未来と今と

Yuyu*/柚ゆっき

未来と今と

 1年生。

 入学してすぐの頃で、それが当たり前で、僕はさしずめコミュ力があるとかよく言われる。

 入学式が終わってからすぐは、絶対に話しかけたい。クラス替えしてすぐ、となりの席とか後ろの席の人に話しかけたい。

 でも、僕は自分からそれをしたことはない。

 たしかに、話しかけられれば返すことはできるし、そこから友達になるのは自分でも得意かもとは思うけど……自分から最初に話しかけるのはとにかく下手なのだ。

 そして高校の入学式が終わって数ヶ月。

 高校に入って、初めて席替えが行われることになった。梅雨入りも宣言されて、雨がぽつぽつと降っている日のことだった。


(……窓際か。梅雨の時期は、あんまり外見てもいい景色じゃないから微妙だと思う)


 僕はみんなが思っているほど、明るかったりはしないはずなんだけどな。

 窓際の一番前から2つ後ろで、一番後ろから2つ前の3番目の席、前と後ろは友達になった子たちだ。

「よろしく、足立!」

「うん、よろしく……授業中、後ろからちょっかいかけんなよ」

「わかってるよ。わからないところがあったときだけ、小突く!」

「先生にきこうよ、もう」

 後ろの席の男子友達とそんなやりとりをする。

「足立くんよろしくね」

「よろしく」

「そういえば、中学から一緒だけど、こんな近くの席初めて?」

「あぁー、そういえばそうかも。でも、席多いし仕方ないっちゃしかたない。中学も1年のときはクラス違ったし」

「それもそっか」

 前の女子友達とはそんなやりとりをした。

 だけど、右隣の席の女子とは何も話さなかった。

 そして右隣の席の女子は誰とも話さなかった。席替えという、ある意味で会話が少し生まれる話題が生まれたばかりのこの時間にだ。

 もちろん、授業中だから静かにという精神かもしれないけど、クラス全体がざわついてるし、机やら椅子を動かす音で、話し声もそこまで目立たない。

 ただ、僕は隣の女子を改めて確認してみれば、誰かと話しているところを見かけたことはなかった気がするし、僕自身も話したことがなかった――そもそもクラスにこんな子がいたかという錯覚すら起きかねないほどに覚えがなかった。

 テスト返却などで、前にプリントをもらいにでていく姿を見てるからかろうじてクラスにいること自体は覚えていたので、それ以上の錯覚をおこしたり、それを現実にしてしまったりはしなかったのでよしとする。


 ***


 数日がたち、未だに隣の人とは話さない。

 話しかけられないので仕方がないともいえるのだが、とある日だ。

「マジか……」

 朝は梅雨にしては晴れまくりで、天気予報でも降水率0とかいっていたはずなのに、昇降口にいる僕の目に見える外の風景は、雨とそれによって黒く染まったコンクリートの道だった。

