魑魅魍魎ースダミミズハー 神威冒険譚

黒白ーコクハクー

第1話愚鈍の陰陽師①

これから8年前の話をしよう

一人の天才陰陽師いもうとと比較され続けた、愚鈍の陰陽師の話だ


俺、東雲しののめ神威かむいの妹、東雲しののめ神楽かぐらは、陰陽師として天性の才能を生まれ持っていた

周囲の人々は神楽のことを『希望』だ、『安倍晴明の再来だ』だの好き勝手言って騒いでる

けれど、まだ6歳になったばかりの神楽にとってはなんの意味もない言葉ばかりだ

神楽自身も、どこか窮屈そうにしていた

それに、神楽はまだ霊力に体が付いていかず、体を崩すことがある

そんな意味のない言葉で、いちいち神楽を追い詰めるのは止めて欲しかった

そして、その言葉に無意識のうちに苦しんでいる俺を、早く解放して欲しかった


「神威様」

ある昼の日

午前中の修行を終え、修行の間を出ようとする俺を、

いつも修行をつけてくれている初老の男性、九禅くぜん源治朗げんじろうが呼び止めた

「はい、なんですか?」

神羽かぐは様から、修行を終えたら自室にお呼びするようにと仰せつかっています」

「母さんが?・・・分かりました。ありがとうございます」

俺は九禅さんに一礼し、修行の間をあとにした


「母さん、神威です」

襖の前で正座し、中からの返事を待つ

「入ってらっしゃい」

返事はすぐに返ってきた

その優しい声に、肩から力が抜ける

襖を開け中に入ると、そこに居たのは当然呼んだ本人の母さんー東雲しののめ神羽かぐはーと、その膝で大きな口を開け、ヨダレを垂らし、幸せそうな顔をして寝ている神楽がいた

母さんは寝ている神楽の髪を優しく撫でながら苦笑いを俺にむけた

「ごめんね。お話を読んでいたら寝てしまったの」

「いや、気にしないで」

謝ってくる母さんに、俺も苦笑いで返した

神楽の寝顔を見てると、不思議と今までのストレスとかが軽くなったよう気がした

だからむしろ良かったとさえ思っていた

「それで母さん、要件は?」

俺は母さんの前に正座する

「特に用事があった訳じゃないの。最近の近況を聞きたいなって。修行の方はどう?」

母さんは柔らかい笑みを浮かべて尋ねてくる

その笑みからは、外見からは想像ができないほど慈愛に満ち溢れていた

外見から、と言っても悪い意味じゃない

母さんは、その・・・すごく若く見える

身内贔屓じゃなく、だ

俺の今の歳は13

母さんが俺を産んだのが25だと聞いたから今は・・・

それなのに、母さんの外見は20代の半ばで止まっているように見える

それくらい、その、若々しかった

「・・・どうしたの?」

なにも言わず見つめてくる俺に、母さんは首をかしげる

「い、いや、何でもないよ。修行、修行・・・ね」

途端に俺の顔が暗くなる

「ごめん・・・今日もろくに術を扱うことができなかったよ」

「そう・・・」

釣られるように母さんの面持ちも暗くなる

「ごめん・・・母さん。分かってる・・・四柱家の者でありながらこんな・・・恥だと自覚しているよ。ましてや、母さんの名を汚すような・・・」

母さんは陰陽師の中でも、かなり名の知れた陰陽師だ

最近は体の衰弱が原因で一戦から身を引いているものの、それでも尚、その名には畏敬の念が多く寄せられている

俺は顔を上げて母さんを直視できない

こんな俺が、母さんと会わせる顔なんて、ない

本来はこうして部屋に呼ばれることさえおこがましいんじゃ、と思ってる

「神威、おいで」

母さんは俺を手招きして呼んだ

僅かな躊躇いの後、俺は恐る恐る母さんに近寄った

そして手の届く所まで近付くとーーーーーーーーパァン!!

「おぐぅわ!?」

額に衝撃が走った

見ると、母さんの手はデコピン(をした後)の手になっていた

いや今のデコピンの威力じゃなかったけど!?

