第55話 開戦

 週末が終わりを迎える夜、彼等は走っていた。

 特課迷宮中隊、通称特迷二課。

 ラズルの策略によって活動をいちじるしく制限された彼等は、他の探索者が少なくなる日曜日の夜に探索活動を行っていた。

 普段探索者で賑わうダンジョンも、月曜日には皆仕事や学校がある為早めに帰るのだ。

 残るのはたまたま月曜日が休みの者か、そうした社会とは無縁の者達くらいだ。

 そんな僅かな時間を利用して村田達はダンジョン攻略を再開していた。


「攻略スレの地図にはこの先の通路だけが不明となっています。つまりはそこに前人未到の地下41階への階段があるのは確定かと」


 ダンジョンの探索が出来なかった間、志野原はいつ出動しても大丈夫な様に攻略スレの情報を漁っていた。

 確かに志野原の言うとおり、ネット上に描かれたダンジョンマップにはその通路の先以外に未到達エリアは存在しなかった。

 しかしそれは同時に地下40階を守護するボスが今だ健在であるという事でもあった。

 このダンジョンには10階毎にボスが居る。

 ならば、地下40階にもボスがいるのは自明の理であった。


 それを証明するかのように、村田達が進む先で佇む2人の姫。

 ジルとイリアの双子の使い魔である。


「アレが地下40階を守る噂のお姫様達か」


「気をつけて。人間の姿をしていますが間違いなくアレはバケモノです」


 少女の姿をした敵に対し戦いを忌避する空気を匂わせた村田にアイーナが一括する。


「分かっていますよ。こちらも仕事ですからね」


 直後、ジルの魔銃が弾幕を形成した。


「うぉぉぉ!?」


 火、水、氷、風、雷、岩塊、光、闇、様々な力を纏った弾丸の群れに思わず声を上げる志野原。


「全力防御ぉぉぉぉっ!!!!」


 大田がかつて機動隊が使用していた金属製のライオットシールドを地面に突き立てて防御体勢を取る。

 反射的に村田と志野原も自分の装備していた盾を同じ様に構えた。

 直後、凄まじい衝撃が村田達を襲う。


「ぐぉぉぉぉぉ!!!」


 盾越しに伝わる激しい振動に、思わず盾から手を離しそうになる。

 だがそれでも、彼等の盾は破壊される気配を見せなかった。


「こ、これは大したもんだなぁ」


 軽口を言いつつも村田は内心で驚愕していた。

 もちろんコレはただのジェラルミン製ライオットシールドではない。

 アイーナが用意した魔法防御を付与された特別製のライオットシールドである。

 ライオットシールドは魔法の副次効果で発生した衝撃こそ受けたものの、魔力的なダメージは一切とまではいかずとも大きく減衰させていた。


「ぐはははは! これならいけるぞぉぉぉぉ!!!」


 ジルの攻撃を回避ではなく防御で耐えた事で大田が興奮する。

 事実コレは大快挙であった。

 現代の歩兵が装備する武装では、ダンジョンのボスの攻撃を防ぐ事はできない。

 ソレゆえスライムのような物理耐性持ちとの戦闘以外に、ブレス攻撃などを行う敵対策としても青明達、陰陽師の力を頼ってきた。


 だが、今回アイーナの用意したライオットシールドが実際に効果を発揮した事で、村田達警察の戦闘能力は大幅に向上する事が判明したのだ。

 大田でなくとも興奮するのは仕方がない。


 だがアイーナの抱いた感想だけは違った。


(な、なんて攻撃をしてくるのよ! 今の攻撃で盾に込めた魔力の大半が吹っ飛んじゃったじゃないの! バレない様に盾に魔力を込めなおさないと)


 村田達の後ろに待機していたアイーナがこっそりと村田達のサポートを行う。

 しかし、その光景を影から見ている者が居た。


 ◆


「ラズル様、アイーナ様の様子がおかしいです」


 ジル達と村田達の戦いを監視していたライナがラズルを呼ぶ。


「どうかしたのか?」


 ラズルはモニターを覗き、画面の向こうで戦うアイーナ達の様子を見た。


「アイーナ様から魔力反応が出ています」


「魔法でサポートしているだけだろ?」


 ダンジョンに潜る魔法使いが味方の補助の為に魔法を使うのは珍しい事ではない。ましてや相手は大魔王の娘、その膨大な魔力で村田達を補助する事はなんらおかしい事ではなかった。


「それが、ここ最近の彼らの会話を盗聴した限りでは、彼らは自分達の装備をマジックアイテムの一種だと認識している様です。そしてアイーナ様は少なくとも彼らにわかる様に明確に魔法で補助している様子はありません」


「魔法を使っている事を隠したがっているって事か? 何の為に?」


「わかりません。ただ、アイーナ様は我々だけでなく、人間達に対しても隠し事をしているのは間違いないかと」


 ライナの報告を聞いたラズルは大きくため息を吐いた。


「どう考えても碌でもない理由だろうなぁ」


「間違いなく」


 ライナもまた肯定する。


「アイーナ様の企みを知りたいな。まずは敵の弾切れを誘おう。イリアに敵を引っ掻き回して無駄弾を討つ様に仕向けさせるんだ。回避専念で攻撃は二の次だ」


「承知しました」


 ライナはジルに命令を伝える。

 イリアは気分屋なので姉妹であるジルか主であるラズルの命令しか聞かないのが原因だ。


「ジル、ご主人様の命令です。イリアに接近戦で無駄弾を撃たせる様にとの事。攻撃よりも回避を優先させなさい」


『りょーかい』


 軽い口調でジルが返事をする。


「さて、敵さん……いやアイーナ様の企みを探るとしますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る