 今日は母さんが夜勤だから、早めに帰って弟の面倒みないといけないというのに。

「うわぁ……降ってきてるよ」

「マジ、天気予報あてにならないよな」

「どうしよ~、誰か置き傘とかないの?」

「最近、梅雨多いから前に持ち帰って、また置いとくの忘れてたー。マジミスったわー」

 周りも似たような状態みたいだ。

 濡れながら帰るしかないかな。

 そう思って、カバンを頭の上に構えて走り出した。そして、すぐに前に同じ学校の制服の女子が傘さして歩いているのが見えた。

 後ろ姿は見覚えがあるもので、むしろその背中しか見たことがない気すらしてくるせいで、確信を持てた。

「歩さんー!」

 僕が雨に負けないように少し張り上げた声で呼ぶと、こっちを振り返ってくれて、一応しっていた顔の、右隣の女子の顔が見えた。

「やっぱり、歩さんだった。ちょっと、途中まで入れてくれない?」

 濡れながら片手でごめんというような、形で頼んで見る。駄目なら、全速力で走るんだけど。

「いいわよ。商店街のあたりまででしょ?」

「そうそう」

 傘の中に二人。でも、多分初対面でやるこれは相合傘とは言わない気がする。

 雨の音をBGMに道を歩く。

「私の家、商店街少し過ぎたあたりなの。足立君は路地裏入って少しした所でしょ?」

「そうそう。だから、商店街の辺りまででいいよ」

「家まで一緒にいっていいのよ?」

「いや、無理言って入れてもらったし」

「そう……弟さんまだ小さくて大変ね」

「可愛いもんだから、別に気にならないかな。でかくなったら喧嘩しそうだけど……ていうか、初めて話したね」

「そうね」

「まあ……よろしく?」

「よろしく」

 話しているうちに、商店街についた。田舎の寂れた場所なので、道に屋根があるなんてことはない。

「それじゃあ、また明日」

「風邪ひかないようにね」

 そう挨拶して、途中で路地裏に入って走って家まで帰った。

「おかえりなさい。濡れちゃってるじゃない、大丈夫だった?」

「途中までは傘入れてもらってたから、見た目ほどじゃないけど……風呂入りたい」

「まだ、すぐにはでないから入っちゃいなさい。沸かしてあるから」

「うーい」

 家に帰ってすぐに、カバンを部屋においたりする前に風呂に入った。

 そして、風呂の中で考えているうちに――

(……あれ、そういえば)


