第49話 迫り来る大魔王(の娘)

「コレが皆さんの新しい武器です」


 特課二課に配属された謎の女こと愛菜は、机の上にハンドガンを置く。


「これはベレッタの改造銃か?」


 ハンドガンを見た志野原が記憶にあった銃の名前をあげる。


「にしちゃあ変な形をしているな、何だこの突起は?」


 大田の言うとおり、目の前の銃は、ゴツゴツとした四角い突起が複数出ており、オリジナルと比べる

とまるで鈍器の様なシロモノだった。

 志野原も一見しただけではベレッタがベースとは気付かないくらいだ。

 二人がこの銃に抱いた感想は、「子供の見るTV番組に出てくる架空の武器みたいだ」であった。


「ベレッタを改良したこの銃、名をウィザードといいますが、これは特別な処理をした銃でして、スライムの様な物理攻撃の効かないモンスターが相手でもダメージを与える事が出来ます」


「「おおー!」」


 スライムを倒せると聞いて興奮する2人。

 実際、スライムはダンジョンでは弱いモンスターであった。

 だが物理攻撃が無効化される為、どれだけ強力な銃器を持ち出しても魔法効果の無い地球製の武器では倒せないという根本的な問題に悩まされていた。

 愛菜は、この銃ならばそれが可能だと言ったのだ。

 それは下級モンスターにすら散々苦戦させられてきた村田達にとって、待望の新装備であった。


「まだ試作品ですので3丁しかありませんが、皆さんが稼動データを集めてくだされ更に性能が洗練された完成品が出来上がる事でしょう。人類史上初の魔法の武器として」


 歴史の生き証人、魔法武器を始めて運用した部隊として名が残るかもしれないと二人は密かに興奮する。

 だが、浮かれる部下達を尻目に、村田だけは漠然とした不安を抱えていた。 


(謎の新人に都合の良い新装備。なんだかキナ臭いなこりゃあ)


 ◆


「ラズル様、ちょっと見てほしいモノが」


 ラズルがガチャ業務の合間に一服していると、モニターを見ていたライナが声をかけてきた。


「何かあったのか?」


「はい。何時もの政府関係者がダンジョンに潜ってきたのですが、なにか様子がおかしいのです」


「様子がおかしいってのは?」


 ラズルはライナのパソコンのモニターに視線を向ける。

 そこには、スライムと戦闘する村田達の姿があった。


「まずいつもの魔法使いが居ません。その代わりに黒髪の女性がメンバーに入っています。そして彼等の装備も換わったようです」


 画面の向こうで大田が改造ベレッタ【ウィザード】をスライム相手に発砲した。

 すると、突然スライムが炎に包まれて燃え始める。


「これは、魔法か!?」


 ラズルの顔が驚きに包まれた。


「おそらくは、ダンジョン産の魔法の武器を解析したのではないかと」


「早いな」


 いつかはその日が来ると思っていたラズルであったが、己の予想を遥かに超える速度でそれが訪れた事に驚きを隠せないでいた。


(もう少し売り抜きたかったんだがなぁ)


 ラズルの若年ドロップアウト計画には、アイテムをコピーされる事も想定に入っていた。

 ガチャと貿易、そして魔法薬を売りぬいた金で悠々自適の生活を送る。

 その予定が予想外に早まってしまった。


(なるほど、貿易の売上げが急に下がったのはそれが理由か)


 魔法を模倣できたのならば、買う必要は無い。

 ダンジョンを制圧し支配権を奪い取れば、国がダンジョンを自由にできる。

 だから裏から手を回して可能な限り販売を出来ないように細工したのだろうとラズルは判断した。 


「ラズル様、問題はそこではないのです」


「何!?」


 まだ問題があるのかとラズルは嫌な予感に包まれる。


(コレ以上の問題だと?)