そう動揺している俺に、今度はグイっと俺を引っ張り、そのまま抱きとめられる

「っ!?っ!?」

最早なにがなんだか分からなくなり、俺は混乱していた

「陰陽師がどうだとか、名前がどうだとか・・・そんなもの気にしなくていいのよ神威」

母さんは優しく俺に語りかけてきた

「私が母親としてあなたに望むのは、幸せな日常を過ごしてくれること。そのために陰陽師が壁になるのなら、なる必要なんてないわ」

「それは・・・そんなこと・・・東雲家に生まれておいてそんな・・・」

言葉では否定しようとするものの、上手く反論できない

「あなたが望むのなら止めないわ。私が支えてあげるから」

母さんの言葉は魔性の言葉だ

どれだけ壁を作ろうと、少しずつ取り除かれていく

不安とか不満とか、突っ張っていた心が、どんどん和らいでいく

だから、つい、本音が漏れそうになる

「母さん・・・俺は・・・」

「むにゃ・・・お母さん?」

その声に俺はビクッとし、無理矢理母さんから離れる

神楽が起きたようだ

神楽は目をゴシゴシと擦り、母さんの膝から起き上がった

「んゅ?あ~お兄ちゃんだ!!」

神楽はニパァーと笑い、俺の方へトテトテと歩いて抱きついてくる

「んひひ~お兄ちゃんの体は硬いねぇ~こんにゃくみたいだ」

「確かに外見は硬そうだけどあれ柔らかいんだぞ?俺はふにゃふにゃなのか?」

思わず突っ込んでしまった

いやでもこんにゃくってさ・・・

「そっかぁ~でもほんとにカチカチ。お岩さんみたい」

「はは・・・まぁ体は鍛えてるからな」

体は、のところを強めに言って、俺は自虐的に笑った

その様子を、母さんは悲しそうな顔をしてみていたが、俺は気が付かなかった振りをした

「ふーん・・・神楽はしゅぎょーは嫌いだなぁ~だって疲れるもん」

この天才様は目の前でこんなことを言う

でも、本人が望んでいないならそれでいいのだろう

「そんなものよりもお兄ちゃん!!神楽と遊ぼう!!」

修業をそんなもの呼ばわりし、神楽は服をグイグイ引っ張り、目を輝かせ遊ぼうコールをしてくる

「辛い修行よりもお兄ちゃんの可愛い妹と遊んだ方がオトクだよ!!なぜなら神楽が楽しいから!!」

「そこで俺が得することはないのね」

「んう?」

神楽は分からないといった様子で首をかしげる

どうやら自分が楽しいと言うことが他人の得になると思っているみたいだ

・・・いや、そもそも得の意味を正しく理解しているかさえ怪しい

「お兄ちゃん良いでしょ!遊ぼ!」

「神楽、お兄ちゃんは修行で疲れてるわ。それにこれからまだ修行をやるのよ?無理を言っちゃダメよ?」

我儘を言う神楽を、母さんは優しく嗜めた

「えー!!だって最近お兄ちゃんと遊べてないよ~」

唇を尖らせ、神楽は拗ねてしまう

その様子に、思わず笑ってしまった俺は、抱きついてる神楽の頭を優しくポンポンと叩いた

「分かった。じゃあ明日遊ぼうか神楽」

瞬間、神楽はバッと顔を上げ、目をキラキラ輝かせた

「本当!?」

「あぁ、約束だ」

俺がそう言うと、神楽は嬉しそうに再び抱きついてきた

飛び付いてきた神楽を優しく受け止め、そっと頭を撫でる

ふと、母さんと目が合うと、母さんは心配そうな顔をしていた

