第44話 キングレディ

「ブフハハハハハハハッッッッッ!!!!!」


 魔王リオレオンは爆笑していた。

 魔王として活躍するラズルを祝う為に来たのだが、当のラズルが幼児化してしまった姿を見て堪えきれなくなったのだ。

 いや、堪えてすらいなかった。


「ブフハハハハハッ! いや、ダンジョンの主として客を愉しませるとは感心感心!」


「笑いすぎですリオレオン様」


 流石に笑い続けられる事に不満を感じたラズルが苦言を呈する。


「おお、スマンスマン。しかしな、フハ、フハハッ」


 どうにも堪えきれないらしく、魔王リオレオンは再び笑い出した。

 さすがのラズルもいい加減怒ろうかと思った時、魔王リオレオンが連れて来た黒髪の女性が口を開く。


「リオレオン殿、そろそろ私の事を紹介しては頂けませんか?」


 しっとりとした、だが凍えるような圧力で魔王リオレオンをたしなめる女性。


「っ!? お、おお、そうですな」


「!?」


 ラズルは驚いた。魔王リオレオンは魔王の中でも最上位に位置する存在だ。

 そのリオレオンが敬語で話す存在など数えるほどしかいない。

 だが目の前の女性はラズルが始めて会う人物だ。

 そして彼女が放つ強大な圧力には覚えがあった。


「あー、ラズルよ。この方は大魔王ビッグワン様のご息女、アイーナ嬢だ」


「アイーナです。宜しく魔王ラズルくん」


 黒髪の女性ことアイーナは貴族然とした優雅な仕草でラズルに挨拶をする。

 一瞬驚きとその優雅さに見蕩れてしまったラズルだったが、我に帰り慌てて挨拶をする。


「ラ、ラズルと申します。この度はこの様な場所にご足労頂き誠にっぷぁ!?」


 だが、突然抱きついてきたアイーナによって挨拶は邪魔をされてしまった。


「え? え?」


「やーん! もうガマン出来ない! 小さいのに頑張って難しい言葉を使おうとして、可愛いったらありゃしないわ!!」


 アイーナはラズルをぬいぐるみの様に抱え、頬ずりをし始める。


「ちょっ!?」


「あー、ラズルよ。アイーナ嬢はそういう趣味のお方でな。つまりあれだ、諦めろ」


 魔王リオレオンが脱力した様子でライナの差し出した茶をすする。


「ほう、なかなか味わい深い茶葉だな」


「お褒めに預かり恐縮にございます。異世界のお茶で麦茶と申します」


 相手が大魔王の娘である以上、使い魔であるライナはアイーナの行いを止めるのは不敬であると判断し、リオレオンの相手に集中する事にした。

 デキる女の判断である。


「はー、お父様が来年度の総合売上げナンバーワンに、跡継ぎの座と私を妻として与えるなんて言うから慌てて有力な魔王を視察に来たけど、まさか最有力候補の魔王がこんな可愛い男の子だったなんて! これはもうこの子を後継者にするしかないわね!」


 大魔王の娘が堂々と不正宣言である。


「アイーナ嬢、流石に貴方といえど大魔王ビッグワン様の目を盗んで不正は不可能であろう」


 アイーナを連れて来た魔王リオレオンが彼女の問題発言をたしなめる。


「あらリオレオン殿、私は不正などする気はありませんわ。ただお気に入りの魔王に全面的に肩入れして売上げナンバーワンにするお手伝いをするだけですわ」


(((それを不正と言うのでは?)))


 アイーナを除く全員の心が一致した。


「ふふふ、心配せずとも不正はいたしませんわ。それに私がどう動こうともお父様は何も言いません。私とて一人前の女ですから」


「……確かに立派な行き遅れですからな」


 ぼそりと魔王リオレオンが呟く。


「何か?」


「いえ、何も」


「と言う訳で、今日から私もこのダンジョンで暮らさせて頂きますわ。私のお部屋の用意を……いえ、ラズルくんと一緒のお部屋で構いませんわ」


バキリ、と音が鳴った。


 ラズル達が音の鳴った方向を見ると、そこには手にしたペンを真っ二つに砕いたライナの姿があった。


「恐れながらアイーナ様。ラズル様のベッドは満員でございます」


「満員? それはどういう意味かしら?」


(俺も聞きたい)


 ライナの発言はラズルにとっても予想外の事だったからだ。


「ラズル様の横は私の定位置となっております」


「なんですって!?」


「はぁ!?」


 突然の爆弾発言にラズルもアイーナも驚愕する。


「更に言えば反対側はもう一人の使い魔の定位置となっております。私達は毎晩川の字になって寝ておりますゆえ」


(お前何言っちゃってんのー!!!)


 思わず叫びそうになったラズルだったが、この状況で否定すればどちらにしろアイーナと一緒に寝る事になりかねない。その為仕方なくライナの発言に対して文句を言うのを堪えるラズルであった。


(いや待て、こんな話をリオレオン様が聞いたら……)


 見たくは無いが見ない訳には行かないと、ラズルは勇気を振り絞ってリオレオンを見る。

 そこには、


「まぁ! ラズル君ってばハレンチ!!」


 みたいな顔でラズルを見るリオレオンが居た。


(くそぉぉぉぉ!! 全部分かって面白がってやがる!)


 魔王リオレオンは完全に観戦モードに入っていた。


「ふ、ふふふっ、成程ね。こんなに可愛らしいんですもの。保護者役は必要よね。……でも安心なさい! 今晩からはこの大魔王ビッグワンの娘、アイーナがラズル君を暖かく包んで安眠させてあげるから!」


言外に換われと言っていた。


「ラズル様がお決めになった事です。ラズル様の許可が無ければ承諾できません」


(この状況で俺に押し付けたぁぁぁぁぁ!!!)


 魔王リオレオンは両手で口を押さえて爆笑するのを堪えていた。


「ラズル君! どうなの!?」


(だから俺に聞くなぁぁぁぁぁ!!!!)


 しかし此処で応えなければ泥沼は必至、故にラズルは観念して口を開いた。


「……えーっとですね、アイーナ様」


「ええ、何かしら?」


「一緒に寝る以前にですね……俺はその、当の昔に成人した魔族なんですよ」


「……ん?」


 何を言っているのだろうかと首をかしげるアイーナ。


「ちょっとした事故で子供の姿になってしまいましたが、俺の本当の姿は普通の成人男性だという事です」


「……」


 無言になるアイーナ。


(騙していたのかとか、子供の姿をした変態とか言われる事になるんだろうが、それは仕方ないか)


 とにかく今は自分が子供でないと理解してもらうのが先決だと判断したラズルは、自分が成人済みで能力強化のトラブルで子供の姿になった事を素直に話した。


「と、言う訳なんです」


 ラズルは今だ無言のアイーナを見る。

 そしてアイーナが沈黙を破り口を開く。


「でも今は子供だし、良いんじゃないかしら?」


 と、のたまった。


「予想以上にこじらせてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


「ブフハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ!!!!!!」


 堪えきれずに魔王リオレオンが吹いた。

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