う。
「鬼の目に涙だ」
根本柊子(ねこむすめ)がはやした。
「ほかに意見がなければ決をとります」
私は軌道修正し、大多数賛成の声。
「紫邑魔貴、あんたを素顔(すっぴん)にさせやる!」
就任にあたり桔梗は抱負を喚いた──。
Scene 2 廃 園
足下おろそかにし、甃(いし)の段差で轉(ころ)んだ。
「く、口惜し~っ、石段まで馬鹿にして~っ!」
ひかえめな跫音(あしおと)がする。
「こ、これは涙じゃ…。つまずいて痛かっただけですわよ」
泣き顔をみられ、慌てて言いつくろった。
「大丈夫ですか?」
気がかりそうな声。
「た、たいしたことなくてよ」
尻向けて鼻水かむ。
「──ごめんなさい」
俯(うつむ)き加減な真魚の気配。
「あなたにはかんけいありませんわ」
つっけんどんに返す。
「――友達ですから」
屹然とした色をたたえた睛(ひとみ)。
枯れた噴水の縁に腰をおろす。
“海の娘(ネレイド)”の像には罅(ひび)のように木蔦が蔓延っていた。
特別教室棟や図書館に囲まれ、廃園のような趣きの処だった。
「じゃまでしょうか?」
真魚は像に戯れるそぶりをしている。
彼女の睛(ひとみ)は薄い灰色の空を映す水だ。
「私が好かれてないのは知っておりますけれど、正しいことを主張して来たつもりですわ。なのにどうして紫邑さんが支持されますのかしら」
膝を抱えてぼやいてみる。
「くすぶってた不満を抜け目なく煽動(あお)ったんだと思います。主張自体は皆の代弁じゃないでしょうか」
真魚は躊躇(ためらい)がちに応える。
「たしかに私達は排他的すぎたかもしれませんわ」
誤りを認める気になった。
「御免なさい」
せせらぎに似る真魚の声。
「くやしいですけれど、副委員長がんばってくださいな」
気はずかしく顔をそらす。
「むきじゃありませんよ」
真魚は臆してはなじろむ。
「そのようではなくてよ」
刺草(いらくさ)のようだった表情がほころんだ。
Scene 3 脱 走
昼すぎた陽射しが、御機嫌ななめな天気をあやしている。
あんたは今朝の騒動やら、生理痛やらで憂鬱だった。
“マドンナ”が行方しれずなので、幽霊塔だろうとあんたは踏んだ。
教師は黒板に膠着状態で、開いた窓が揺れて手招く。
いつものように考えるよりはやく、窓際な机のノートへ靴跡つけた。
災難の男子はあんぐりと口をあける。
猫でもよぎったみたいなすばやさで、露の中庭を駆け抜けて廻廊へ消える。
Scene 4 夢 魔
暗く装飾的な螺旋階段を登るうち、生理痛がいよいよ酷くなってきた。
暗闇が生き物みたいに体へ纏わりく気分だ。
へたへたで最上階に達すると、すっと圧迫感が嘘みたく消えた。
結界でも抜けたようだ。
実際にそのとおりだったかもしれない。
扉に手をかけると滑らかに開く。淡い光があふれてまぶしかった。窓辺に凭れていた魔貴が振向く。
露光しすぎた姿が溶明(フェード・イン)して貌はみてとれず、ただ少女めいた笑みだけが脳裏に残像した。
彼女は軽やかそうな裸足になっている。重苦しい制服は脱ぎ捨てられていた。
体にはまっ白なスリップを着けたのみ、透き通った膚(はだえ)が目のやり場に窮する。
「ヨウコソ」
窓枠に止まってた大きな黒鳥が、奇妙に乾いた嗄れ声で羽搏いた。
ばさりと、椅子の背凭れに、舞い降りた物をみれば、一羽の鴉だった。
「おたくの使い魔かい?」
意地っ張りのあんたは、虚勢でニヤリとしてみせる。
大鴉が窓へと羽搏き塔を飛び去った。烏の濡羽色である魔貴の髪と同じ色の羽根が、椅子へ脱ぎ懸けられた制服に舞い落ちる。
あんたはあたりを見廻せる余裕が出来た。いつの間にか部屋は綺麗になっていた。
改めてみる家具調度はどれも豪奢で、壁は濃い緑の垂帳で覆われて香を燻らせ、古びているが美しい絨毯が床に敷かれていた。
「いったい…」
その変わり様にたまげる。
「どう、捨てたものじゃないでしょ」
魔貴は上機嫌そうである。
「“魔法のランプ”でも使ったん?」
さもなければ説明つけようがない。
「灰かぶり(シンデレラ)みたいな格好で、お掃除にせいだしたのよ」
現実的でかえって想像し難かった。
「そんときのおたくをみたかったね」
掃除なんか精魂こめしそうにない。
「舞台裏はみせるものじゃなくてよ」
「で、いまなにしてたんだ。ストリップかい」
劣勢挽回をはかれるか。
「逢い引きだったりして」
「合い挽き…」(挽き肉ではないのよ)
そのてのことに初(うぶ)いあんたは絶句した。
「うふ、髪と体に呼吸させてたのよ」
可憐に笑みくずれるという芸当する。