 考えうる最悪の状況を思い浮かべるラズル。


「こちらの女性なのですが、どこかで見た事はありませんか?」


 ライナが村田達と共に行動する女性を指差す。


「……黒髪の女性は、この国では珍しくないと思うが」


 カメラの解像度がイマイチなので、ライナの言いたい事が分からないラズル。


「こちらの映像が一番解像度の良い画面です」


 ライナは記録されていた防犯カメラの映像を表示し、同時にソレをプリントアウトする。


「そして、この方の額にこう……」


 キュッキュッとライナが赤いマジックで角を描いていく。


「……いやいやいや、まさかそんな」


 余りにも知り合いに酷似したその姿を否定するラズル。


「清掃用ホムンクルスに彼等の会話を傍受させました。その際、男性メンバーが件の女性をアイナと呼んだそうです」


「……マジか」


 現実は考えうる最悪の状況を鼻歌交じりで軽々と飛び越えていった。


「マジです」


 そう断言されては、さすがのラズルももう現実逃避できなかった。


「だとすれば、何故あの方が向こう側に居るんだ!?」


「多分ですが、ラズル様を手に入れる為ではないかと」


 ライナが呆れた様に言い放つ。


「はぁー」


 思わずため息を吐くラズル。


「マジかー」


 頭を抱えた。


 ◆


「ぐははははは! 死ね死ね死ね!!!」


 大田が大喜びでスライムを撃ち殺していく。


「凄いな、本当に拳銃でスライムを倒せるぜ。いったいどういう原理なんだ?」


 志野原はただの弾丸を発射している筈なのに何故かスライムを燃やすウィザードの性能に驚愕していた。

 そう、ウィザードに使用されている弾丸は普通の弾丸の筈なのだ。


「これが新しい技術、魔法科学です。この力なら階層を支配するボスモンスターといえども敵ではありません」


 楽しそうに愛菜が嗤う。


「たしかに、青明君達を休ませる必要が無いからドンドン下に降りれますなぁ」


 村田もウィザードを使ってスライムを撃退していく。


(だが何だこの違和感は。この武器は本当に人間が作った武器なのか? 本当に俺達はコレを量産できるのか?)


 スライムを倒せば倒すほど、村田の疑念は深まっていった。


 ◆


「不味いです。既に地下20階を突破されました」


 画面ではウィザードの様にゴテゴテとしたショットガンから放たれた一撃でボスモンスターが頭を吹き飛ばされている。


「これは、幾らなんでも早すぎる」


 異常な侵攻速度にラズルも警戒を強める。


「恐らくモンスター部屋も大した足止めにはならないかと。より強力なモンスターを集中して下層に配置しましょう」


 だが、それでも文字通りの足止め程度にしかならないのではないかとラズルは危惧する。


(相手は大魔王の娘だ。普通の人間が倒せない程度のモンスターなど相手にもならないだろう)


「ホムンクルスを大魔王城へ行かせろ。俺が用件を書くからアイーナ様の暴挙を止めて欲しいと伝えさせるんだ」


 この状況でラズルがダンジョンを空ける訳には行かない。

 何より大魔王城の受付は混む。

 待っている間に全てが終わってしまう危険があるからだ。

 ラズルは受け付けに差し出す手紙を書いてホムンクルスに渡す。


「大魔王城の受け付けについたら、この手紙の内容を読んで対応してもらうんだ」


 ホムンクルスはラズルから受け取った手紙の入った封筒を持つと、元気よく返事をした。


「しょうちしました! いってまいります!」


 微妙に不安であったが、ラズルは無理やり信じる事にした。


「よし、対象を罠の多いエリアに誘い出せ! 時間を稼ぐ!」


「はい!」


 ◆


 そして、村田達は撤退した。

 それもかなりあっさりとした理由で。


『大丈夫ですか愛菜さーん!!』


『揺らすなバカ! そっと運べ!!』


 落とし穴の罠に嵌まったアイーナが落ちた調子に頭をぶつけて気絶したのだ。


「……」


「……罠、仕掛けておいてよかったですね」


「だな」


 村田達は、国の命令によってダンジョンに入る為に必須のアイテムを一個しか持っていなかった。

 故に罠を解除するアイテムの所持は許されず、ダンジョンに張り巡らされた罠は自分の力で解除しなければならなかったの。

 そしてアイーナが持ち込んだのは、あくまで物理耐性のある敵を倒せる魔法ダメージを与える武器のみ。

 罠を破壊するアイテムの類は一切用意していなかったのだ。


「あー、今のうちに対策を考えるとするか」


「そうですね」


 ラズルは九死に一生を得た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る