 ***


 翌日。

「おはよう」

「おはよう」

 右隣の席の女子に話しかけてみた。

「僕、弟いたこと話したことあったっけ? 自己紹介でもいった覚えないんだけど」

「聞いてないわ」

「そう?」

「ええ」

「じゃあ、なんで知ってたの? あ、中学の友達は知ってるやつがいるから、それ繋がりとかだ」

 僕は答えはそれだと、いうようにいってみた。

「おはよう、いつのまに仲良くなってたんだ?」

「うん?」

 答えが正解なのか不正解なのかを言うわけでもなく突然、そんなことをいいだした。

 そして数秒後。

「おはよう、いつのまに仲良くなってたんだ?」

「おはよう……うん?」

「なんか変なこといったか?」

「いや、別に言ってない」

「そうか。まあ、とりあえずトイレいってくるわ」

 後ろの男子友達が登校して、自分の席にくるやいなや歩さんがいったことと全く同じことをいった。

「人の未来が見えるの」

「え?」

「ムラがあるんだけどね。それで、昨日も家で弟さんとゲームしてる足立君が見えたってだけ」

「へぇ……それってもしかして、テストの問題とかも見えちゃう?」

「見えるわね」

「超便利だね……でも、それにしては成績低いね」

「毎回満点とってると、それはそれで怪しまれちゃうのよ」

「なんだそれ……辛いな」

「だから、平均少し上のためにわざとミスしたりしてるの」

「へぇ~」

 何気ない会話……内容はぶっ飛んでるかもしれないけど、何気ない会話すら彼女としたのは昨日のあれをのぞいて始めただった。

 そして、僕から話しかけたのがきっかけで、話すようになったのも初めてだった。


 それからも何気なく話すようになった。

「明日、絶対僕当てられるなー……英語苦手なんだけど」

「明日は当てられないわよ」

「あ、そうなの?」

「そうなのよ」

「……でも、一応勉強しておこう」

「一応じゃなくてもした方がいいとおもうわ」

 若干、冷たいというか無機質な言葉だけど、最近はそこに入ってる感情をなんとなくだけど感じ取れるようになった気がする。

 そしてさらに月日が過ぎていき、またとある日に時間は移動した。

 土曜日になんとなく、本当になんとなくだったけれど僕は彼女に電話した――そして、初めて彼女の驚く声を聞いた。

『えっ! 足立くん?』

「そ、そうだけど。タイミング悪かったかな?」


 ♪♪♪


 私はちょっと未来が見えてしまう。人の未来が見えてしまっていた。

 小さい頃はそれが普通だと思っていて、それで不気味がられて友達はできなかった。

 そして、私の性格も話していると言いたいことをズバッといってしまう性格のようで、直そうとしてもなかなか難しかったわ。

 最終的に高校生になる頃には、もう諦めて人と関わることを少なくするようにしていた。

 そして、ひたすらに目立たないようにしようと思っていた。

 だけど、梅雨のある日に傘に入れてくれと言ってくる人が見えた。

 またそれは現実になって、だけどその人が私と仲良くしてくれる日々も見えて、それがなんでかはさっぱりわからなかった。

 心が読めるわけではないのだから当たり前なのだけど、私みたいな子のどこがいいのかわからない。

 彼のことはさっぱりわからない。この前には、未来が見えたせいでひどいことをいってしまった。中学の頃にも最後の最後にやってしまったことを思い出した。

 進路について落ちることが見えてしまったことを伝えてしまったことを。

 彼に嫌われたんじゃないかと思った金曜日の放課後のことだった。

 そんな私の生きているとある日のことだった。

 次の日

 部屋で読書していると、スマホが震えだした。

 だけど、私はこれにでた。

『もしもし、足立なんだけど』

 でた後に驚いた。電話が来るときは未来が絶対に見えていて、誰が来るかなんてわかっているのが私にとって当たり前だったから。

 この電話が来ることもわからなかった――そしてこの前にひどいことをいってしまって、電話何てくるはずもないと思っていた足立くんからの電話でさらに驚いた。

「えっ! 足立くん?」

『そ、そうだけど。タイミング悪かったかな?』

「う、ううん。そんなことないわ……それで、なにかしら?」

『いやさ。明日暇かなって思って』

「あ、明日? 暇だけど……」

 何か予定が入る未来なんて見えていなかったから、何もないはず……あれ、それなら足立くんが言ってくるのもおかしいような。

『ちょっとでかけない? って思ってさ。なんか母さんが会社でチケット貰ったとかなんだけど、自分はいかないからって押し付けられちゃって、ひとりで2回いくのもつまらないからさ』

「い、いいけど」

『よかった。そんじゃ、10時頃に商店街前のバス停でよろしく』

「わ、わかったわ」

 そういって電話をきった。

 私は、自分自身に今何が起きているかさっぱりわからなかった。

 どこに行くかもわからないし、見えない――こんなことは初めて。


 ***


 翌日。初めて、服とかいろんなものをちゃんと考えて選んだ気がする。

 今までは、次の日の私も第三者視点のように見えていたから、それと同じ服を着ていることがおおかったし、なにより人とでかけることなんてほとんどなかった。

「10分前……」

 気づけば、10時頃という曖昧な時間指定にもかかわらず、10分前の9時50分には待ち合わせ場所についていた。

「あ、おはよう。歩さん」

「お、おはよう、足立君」

「早いね。ていうか、昨日ちゃんと時間指定しなくてごめんね」

「いいのよ。大丈夫だから……それで、今日はどこいくの?」

「バスにのって海沿いへ行きましょうと思って」

(海沿いって、何かあったかしら)

 薄い記憶を少し掘り返しながら、バス停にきたバスに私たちはのることになった。


 海沿いにあった大きな建物。

 引換えのチケットを受付でかえてもらって私と足立君は入館した。

 そう。海沿いにある水族館にたどりついた。

(さいごにきたのいつか忘れちゃったわね)

「久しぶりすぎて、何も覚えてないや。歩さんどこか見たい所ある?」

「へっ!? ……え、えっと、私も久しぶりだからとりあえず順路に沿って見て歩かない?」

「りょうかい」

 先程から驚いてばかりな気がする。

 人に話しかけられるタイミングがわからないということが、これほどまでに新鮮なことがあるだろうか。

 ずっと未来も見続けているわけではないから、たまにはあるけど今日はすべてがわからない。未来がわからない。

 私の目に写っているのは、数々の水槽と歩幅を合わせてくれる足立君と他の家族連れやカップルなどのお客さん――。

(も、もしかして、私と足立君も他の人からみたらカップルに見えるのかしら)

 変に意識しだしてからは、気にせずにはいられなくなってしまった。

「歩さんみてみて、巨大水槽! うわぁ……久しぶりに見るとすごい綺麗だな」

「本当に綺麗ね」

 巨大水槽を見てそう思う。

(そういえば前に来た時は――あ、そうだ)

