第47話 お帰りはこちらでございます

「かーわーいーいー!」


 アイーナは生簀から戻ってきたリリルを見つけるや否や、飛び掛らんばかりの勢いで抱きついた。


「はわわわわわわっ!!!?」


 リリルは突然抱きついてきたアイーナに恐慌状態だ。

 アイーナの幼児偏愛趣味の対象は男の子ではなかった。

 同じく子供であるリリルもまたアイーナの偏愛の対象であったのだ。

 思わずラズルに助けを求めるリリル。

 だがここに主の姿は無い。

 リリルは主の命を受けて重大な任務を遂行しているのだから。

 そう、アイーナの足止めという重大な任務をだ。


 ◆


「アイーナ様にはお引取り願うつもりだ」


「賛成です」


「さんせー!」


 ラズルを大魔王の後継者にする為に居座ると言い張ったアイーナであったが、ラズルからすればありがた迷惑であった。

 ラズルにとって魔王とは今の内に稼ぐだけ稼いだらあとは年金で暮らす老人の様に、事実上の若年ドロップアウトをする為の踏み台だったからである。

 だと言うのに、大魔王などという世界で最も責任のある立場にされるのは非常に都合が悪かった。


「という訳で、俺は大魔王城に直訴しに行く。実の娘が大魔王様の後継者争いに直接介入するのは幾らなんでも許されることじゃあない」


 うんうんと使い魔の2人が頷く。


「同時に子供状態のロックも解除してもらう」


「「あ、それはそのままで良いです」」


 ハモった。


「……とにかく、俺は大魔王城に向かうから、ライナはソレを誤魔化す為の偽装スケジュールと、アイーナ様が帰りたくなる様にダンジョン業務を手伝ってもらえ。この国には働かざるもの食うべからずって言葉もあるしな」


「承知致しました。ゾンビもやりたがらない仕事を押し付けさせて頂きます」


「そしてリリル、ある意味ではお前に与える仕事が最も重要かつ過酷だ」


「は、はい!」


 リリルはどんな仕事を任されるのかと緊張で身を硬くする。


「アイーナ様の足止め役になってもらう」


「……うへぇ」


 心から嫌そうな声だった。


 ◆


「アイーナ様、アイーナ様がこのダンジョンで暮らす以上、我々の業務を手伝っていただきます。我がダンジョンには穀潰しを養う余裕はございませんので」


 人柱であるリリルの効果が薄まってきたタイミングで、ライナはアイーナを足止めするべく仕事を押し付ける事にした。


「穀潰しって大魔王の娘に凄い事言うわね」


 だがその割には楽しそうに笑う。


「そもそもラズルくんは結構儲けていると思うのだけれど?」


「ガチャダンジョンは出費も激しいですから。見た目ほど儲けてはいません」


「ふーん、ところでラズルくんは?」


「現在外回り中ですので、夕方までお帰りになりません」


「ここは魔王が率先して雑用をするんだ」


 からかう様に笑うアイーナ。


「ラズル様は自らが先頭に立って部下を導くお方ですから」


 誇らしげに胸を張るライナ。

 誇らしげに胸も揺れる。


「……わかったわ。それでなにをすれば良いのかしら?」


「排泄物の回収と清掃です」


「……え?」


 ◆


「まったく、なんで私がこんな事を……」


 迷宮に移動したアイーナは、スケルトン達を引き連れてダンジョンを歩いていた。


「……あったわ。回収して頂戴」


 アイーナの指示を受けて、2体のスケルトンがダンジョンの片隅に落ちていた、人間の排泄物を回収しに向かう。

 スケルトンの一体がハンドスコップで袋に排泄物をしまい、もう一体のスケルトンが洗剤をかけながら下級水魔法の杖で洗浄する。

 ダンジョンに侵入してくる人間は生き物だ。

 生き物である以上排泄は行う。

 だがダンジョンにトイレは無い。

 トイレが無い以上、排泄物は野ざらしで回収されない。

 そして排泄物を放置すると、虫が湧き疫病の危険が増す。

 そんな不潔で汚いダンジョンに好んで入る探索者は居ない。

 

 だからこそ清掃役が必要なのだ。

 その為、文句も言わず疫病に掛かる危険の無いスケルトンが清掃役に選ばれた。

 仕事を終えた後は回収した排泄物を燃えるゴミ袋に入れて、自分達は洗剤のプールに入れば消毒も簡単に終わる。

 ついでに漂白剤プールにも入れば常に真っ白ピッカピカである。


 しかし、ここで1つ問題が発生した。

 スケルトンはアンデッドである。

 生前の執着などから肉体が死の安息を得られずに彷徨い、生者を羨んで仲間にするべく襲い掛かるのがアンデッドだ。

 つまるところ、戦い以外の作業をさせるには手間がかかる。

 指揮官が指示をすればそれを行う事はできるが、自立的な判断が出来ない事がスケルトンを下級モンスターと位置づける最大の理由であった。


「そこにもあるわ。回収して」


 つまるところ、排泄物を見つけ回収を指示する指揮官が必要だったのである。

 そして、そんな見たくもない物をわざわざ探す役など誰もしたくない。

 だからライナはアイーナにその役を押し付けたのだ。


「はぁ、私大魔王の娘なのに」


 ちなみに、ダンジョンを効率的に運営する為に生み出されたライナは、スケルトンを効率よく動かす為の手段を当の昔に構築していた。

 だが、アイーナを追い出す為に、あえて彼女はその手段を秘匿していたのである。


 ◆


「次はモンスター小屋の手入れだよー」


 次に訪れたのはリリルが飼育する食用モンスターの飼育エリアである。


「ここで育成している食用モンスターはとっても大切な輸出の切り札だから、大切に育てないといけないの。だから喋らないモンスターの出すメッセージをしっかり受け取りつつ、常に小屋を清潔にする為にウンチやオシッコを掃除したり、歯磨きとか毛づくろい、それにマッサージとかするの」