「大丈夫なの?これからまだ修行でしょう?ここ最近はずっと修行詰めとも聞いてるわ」

「大丈夫だよ。息抜きにもなるし、最近神楽と遊んでやることができなかったのは本当だから」

これは建前ではなく本心だ

修行は厳しく辛い

才能がない俺にとっては尚のこと

そんな過酷な毎日の中で、神楽と遊ぶことは良いリフレッシュになる

ゆっくり休みたいという気持ちもあるけれど、神楽が遊びたがっているのならそれで良いと思っている

「っと、こんな時間か。そろそろ俺は戻るよ」

「もっとあなたと話していたかったのだけれど・・・仕方ないわね。わざわざ呼び出してごめんなさいね神威。修行、頑張ってね?」

「お兄ちゃん頑張れぇ~!!」

「ありがとう。行ってくるよ」

不思議だな

あれだけ嫌だと思ってる修行が、こうして応援されるだけで頑張ろうと思える

・・・単純なんだな俺


息子の神威が部屋を出ていった後、娘の神楽もそそくさと遊びに部屋を出ていってしまいました

二人が居なくなったのを確認して、私は大きく息を吐き出します

「やはり・・・神威は上手く霊力を扱えないのね・・・」

失望をしているわけではありません

むしろ、そのような形に産んでしまった私を恨んでいます

先程神威に言った、陰陽師にならなくてもいいという言葉も、本気で言っていました

しかし、神威はどうやら東雲家に誇りのようなものを感じているようです

ですが・・・恐らく神威が歴代の東雲家のような陰陽師になれることはないでしょう

神威の力は、元来の陰陽師のそれとは異なるのですから・・・


「・・・祓ひ給へ 清め給へ!!急急如律令!!『火炎舞かえんぶ!!』」

俺は札を構え、火の術を発動させようとする

しかし、札から放たれた炎はマッチの火を少し強くした程度のものだった

「完全詠唱までして発動した初歩の術が、これか」

九禅さんはいつものように感情なく、だけどどこか失望したようすでそう呟いた

「・・・くそっ!!」

術を発動させられない苛立ちと焦り、そして不安が俺の中に募っていっていた

「焦ることはありません神威様。少しずつ慣らして参りましょう」

言葉では優しく言っていても、声の抑揚からは慰める気など皆無なのが伝わってくる

その事が癪に触った俺は、溜まっていたものを少し吐き出してしまった

「・・・そんな心にもない言葉を、俺は一体何年聞いてきたんでしょうね」

言った瞬間ハッとした

まるで九禅さんが悪いかのような言い回しをしてしまった

しかし、九禅さんは微塵も動じていないようで、いつもの無感情の顔のままだった

それが、また俺をイラつかせた

「神威様・・・」

「すいません・・・10分だけ休憩を下さい

一度、気持ちを入れ直してきたいんです」

九禅さんの言葉を遮るように、俺は言葉を重ねた

でないと、今度は何を言ってしまうか分からなかったからだ

九禅さんの「畏まりました」という言葉を聞き、俺は修行の間を後にした


「ふぅ・・・」

修行の間からでてすぐの縁側に、俺は腰かけた

苦しい・・・辛い・・・

修行を初めてからもうすぐ五年が経つ

それなのに俺は未だにまともな術を扱えない

情けない・・・情けない!!

