特にロマンチックでない星空へようこそ

閏三月

第1話 ちょうこくしつ座

 秋の南の空には、あまり明るい星がない。


 というと、「秋の空は……(以下同文)」という言い回しのほうがなじみがあるかもしれない。でも、そうではないのだ。

 秋の空を見上げたら、頭上には天の川がかかっている。もちろんそれは夏の天の川に比べたらやや淡いものだけれど、天の川が堂々と頭上を通っているのである。

 それに加えて、秋のまだ早い時期なら西の空に夏の大三角が残っているし、月のない暗い空の下ならば夏の濃い天の川も見える。一方晩秋だと夏の星座は影を潜める代わりに、東の空から冬の星座たちがのぼってくるので、やっぱり1等星だらけできらびやかである。天の川があるから、秋の星座には星団や星雲もたくさんある。

 しかし、それは頭上、北の空の話である。南のほうへと目を向けてみると、確かに寂しい感じの空が広がっている。秋の1等星はこれだけ、とよく言われるフォーマルハウトがあって、あとはどれもあまり明るくない星ばかり。特に、南の低い空は暗い星がパラパラどうにか見えるくらいでしかない。そのなかにあるのが、ちょうこくしつ座だ。もちろん明るい星はほとんどない星座である。


 これには理由がある。


 急に話が飛ぶのだけれど、天の川というのは、たくさんの星からなっているわけである。ではなぜそちらの方向には星がたくさん見えるのか。

 なんだそんなこと、と思われるかもしれない。

 私たちの住んでいる太陽系は、銀河系というごく薄い円盤状の星の集まりの中に位置していて、星の集まりを内側から見ているから、その薄い円盤が帯のようになっているということではないかと。

 そのとおりである。だから、天の川の見える方向は、肉眼ではっきり見えるような星も多数見える。


 では、とここで話をひっくり返してみます。


 天の川からはなれた方向というのは、どこを見ているのか。

 それは、銀河の星がほとんど集まっていない方向をみているということになる。もちろん、円盤にも厚みがあってゼロではない。それは、円盤の大きさに比するととても薄いけれど、それでも一番たくさん集まっている部分だけでも100光年くらいはあるから、それは人間とか地球と比べたら桁違いのスケールである。なので天の川から離れた方向にも多少は、星があるように見える。でも、まばらにはなっていく。

 特に天の川が取り巻いている帯を赤道のように見立てたとき、極に当たる方向は一番星がまばらになる。これを銀極、と呼んでいる。

 銀極はむろん、(地球基準で)北と南にふたつある。それぞれ銀河の北極、南極と呼ばれる。そしてこのうち、銀河の南極があるのがちょうどちょうこくしつ座の方向にあたるのだ。それはまあ、まばらになるのも当然であろう。同じように、その回りの星座もあまり明るい星がない。

 もちろんこれはあくまで傾向である。天の川のどまんなかにあるカシオペア座には1等星がなかったり、そこから外れたみなみのうお座に1等星フォーマルハウトがあったりするけど、それはそれ。


 明るい星はほとんどないちょうこくしつ座にいくつか有名どころとして知られているのが、系外銀河である。系外銀河は、天の川のどまんなかの星座ではなかなかお目にかかれない。別にそちらの方向に系外銀河がないというわけではない。あってもそこまで見通せないのである。

 天の川がある方向は銀河の円盤方向であるとは前にも書いた。そして。、円盤には星だけが集まっているわけではなく、星の間にある、こまかいチリや薄い水素ガスなどもおのずから多くなる。

 これらの星間物質は、星の光を吸収して見通しを悪くしてしまう。天の川のある方向だと、系外銀河の光もこの星間物質のただよう空間を長く通ってくるので、埋もれてしまうわけだ。

 逆に、天の川から外れていれば、見通しがそれだけよくなる。そういえば、明るい銀河として名高いアンドロメダ大銀河やさんかく座銀河も、天の川からは少し離れている。ちょうこくしつ座ほどではないけれど。

 うまいぐあいに、ちょうこくしつ座の方向には、比較的距離の近い銀河群がある。銀河群というのはわりと小さな銀河集団のことだ。我々の銀河系は、アンドロメダ大銀河やさんかく座銀河、そのほか小さい銀河たくさんと一緒にひとつの銀河群を作っている。局所銀河群という。

 その、おとなりにある最も近い別の銀河群が、ちょうこくしつ座銀河群である。距離は1000万光年くらいである。全然近くないように見えるが、銀河の話とはそういうものだ。近いから、いきおい明るい銀河の数もそれなりに充実してくる。

 この銀河群の一番明るいメンバーに、NGC253という銀河がある。この銀河は、活動銀河といって、中心の核が活発にエネルギー放出をしている銀河なので、そちらの話題でも名前を見ることが多い。

 もっとも、これがちょうこくしつ座で一番明るい銀河かというとそうではない。NGC55という、もう少し明るい銀河がある。ところが、この銀河はちょっと近すぎるのだ。700万光年。どこが近いのかという突っ込みはさっきかわしたので却下するとして、どうも銀河群のメンバーとは重力的に結びついていないらしい。昔はメンバーだと言われてたんだけど。

 じゃあ局所銀河群のメンバーかというとそういうわけでもない。はぐれ者のような銀河という扱いのようだ。

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