「家畜に対して大げさじゃないの?」


 いずれ屠殺する相手に対してマッサージまで行うと聞いて驚きを隠せないアイーナ。


「マッサージするとモンスターがリラックスしてお肉が美味しくなるの。牧場と生簀のモンスターが美味しくなる様に研究するのが僕の使命なの!」

 

 リリルが胸を張って誇らしげに言う。

 ただし誇るほどのボリュームは無い。


「だからアイーナ様にもマッサージを覚えて貰うよ!」


「ええぇぇぇぇー!?」


 目の前に広がる牧場フロアで暮らす食用モンスターの数は数百。

 ソレ等全てにマッサージが必要と聞いてアイーナはゲンナリした。


 勿論、これ等の作業は可能な限りリリルとライナによって、スケルトンを利用した半自動化が行われている。

 もちろんこれも対アイーナ用にと秘匿されていた。


「じゃあさっそく教えてあげるから牧場にゴー!」


「はーい……」


 ◆


 ラズルは、大魔王城に来ていた。

 受付に大魔王ビッグワンへの面会を申請し、申請内容は大魔王の令嬢であるアイーナに関してと書類に記載する。

 書類を受け取った窓口職員は、


「ああ、アイーナ様ね」


 となにやら訳知りの様子で書類を受理した。


 そして窓口前のロビーで待つ事2時間。

 漸くラズルは受付の呼び出しを受けた。


「大魔王様は現在公務中でして、面会には3ヶ月かかります」


「3ヶ月!?」


 予想外に時間がかかると驚くラズル。

 だが相手は大魔王、むしろ3ヶ月でも早いほうなのであった。


「ただ、面会をキャンセルされるのでしたら、アイーナ様向けの大魔王様の一筆をご用意して頂けるとの事です」


「その一筆の内容というのは?」


「詳しくは我々も存じ上げませんが、アイーナ様に押しかけられた魔王様達がコレをみせれば即座にお帰りになるとの事です」


 まるで物語に出てくる聖剣かなにかの様だとラズルは思った。


(つまりそれだけ頻繁によその魔王の元へ押しかけてるって訳か。そりゃ上位魔王様達が嫌がるのも当然だわな)


「ではそれで。あと、ダンジョンコアも勝手に操作されていまして」


「それも一筆をみせれば直ぐに直してもらえますよ」


(それも過去にやったのか)


「承知致しました。では面会をキャンセルします」


「では大魔王様の一筆を頂いてきますのでもう暫くお待ち下さい」


 そしてラズルは再び2時間待たされた。


 ◆


「ただいまー」


 ラズルが大魔王城から帰ってくると、そこには机に突っ伏したアイーナの姿があった。


「これはこれは、随分とお疲れのようで」


 ダンジョンの汚れ仕事で疲れ果てたアイーナがのっそりと顔を動かす。


「……っ!? ラズルくぅ~ん!!」


 ラズルの姿を見た瞬間、アイーナは元気よく立ち上がりラズルに駆け寄って来る。


「はいこれ」


 と、ラズルは一通の封筒をアイーナに押し付ける。


「え? 何コレ?」


 封筒を受け取ったアイーナはその中に入っていた薄い一通の手紙を開く。

 そして、一瞬で顔を青くした。


「……今日は外回りじゃなかったの?」


「ええ、ダンジョン運営を潤滑に行う為に大魔王城に行ってまいりました」


「で、でもお父様がこの手紙を出すにしては早すぎない?」


 アイーナの言葉に奇妙なものを感じるラズル。

 だが即座にその理由に思い当たった。


(そういえばリオレオン様が大魔王様に報告するって言ってたっけ。つまりこの手紙はあらかじめ用意されていたものだったのか)


 ラズルは口に出さず内心でリオレオンに感謝した。


「と言う訳ですので、申し訳ございませんがお引取り願います。あ、ダンジョンコアのロックは解除していってくださいね」


 絶望した様子のアイーナは、とぼとぼとダンジョンコアの元へ向かい、ロック解除作業を行う。

 もちろんその作業はラズルも監視していた。仕返しに何かされたら溜まったものでは無いからだ。


「お帰りはこちらでございます」


「まーす!」


 とびっきりの笑顔でアイーナを見送るライナとリリルであった。


「結局、あの手紙にはなんて書いてあったんだろうな」


 ふとそんな事を考えながら、魔王リオレオンに対するお礼の品をネットで検索するラズルであった。

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