仮にも陰陽師を代表する『四柱家』の一家の血を受け継いでおきながら、この有り様だなんて

胸が・・・苦しい・・・

と、庭の方で楽しそうな声が聞こえた

庭の方へと目を向けると

「わは~!!待てぇチョウチョー!!」

楽しそうにチョウチョを追いかける、無邪気な神楽の姿があった

そう・・・無邪気な・・・

妹は・・・神楽は本当になんの他意もなく俺に接してくれる

何も知らないのもあるだろう

まだ幼いからというのもあるだろう

それでも、俺はそんな神楽に救われていた

よく、妹の才能を妬んでいるという言葉を耳にする

逆だ

俺は神楽が愛しい

神楽を守りたいと、心から思っている

そのためにも、この意味もないとさえ思える修行を続けられるんだ

そう考えると、また少しやる気が出てきた

少し早いけど、修行の間に戻ろうか

そう思っていると、鳥居の方から一人の女性が歩いてくるのが見えた

「あら、神威じゃんか」

「姉さん・・・」

歩いていたのは、依頼を終えて帰って来た姉さんー東雲しののめ神音かぐねーだった

「なにしてるの?こんなところで庭なんか見つめちゃって」

俺の目線に釣られるように、姉さんは庭の方を見る

その先で神楽が楽しそうに遊んでいるのを見つけると、姉さんは納得したように頷いて、俺の方へと向き直る

「シスコンだねぇ~」

「言ってて恥ずかしくないのか」

シスコンだと姉さんも入るだろうが

「弟に愛されて嬉しくない姉がいるもんかね」

そう言って姉さんはフヒヒと、およそその外見からは想像できない笑いをこぼした

まったく、外見は母さんみたいなのに、中身は神楽みたいだな

と、自分で言って思わず納得してしまった

外見に、ではなく、本当に家族だということに、だ

姉さんはこの18歳で既に妖怪退治の依頼をこなしている有能な陰陽師だ

母さんが表に立ってない今、姉さんが東雲家の顔だと言ってもいい

幅広い術をそつなくこなし、発動することができる

まさに生まれるべくして生まれた様な人だ

・・・俺の才能とバカな所は全部姉さんに持っていかれたんじゃないかな

そう思うと、ちょっと気が楽になる気がした

「よし、そうしよう」

「おう、弟が突然独り言言い出したが、なんか私がバカにされた気しかしないぞ?」

無駄に鋭いな

「それより、随分とボロボロだね。らしくない」

俺は改めて姉さんの身なりを確認する

キレイな長い黒い髪は土を被り、

服は所々破れ、肌が露出してしまっている

額には出血を抑えるためのシップが貼ってあった

俺がジッと姉さんを見ていると、姉さんはわざとらしく顔を赤らめ、更には体をクネクネとうねらせ始めた

「いやん、神威のエッチ~」

「それは悪かった

今後は姉さんを視界に入れないようにするよ」

「ほんと冗談通じないわねぇ~

ってちょっとほんとに見ないようにしないでよ!?

