第26話 オシャレ防具とダンジョン交際

 女子高生の集団がダンジョンに入っていく。

 

「ちょっとソレ可愛くない?」


 女子高生の一人がもう一人が羽織ったケープを目ざとく指摘する。


「分かるー? AF社の新作防具なの。防寒具と防炎防具の二つの役割りをしてるのよ」


「えーいいじゃん。でも高くない?」


「たったのにきゅっぱだって。お父さんに甘えたら一発よ」


 女子高生の言うお父さんとは、専業で働く独身男性探索者の事である。

 彼等は命を懸けた不安定な職業である為。どれだけレアアイテムを売りさばいて財をなしてもまともな相手と結婚は出来ない。

 そんな彼等に一時の夢を売るのが、ダンジョン交際だ。

 ぶっちゃけて言うとおしゃべりしながら一緒にダンジョンに潜るのである。

 5階層までは一律5000円。6階層からは10000円と5階層ごとに金額が高くなってくる。

 スーパーレア以上の装備で身を固めた運動部系の女子高生ならば5階までを4回繰り返せば100000円を稼げるボロい商売である。


 そうして稼いだお金で、彼女達は新作のオシャレ防具を購入するのだ。

 ダンジョンで入手するアイテムの形状は一律である。

 しかしオシャレが好きな女の子がソレで満足する筈がない。

 他の女子に女の魅力でリードする為のアイテムこそがオシャレ防具なのだ。


 ちなみに、オシャレ防具を最初に開発したAF社の社長は元探索者という噂である。

 そしてAF社とはアーマードファンシーの略であり、訳するとオシャレな防具、または(値段が)高い防具の意である。

 なお、兄弟会社として男性向けのAC(アーマードクール)社もある。


 ◆


「さて、今日も潜るか」


 朝一番、電車が動く前に徒歩でやって来た探索者達がダンジョンの門の前で行列を作る。

 彼等は専業探索者。

 主にサラリーマンなどを退職してダンジョン探索や宝箱ガチャの転売で生活する自営業者である。

 これだけ聞くと、サラリーマンをやめてラーメン屋に転職する様に聞こえるが、意外や意外、彼等の稼ぎはそこそこ高い。

 最初のガチャを回す為の初期投資こそかかるものの、ダンジョン内のガチャならばガチャ代は掛からない。

 ダンジョンの開く朝一でダンジョンに駆け込み、一番近くの宝箱へ突撃して宝箱ガチャを回す。

 他の探索者に抜かれたら次に近い宝箱を目指す。

 そうして彼等は上層の宝箱に群がるのだ。

 そうしたやり口から一般のチーム探索者の評判はすこぶる悪い。

 しかも最近は転売業者に雇われたホームレスなども宝箱ガチャ争奪戦に参加する為、上層の宝箱は奪い合いだ。

 とはいえ、そこで素直にゆずる程彼等は人間が出来ていない。

 ダンジョンは巨大な密室。

 そこには防犯カメラも巡回する警察官も、通報する一般市民もいないのだ。

 しかも証拠はモンスターが始末してくれる。

 となれば、倫理観の無い者達がどう動くかは語るまでも無い。

 そして多少なりとも倫理観の残っている者は、腕を磨き、攻略スレを見て自分に潜れる最下層を目指す。

 確実にガチャを回す為に。

 運よくガチャを回せたらソレが収入になるからだ。ハズレなら即買取屋に売り払い、アタリならアイテムを欲している人間に高値で売る。

 アンコモンまでは赤字。レアならポーション代くらいにはなる。

 スーパーレアが手にはいれば上手い飯と復活アイテムが買える。

 ウルトラスーパーレアが出ればしばらくは食いつなげる。

 正に自転車操業である。


 例えばコレはそんな自営探索者の一幕。


「ええ!? 【水王の槍】がたったの6000円!? スーパーレアだぞ!? こないだは10000円買取だったじゃないか!」


 ダンジョンから出てきた自営探索者盾島菅生たてしま すごうは買い取り業者の提示した買取金額に講義した。


「シーダンジョンが出来てから水属性は軒並み値が下がってるんだよ。逆に火属性なら需要が上がってるから【炎王の剣】が13000円買い取りだ」


「マジかよ」


 予想外の値下がりに愕然とする菅生


「で、どうする? 売るか? やめるか?」


 ◆


「くそ、コレじゃあ食費と復活アイテムくらいにしかならないじゃないか!」


 結局菅生は6000円でアイテムを売り払った。

 独自の販路を持たない菅生は、業者の定めたレートに逆らう事は出来ない。

 だが一般の探索者相手に売るのは色々と難しくなってきた為に業者に頼らざるを得ないのだ。

 菅生は知らないだろうが、先ほどの業者は彼から買い取った【水王の槍】を海外の好事家に30000000円で販売していた。

 勿論銃刀法違反である。

 違法行為であるが故に日本からの持ち出しは出来ず、ソレ故に海外の好事家達は異世界のアイテムという未知の品に大枚をはたく。


 そもそも、この店自体が限りなく違法な店である事に菅生は気付いていない。

 そして、もう1つ菅生が気付いていない事実がある。

 違法を承知で海外に売るのなら、ポーション等の薬の方が広く買い手がいる事だ。

 現代医学で治療できない病気や怪我をした人間は多い。

 だが日本政府が安全性を理由に海外への持ち出しを禁じている為、ダンジョン産の薬の価値は非常に高かった。

 ソレこそ金持ちでなくとも、怪我や病で苦しむ一般家庭の需要もあるのだ。

 だが彼は気付かない。

 気付く柔軟さが無いのだ。

 日本国内でも奇跡の薬を求める者で溢れている事実を。

 それに気付かない者が業者に搾取され、気付く人間だけが莫大な利益を得る。

 そう、AF社の社長の様に。

 

「こうなったら、もっと深い所まで潜るか……」


 これはまだ春には遠い冬の一幕。

 そしてもう暫くすると炎属性のダンジョンが稼動し、6000円で売った【水王の槍】は11000円買取になって激しく後悔するのであった。


 ◆


「うわー、お父さんすごーい!」


「いやー、ははは」


 女子高生の探索者が、共にダンジョンに潜っている男性探索者の戦いぶりを誉めそやす。

 褒めているのはかつてオシャレ防具を自慢していた女子高生探索者、三上蓮子であり、褒められているのは自営探索者の菅生である。

 そう、彼は珍しくスーパーウルトラレアのアイテムを手に入れたのだ。

 しかも出たばかりの最新装備を。

 さらに運の良い事に、ウルトラスーパーレアで身を固めた金持ちのボンボンに100000円で売る事が出来た。

 これは一般のサラリーマンの月収の半分近い金額を数時間で稼いでしまったのである。

 これで調子に乗らないのは余程の堅実な人間くらいである。

 だが彼は悪い方向に調子に乗ってしまった。

 よりにもよってダンジョン交際に手を出してしまったのだ。

 ダンジョン交際はエロい事は何もしない。

 ただ一緒にダンジョンに潜るだけだ。


「あ、モンスターですよ!」


「俺に任せて!」


 そして戦うのは基本的に男の探索者だけ。

 なにしろ、彼等は女の子にチヤホヤされたいから彼女達に金を支払うのだ。

 行ってみれば個人契約でチアガールを連れ歩くようなものである。

 そうして、彼は折角稼いだ金をたった数日分のダンジョン交際で使い切ってしまうのだった。

 モチロンその後凄まじく後悔したのは言うまでも無い。


「人間の男って馬鹿ですねぇ」


「言ってやるな」


 なお、後日女性探索者を守って闘うダンジョン王子も流行した。

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