 私はこの時に思い出した。さいごにきたのは本当に小さい頃だったことを。

 たしかそのときは、ペンギンかそれとも飼育員さんかわからないけれど、数日後に一羽のペンギンが亡くなったのが見えた。

 そして数日後に、それは現実となってニュースで流れるほどの人気ペンギンだったことを知ったことを思い出した。

 それから、そういうことを見たくなくて、動物園などの命が溢れている場所は行かなくなっていた気がする。

「――さん。歩さん?」

「ふぇっ!?」

「珍しい声あげたね。大丈夫?」

「え、えぇ、大丈夫よ」

 思い出にひたりながら、ぼんやりと水槽を見ているうちに近づいてきていた足立君に気づけなかった。

 顔がすぐ横にあって、なんというかびっくりした。

「顔少し赤いような?」

「そ、そんなことないわ」

「そう? なんか、今日はちょっといつもと違うけど」

「そ、そう?」

「うん。なんかもっと、いつもは……ほら、見えるからそういう話になってるから」

「あ……そ、そうね」

「なんていうか普通の子というか。今日はみんなと一緒の女の子だね。女の子の歩さん」

「いつも、私は女よ」

「へへっ、それもそっか」

 こうやって見ると、足立君って結構顔立ち整ってるかも知れない。

 その後は、水族館をゆっくりと回った。私としてはもう初めてのような経験ばかり襲い掛かってきて、驚いてばかりだった気がする。

 あとは、足立君も普段と変わらないように見えるけど、案外落ち着いてるっていうか、学校にいる時がちょっと子供っぽく感じるような雰囲気だった――気がする。

 夕方になって水族館をでて、バスを待つ時間があいて砂浜を少し歩くことになった。

「楽しかったー! 今日は付き合ってくれてありがとうね」

「ええ……私も楽しかったわ」

「よかった」

「あの足立君……この前はごめんなさい。無神経なこと言って」

「ん? いや、あれは全然気にしてないよ。むしろ、僕的にはその未来をかえてやるって、頑張る気持ちに変わったし……正直、自分でも思ってたことだから」

「そう……」

「それよりさ。ちょっと、気になることがあったんだけど聞いてもいい?」

「なにかしら?」

 足立君はそう言うと、砂浜から少し離れた場所にある休憩所の椅子に座って、こっちにこいとジェスチャーしてくる。

 私も隣に座る。

「今日って、なんかその途中でも言ったみたいに普通だったなって思うんだけど、何かあった?」

「……何もなかったわ」

「本当に?」

「ええ……未来に何もなかったの」

「……うん?」

 どういうことだろうという反応をされるけど、当たり前だと思う。

「未来が見えないの。この前から」

「たまにこういうことはあったりしたの?」

「全然。毎日何かしらの未来がみえてるのが当たり前だったから……」

「うぅん……未来が見えないか。ストレス的な何かとか? 変なことあったりとかした?」

「変なこと……」

 少し考えてみる。

(そういえば、人にどう思われるのか気にするのは初めてかもしれない。嫌われちゃったとか――でも、もしかして嫌われたくないとあの時私は思ってたのかしら)

「あったかも」

「じゃあそれが原因かもしれない?」

「でも、これが原因なら……なんでわからないわ。だって、嫌われたくないって初めて思ったってだけだもの」

 昔、怖がられたりしたときはもともとそんなに仲良くはなかったから、なんで嫌うんだろうとか嫌われちゃったなで終了していしまっていた気がする。

「うぅん……例えばだけど、自分のことを真剣に考えたからとか自分の未来を作ろうと思ったから?」

「……どういうことよ」

「いや、例えばの話だよ? 人の未来が見えるじゃなくて、他人の未来が見えるとかだったらさ。自分の未来が見えてるのは自分のことを他人として扱ってるような精神状態だったかもしれないわけで……本当に予想だから。僕は歩さんと話すの楽しいし、別にそれが悪いとか否定してるわけじゃないんだ……治せるにこしたことはないかもだけど」

 すごいあたふたしながら、そんなことを言ってくれた。

 だけど――たしかにそうなのかもしれない。

 でも、それなら――もしかして。

「それじゃあ、私がまた未来が見えるようになったら足立君はそばにいないかもしれないわね」

「どういうこと?」

「……嫌われたくないって思ったのは、足立君にだから」

「うえっ!?」

 目を丸くして、顔を赤くして固まってしまった。多分、私も顔は真っ赤かもしれない。

 鏡がないし、未来も見えないからわからないけど熱い。

「そ、それなら……もう未来はみえないでいいかもね」

「……なによそれ」

「いや、だってこれからも一緒にいたいし……」

「……ずっとじゃなくて?」

「……ずっといたいって、言っていいんですか?」

「……いいと思うわ」

「……じゃあ、ずっと一緒にいてください」

「……私でいいなら、むしろよろしく」

「……こちらこそよろしく」

 私の本当の人生は、ここから始まるのかもしれない。

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未来と今と Yuyu*/柚ゆっき @yowabi_iroha

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