ほら、ほぉら神威お姉ちゃんですよぉ!?」

ほんとに年上なのかこの人・・・

なんて、呆れていると、俺はどこか沈んでいた気持ちが、また上向きになっていることに気がついた

それは・・・認めたくないけど姉さんのお陰だ

母さんも神楽も、そして姉さんも、こんな俺を差別しない

本当に家族として接してくれている

作っているのではなく、自然体で

素直になれないけど、俺はほんとに救われてるんだ

姉さんは俺の視界に入ろうとする動きをやめ、頭をかく

「まぁ確かに、こんなにボロボロなのは久しぶりだもんねぇ

初陣の時くらいかなぁ。ここ最近、やたらと妖怪達が強くなってきてるみたいでさ・・・依頼も基本複数人でかかるようになったし」

妖怪が、急に強く

そんなことありえるんだろうか

人が、陰陽師が力をつけて成長するように、

妖怪もまた成長するということなんだろうか・・・

でも、急激に強くなるなんてこと、あるのか

「まぁまだ手に負えない程のことじゃないんだけどね

まだまだ強くなるようなら色々考えなくちゃいけないかな」

姉さんは指を顎にあて、うーんと考え込む

普段はふざけた性格をしてるけど、一度仕事のことになると姉さんは人が変わったように真面目な顔つきをする

その姿は本当に母さんみたいで、どことなく安心する

「神威様、そろそろ再開致します」

と、そこへ九禅さんが修行の再開を告げにやってきた

九禅さんが姉さんに気付く

「おや、神音様、お帰りなさいませ」

九禅さんは挨拶をした後頭を下げる

「ただいま、九禅さん」

姉さんはいつものように笑い、手を振って挨拶を返した

「さて、私は神楽を愛でた後、母さんに報告に行ってくるよ」

「いや真っ直ぐ迎えよ」

俺の突っ込みは流され、姉さんはそっと俺に近寄り

「修行、頑張んなさいよ神威」

そっと頭を撫でた

振り払おうとするが、その心地よさに体が動かない

姉さんは満足そうに頷くと、

「神っ楽ぁぁああぁあぁあ!!」

猛ダッシュっで神楽の方へと走っていった

一瞬の心地よさを忘れ、俺は無表情のまま

「・・・修行、始めましょうか」

そう呟いた

けれど、緩んだ口だけは、抑えることができなかった


修業が終わったのは夕方頃

身も心もボロボロになった俺は修業の間から動けないでいた

「はぁ・・・はぁ・・・バ、バケモノかよあのおっさん・・・70過ぎた人間の動きじゃないだろ・・・」

息を荒げながら、九禅さんにボコボコにされたことに対して悪態と言うささやかな抵抗を試みたが、対してスッキリしなかった

動かない体をなんとか動かそうと試みていると、スッと入り口のドアが開けられた

「咲耶・・・」

そこに立っていたのは、銀髪碧眼の少女、早乙女さおとめ咲耶さくやだった

「あの、九禅先生から神威様の傷を看るようにと仰せつかりましたので・・・」

扉で体を半分隠しながら、咲耶は説明する

・・・どうして体を隠すんだろうか・・・心なしか警戒されてる気もするし・・・俺そんなに恐いかな・・・

「そっか・・・迷惑かけてごめんな」

「め、迷惑なんてとんでもないです!!むしろ御礼を言いたいくらいです!!」

「いや、なんでだよ」

咲耶の言葉に俺は思わず突っ込んでしまう

・・・いや、俺がおかしいわけじゃないよな?

