アブソリュート・クラフター
ポート
プロローグ
暗い場所だった。天井の中央にたった一つしかない電球は、今にも切れそうなほどゆらゆらと安定しない橙色の光を室内にもたらす。
窓は無く、唯一の入り口に当たる重厚な鉄の扉も固く閉ざされ、羽虫一匹の侵入すらも許さない。
そんな密室空間の中央の小さな椅子に座る者がいた。
まだ十代半ばほどの少年だった。
老人のように白い髪が、手入れも無いままぼさぼさに伸ばされ、その目元を隠している。
グレーの作業着は所々穴が開いており、その隙間からやせ細った白い素肌が見える。さらによく見てみると、手首に通常の三倍はあろうかという太い手錠を掛けられ、自由には動けないようになっていた。
囚人。十人中十人がそう答えるであろう風貌だった。
それは間違いではない。実際少年はある罪を犯して捕まり、この施設に収監さえれたのだから。
しかし今少年がいるこの部屋が、この施設で最も重罪を犯した囚人のみが入れられる独房ということは明記しておかねばならない。
ここに入室した囚人は、その身の判決が下るまでの間、ずっと狭い部屋の中央で椅子に座ったまま一日を過ごすことになる。
通常であればこの独房への入室には様々な審査が必要になるが、この少年に関してはその日のうちに決定された。
そんないわゆる凶悪犯と呼ばれる類の少年は、今日もまたうつむきながら寝るまでの間を待ち続けていたが――
ギィ…
はじめその音が何なのか理解できなかった少年だが、それが重厚な扉を開く音だと気が付いた時、わずかばかりの違和感と共に顔を上げた。
これまで食事と排泄以外では決して開かなかった扉だ。食事は先ほどとったばかりで、排泄も今は問題ない。ではなぜ扉は開いたのか。自分の処罰が決まったのだろうか。いや、それにしては早すぎる。
様々な憶測が少年の脳内を駆け巡るが、結局答えを出すには情報が少なすぎる。
これ以上の情報は目の前に立つ、この男に尋ねるしかあるまい。少年が尋ねるまでもなく男は静かに口を開いた。
「佐々木啓だな」
長身の男だった。見たところ年は二十台の後半で、草色のコートを羽織っている。どう見てもここの職員の制服ではない。面会……という様子には見えないし、そもそもこの独房は面会は禁じられている。
もっとも、少年……佐々木啓に面会に来る人物など、いるはずもないが。
「……誰だ」
「とある研究機関に属する国家反逆テロ組織だ」
少年、佐々木啓の簡潔な問いかけは同じような簡潔な問いかけで返された。この答え方はありがたかった。無駄な問答は避けたい。
「テロリストが俺に何の用だ」
「お前の力がほしい。ここで死刑を待つか、俺達の目的に協力するか、今選べ」
そういって男は啓に手を差し伸べる。
「――ふざけた奴だ」
啓は吐き捨てるようにそう言って、椅子の背もたれに体重を込める。
「だけどまぁ、悪くないかもしれない」
次の瞬間、啓の手錠が小さな亀裂と共に砕け、地面に落ちた。まるで経年劣化を思わせるようなその手錠の様子に、目の前の男がかすかな驚きを示す。
「なるほど、そういう小技も使えるのか。凄いな」
「世辞はいらない。ほら、俺をどこへ連れて行ってくれるんだ?」
啓の問いかけに男はにやりと笑うと、改めて手を差し出した。
「では俺についてこい。だがまずは――」
男が振り向くと、施設内全体に響き渡るような大音量のサイレンが耳に飛び込んできた。同時に施設の天井に張り付けられたランプが赤々と灯る。
「ここを脱出してからだな」
――翌日
千人以上の被害を出した東京都無差別爆破テロ事件。その主犯として逮捕されていた、佐々木啓の収容施設脱獄は全国トップニュースとして報道されることとなった。
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