「は~っ」
ぐったりさせられた。
「“ラプンツェル、ラプンツェル──。お前の髪を垂らしておくれ”」
彼女が体を廻らしてみせると、嫋娜(じょうだ)たる黒髪が頚筋(くびすじ)に纏わり、露な肩から胸前へ流れ落ちる。
「なんてね──。囚われの姫君の気分にひたってたわけよ」
「へー、あんたでも、そんなこと考えたりする」
素直な驚きが口をつく。
「あら、性悪な魔女の癖にとかいわんばかりね」
魔貴は大いに聞き咎めた。
「そんなわけじゃあるけどさ」
ほとんど肯定である。
「人が生きるのはただ夢みるため、さもない人生なんか二束三文だわ」
陽射しがまた翳ってきた。
「あたしと真魚はおなじ少女(もの)の裏表、人はみな夢に惹かれ夢に囚われる。
あたしだって、真魚のようになれていたかもしれないのにいまはもうなれはしない。
真実のあたしは邪悪な魔法の虜になり、暗く寂しい塔に閉じ込められている。
これは夢、悪い夢。あたしは、眠って夢をみているんだわ。
だからこうして、目覚めさせてくれる人を待ち続ける」
彼女は再び体を廻らせ、濃い緑の帳を半ば衣に纏う。
婀娜(あだ)たる様で片瞼(かたまぶた)を垂れ、静かな吐息に似た囁き声。
「百年眠りながら、優しい王子様をね。そしたら、あなたが来てくれた。
群がる魑魅魍魎(ちみもうりょう)を切り払い、囚われのあたしを救いにね」
魔貴は白鳥の腕(かいな)をさしのべる。
「…ちょ、ちょい」
あんたはガチャ目が酷くなった。
「そしてこういうのよ、“あなたこそ私の求めていた女性だ。
たとえどんなに醜くて拗(ねじ)けていようと、どんなに尻がるな淫売だろうとかまわない。
私はあなただけをみ、あなただけを愛している”ってね。
──でも、現実は夢かしら、夢が現実かしら?
どちらだっていいわ、王子様なんていらない。
悪夢だろうとなんだろうと、あたしは夢みてるのが好きよ。
みて、これがあたしの夢、この束の間の生がね」
「独壇上だね、たいしたもんだ。でも、あたしそっちのけないよ」
あんたは額に手をあてている。
論理の展開に着いてけないせいか、邪気に逆上せたせいかめまいがした。
「女同士じゃない。前の女子校ならざらよ」
なおさら異常じゃないか。
「中等部からじゃなかったのかい」
あんたは疑問をはさんだ。
「芙蓉だったわ。二年の夏に転入したわけ」
さらりとスカートはく。
「どういうつもりさ」
詰問の調子である。
「なにが?」
敵はしらばっくれてる。
「クラス委員の件だよ」
けったろかと睨めた。
「ああ、あれかしら。
中等部から純粋培養の人見知りな生徒(ひと)達がお団子してるようだしね。
他中学からで不慣れな生徒(ひと)達と気まずいのって居心地よくないじゃない。
真魚が憂慮してたから一肌脱いだだけよ」
真魚をひきあいにだされると弱い。
「それに西城さん達はやたらあたしに突っかかるし、また委員長副委員長なんかになられたらうるさいわ。
落窪さんはこわもてそうだけど気さくだから、真魚という心惹かれるおまけをつければいけると踏んだのよ。
あたしとしてはひっこみ思案のあの娘を奮起させてみたくもあったわ。
小山内くんは人うけがいいし、女子の下だっていやがんない。
女の子ばかりじゃ不便だし、男子の面目も繕(つくろ)えるわけよ」
策を弄して愉しんでるのがありありだ。
「委員長はよくたって、風紀は気にくわないね」
「自分が不良達に目を付けられているって知ってる? あなたって御人好しで喧嘩っぱやそうだけど、かかる火の粉を一々払ってたら遠からず退学よ」
「よけいな御世話さ」
「相手が風紀委員なら連中も、おいそれと手をださないわ。
あなたにしたってそうそう無茶はやれないでしょうしね。
松任谷さんあたりに風紀をなさって頂きたくなかったのは否定しないけど。
いま律子女史は窮地にあるとこだし、あなたがたすけになるかもしれなくてよ」
気遣いと打算の手際よい混成酒(カクテル)だ。
「おたくがそんなに学校思いだとしらなかった」
せいいっぱい皮肉る。
「わたしの生活しやすいようにしていけない?」
きゃつはしゃあしゃあという。
「呆れるほどの現実感覚だね。いったいどこが夢見る姫君なのさ」
あんたは憤懣(ふんまん)やるかたない。
「あら、騎士達はふがいない王子様だっていやしない。
奸智にたけていなければ、どうやって生きられて?」
敵は天真爛漫そうに笑んだのだ──。
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