「し、失礼します」

咲耶は部屋に入ってくると俺の背中に回った

そして札を取りだし、術を発動する

すると、淡い光が俺の体を包むように光り傷を癒していく

神楽の出自や姉さんの名声に隠れてはいるけど、咲耶も相当の才能の持ち主だと思う

一つとはいえ俺より年下で、修業年数も少ないのに、攻撃・防御、支援と幅広く術を扱えるんだから、俺なんかよりよっぽど優秀だ

それなのに、なんでか咲耶からは憧れのような眼差しを向けられてるような気がする

・・・俺に憧れるところなんて、どこにもないのにな

「神威様、治療終了しました。日常動作には影響はないと思います」

咲耶の術が消え、終わりの報告を受ける

試しに起き上がり、手をグーパーグーパーする

全快とまではいかないものの、痣などの傷はほとんど消えており、体も動かせるようになっている

「ありがとう咲耶。楽になったよ」

「いえ、神威様のお役にたてたのなら光栄です」

咲耶は恭しく一礼し、その場をあとにした

その行動に、俺はどこかモヤモヤした気持ちになっていた

最近の咲耶はどうも堅苦しい

昔から丁寧な言葉使いはしていたけど、距離を感じるような堅苦しさじゃなかった

もう10年近く一緒に暮らしているのに、ここ最近はどこか距離を取ろうとしているような気がする

正直、嫌われたんじゃないかと考えると辛い・・・

不安な気持ちを抱えながら、俺も続いて部屋をあとにした


スッキリしないまま夕食を済ますと(夕方は咲耶担当、完璧超人かよ)、俺は自室へと戻り、布団にこもった

「(結局、今日もまともに術を扱えず、組手でもボコボコにされただけ・・・俺は前に進めてるんだろうか)」

布団にはいると、いつも良くないことばかり考えてしまう

陰陽師の最高位に位置する『四柱家』という言葉が重くのし掛かる

基本的に『四柱家』の頭主はその家の最年長者に引き継がれる

東雲家で言えば最年長者は、神音(姉さん)だ

つまり、家を継ぐのは姉さんになる

それでも東雲家として上に立つことはある

それなのに・・・この有り様じゃ・・・

「~ッ、くそ!!」

俺は首をブンブン振る

最近ずっとこんなことをばっかを考えてる

これじゃ、ダメなのに・・・

「(いっそ・・・)」

やめろ

「(いっそ本当に・・・)」

だめだ考えるな

「(いっそ本当に母さんの言うとおり・・・)」

そこまで考えて、俺は勢いよく布団から起き上がった

「バカか俺は・・・東雲の名を姉さんと神楽に全て押し付けて、俺は悠々と過ごす?出来るわけないだろ・・・」

自己嫌悪に陥った俺は部屋を出る

夜風に当たって気分を変えようと思ったからだ

外は月明かりが照らし、心地のよい風が吹いていた

風が自己嫌悪に陥っていた俺の気持ちを吹き飛ばしてくれている、そんな風に感じた

しばらく縁側を歩いていると、ふと中庭の方から人の気配を感じた

「こんな時間に・・・誰だ?」

気になった俺は、そっと中庭へと向かった

そして中庭の木陰からそっと様子を伺う

「・・・895・・・896・・・897!!」

そこに居たのは、木刀を手に素振りをしている咲耶だった

「(・・・咲耶、こんな時間まで修業を・・・)」

止めるべきなんじゃないか

そう思ったものの俺の体は動かなかった

咲耶に、目を奪われていた

「(キレイだ)」

その一言に尽きた

月光に照らされた銀の髪はまるで天の川の星のように輝き、

額から垂れる汗も、まるで宝石のように輝き散っていく

そんな光景を前に、俺はしばらく目を離すことができなかった

すると、一通りの素振りを終えたのであろう、

咲耶の動きが止まる

そして、俺の気配に気付いたのであろう、こちらを振り替える

「か、神威様!?」

咲耶は慌てて服装を正し、直立に立ち直した

「こ、こんな時間に、いかがなされましたか?」

「こんな時間にって、こっちの、台詞だよ」

俺は苦笑いで返した

そして木陰からでて咲夜に近付く

それに比例するように咲耶は後退りする

いやなんでよ

「えっと・・・咲耶さん?」

「す、すいません!で、でも今修業を終えたばかりでして!そ、その汗もかいてしまいましたし、その・・・」

・・・?

何が言いたいのかは分からないけど、つまり今は近付かれたくないってことかな?

「それで、咲耶はなんでこんな時間に修業を?」

「私ですか?私のこれは日課なんです」

「日課?」

咲耶はどこか照れた顔で頷く

「私は・・・正当なこの家の者ではありません・・・捨て子だったのを拾ってもらった身です。ですからその名を汚さぬよう、鍛練を積んでいるです」

「それで・・・こんな遅くまで?」

「はい、お義母様の、神音様の、神楽様の、そして神威様のお力になれるよう、一振り一振りがその糧となるように振り続けています」

咲耶は一切の迷いのない瞳で答えた

その瞳に俺は思わずたじろぐ

咲耶の言うとおり、咲耶は俺達とは血の繋がりはない

咲耶はある村が教われた際に、一人だけ生き残っていた子を、当時最前線で戦っていた母さんが引き取った

俺達と変わらないように愛され、育てられてきた

しかし、血の繋がりがないということを理由に、

咲夜は周りから非難されることが幾度かあった

10にも満たない子供が、ずっと陰口に耐えてきたんだ

けど、咲耶は負けなかったんだ

周りからの言葉をかき消すために、毎日毎日、人知れず努力を重ね汗を流してきたんだ

それが、今目の前にいる、俺より遥かな高みにいる咲耶なんだ

正直な所、今日まで俺は誰にも負けないほど努力を重ねてきたつもりだった

自分には才能がない

だから人一倍修業しなくてはならない

そう思い毎日打ち込んできた

なのに報われない、と挫折しかけていた

自分に術が使えないことを才能のせいにして、最後に諦めるきっかけにしていたんだ

バカだな・・・俺は・・・

「・・・神威様?」

黙りこんでしまった俺を咲耶が心配そうに声をかける

そこで同時に気付く

咲耶は周りの声に負けずに努力をしてきた

しかし、周りの言葉は咲耶の心に確実に影響を及ぼし、それが俺達との間に壁を作ってしまったのだ

きっと今までずっと悩んできてたのだろう

恐らく、俺が修業に悩んでる以上に・・・

ずっと一緒に居たのに、今日までその事に気付いてやれなかった・・・

だから、取り戻そう

今、咲耶が俺に努力をすることの意味を教えてくれたように

壁なんて要らないんだ、と

「・・・咲耶」

「は、はいなんでしょう神威様」

俺はすっと距離を詰め、

グイッ、と咲耶のほっぺを引っ張った

「ふぁ!?いふぁいいふぁいいふぁい!!

神威様いふぁいです!!」

突然のことに咲耶は両手をばたつかせて痛がる

パッと手を離すと、咲耶のほっぺはゴムのようにパチンと戻った

・・・本当に柔らかかったな、うん

咲耶は「あぅ~」と呻きながら両頬をさすっている

「咲耶、咲耶は俺達のことが嫌いか?」

「そ、そんなこと!!いえ、それだけは有り得ません!!」

俺の問いかけに咲耶は間髪入れずに否定した

「でも、最近俺達との間に壁を作ってないか?」

「そ、それは先程も申しました通り、私は正当な・・・」

そこまで言いかけたところで、俺は再び咲耶のほっぺを引っ張った

「いふぁいいふぁいいふぁい!!」

咲耶もまったく同じ痛がりかたをする

「咲耶、端から見たら確かに東雲家はすごい偉く見えるんだと思うよ。俺も、ずっとそう思ってたしな」

咲耶は両頬をさすりながら頷く

「けど、身内ではそんなこと関係ないだろ?」

「でも、私は・・・」

「家族だろ?」

なお否定しようとする咲耶の言葉を俺は遮る

「血の繋がりなんて関係ないし、必要ない

一緒の家に住んで、一緒の家でご飯を食べて、一緒の家で寝る

咲耶はもう、立派な俺らの家族じゃないか」

咲耶は口をギュッと結ぶ

何かを堪えているようだった

「むしろ、そうやって距離をおかれるのは、辛いよ

俺だけじゃなく、母さんも、姉さんも、神楽だって」

正直、咲耶の気持ちも痛いほど分かる

東雲の名を引き継いでいながら、陰口を耳にしてきたのは、まともに術を扱えい俺も一緒だから

でも、だからって家族の絆を絶つ理由になんてならない

戻したい、あの優しい笑みを俺に向けてくれたあの頃の咲耶に

俺の言葉に、咲耶はしばらくなんの反応もしなかった

俺も何も言わず、ずっと待ち続けた

「一度・・・」

やがて、咲耶はポツリとこぼした

「一度意識してしまうと、意識しないようにすることができないことも、あるんです」

分かるよ・・・俺もどれだけ励まされても、劣等感に悩んできたから

「どれだけ本当の家族のようにしてていただいても、最後はやはり血の繋がりが立ち塞がるのです・・・」

「咲耶・・・」

「でもそれは、あくまで理屈の上、ですよね」

咲耶が俯いていた顔を上げて微笑む

水晶のような涙を流しながら

「神威が、そう言ってくれるのなら、私はもう一度戻れる、そんな気がします」

咲耶の泣き笑顔に、俺はドキッとしてしまう

「・・・お見苦しいところをお見せしました・・・」

咲耶はさっと涙を拭く

「・・・あ、咲耶、今俺の名前・・・」

咲耶の泣き笑顔に気を取られて気付くのが遅れたけど、

今、咲耶は俺の事を呼び捨てで呼んでくれた

・・・昔のように

「神威が・・・関係ないと言ってくれたので」

咲耶は今この一瞬で前へ進んだんだ

不安を、乗り越えて

「・・・敵わないな・・・」

俺は思わず呟いていた

「え?」

幸いにも俺のつぶやきは咲耶には届いてないようだった

「何でもないよ

・・・また、前のように呼んでくれて嬉しいよ」

「いえ・・・まだ神威だけですが・・・

いえ、神威だから、でしょうか」

「え?」

今度は咲耶が何かを呟いたように聞こえたけど、最後の方は聞き取ることができなかった

「ふふ、なんでもありません」

咲耶は微笑むだけで、言い直してくれなかった

「そっか。じゃあ明日も早いし、そろそろ上がんなよ?」

「はい、ありがとうございます」

俺はそのまま部屋に戻ろうとする

しかし、何故か咲耶に負けっぱなしというところに引っ掛かってしまい、

「あぁ、あと咲耶」

「・・・?はい」

つい、こんなことを言ってしまった

「汗をかいたまま寝るなよ?せっかく可愛い顔をしてるのに、それを台無しにするような臭いをさせてたら皆ビックリするぞ?」

あ、あれ?なんで俺こんなことを・・・

咲耶は最初はポカンとしていたが、暗に汗臭いと言われたことに気が付くと、

顔をカァッと羞恥で真っ赤にし

「な、なななななな!?」

やばっ!?

そう直感した俺はすぐにその場をあとにした

「神威のバカぁぁぁぁぁぁぁ!!」

月夜に咲耶の声が木霊した

その言葉から全速力で逃げていた俺は

「・・・え?可愛い顔!?」

咲耶が最後にそう呟いたのを聞き取ることができなかった

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