其の参 【ヌリツケル】
「期待して読んだら、二流恋愛小説みたいで、がっかりです。」
私は、そう書き込むと、送信ボタンを押した。
すごく充実した気分になった。
そうよ。こんな話。たいした話じゃないじゃない。
それなのに、明るい話術で人を虜にして、内輪で盛り上がっちゃってさ。
ちやほやされて、調子に乗ってるんじゃないわよ。
美佐子は消えたテレビの黒い画面に映りこんだ、自分の老け顔を見て舌打ちをして、リモコンでテレビをつけた。すると、若くて美しい女優が天然ぶりをいかんなく発揮し、お笑い芸人を笑わせている。
「ふん、こんな番組ばっかりだわ。面白くもない。本当はいつもはお高くとまってんでしょ?」
美佐子にとって、何もかもが面白くない。
年齢のわりに若く見えるお隣の奥さんも、主婦でありながら、何かに打ち込んで輝いています、みたいな女も反吐が出るほど嫌いだ。面と向かって、何かを言えば、きっとあなたはどうなのと批判される。
私だって、好きでこんな姿になったんじゃないわ。子育てが終わり、ようやく自分の時間が持てると思った時にはすでに時遅し。女性として輝くにはもう年を取りすぎているし、ずっと専業主婦だったから、何のスキルがあるというわけでもない。
上達したことと言えば、インターネットで鍛えた、タイピングの早さくらい。でも、タイピングが早い人なんて、この世の中にごまんといる。そこで美佐子はいろんなサイトで小説を読み、レビューを投稿し続けたのだ。
最初こそは、感動して、絶賛のレビューを送っていたのだが、だんだんと嫉妬の心のほうが強くなって、批判のほうが多くなって来た。
一日のうち、出かけることなんて、せいぜい近所のスーパーに行くことくらいだわ。
あ、しまった。卵を買い忘れたわ。
もう、日が暮れてしまっている。でも、明日の朝ごはんに卵は必要。
美佐子は仕方なく、アパートの玄関の鍵をかけて、買い物に出かけた。
自転車を漕いでいると、どこか遠くから祭囃子が聞こえてきた。
ああ、そうか。今日はご近所で夏祭りがあるんだっけ。
子供達はきっと、友人と出かけているのだろう。どうせ、主人は付き合いだと言って、夜は遅くなる。
たまには羽を伸ばすか。
美佐子は自転車を商店の駐輪場に置くと、歩いて祭りの会場へと向かった。
多くの露店が軒を連ね、美味しそうな匂いが漂っていた。
ご飯はここで済ませますか。美佐子が屋台を物色していると、端っこのほうに小さな、他の屋台よりは随分と照明の暗い店を見つけた。
その店頭には、真っ白な卵が所狭しと並んでいる。
不思議な気持ちでその店を覗いていると、若いとも老いてるとも、男とも女ともわからない店主がこちらを見て微笑んできた。
「奥さんは、この店が見えるんだね?」
何を言っているの?見えるとか見えないとか。
「この卵は?何かお菓子か何かなの?」
美佐子が訪ねると、店主は答えた。
「これは夜の卵さ。お菓子ではないよ。」
「夜の卵?」
「そうさ。夜の卵。奥さんは第四の色が見える、特別な目を持った人と見受けた。」
第四の色?何それ。この人、危ない人なのかしら。
そう思って立ち去ろうとすると、店主はその卵のうちの一つを手渡してきた。
「持ってお行き。これをどう使おうとアンタの勝手さ。」
「無料なの?」
「ああ、御代はいらないよ。ただし、タダではないけどね?」
そう言うと店主はニヤリと笑った。
御代はいらないと言いながら、タダではないとはどういうことだろう?
しかし、これで卵を買わずに済んだ。どうせ子供達は朝ごはんは食べない。
主人も私と話をしたくないのだろう。愚痴を山ほど言いたいのに、逃げるように朝早く出かけるのだ。
無料ということならありがたくいただいて帰ることにした。
しかし、美佐子は、卵を持ち帰ったものの、あの店主の不気味な笑いを思い出すと、どうしても食べる気になれなかった。何かが食べてはいけないと、警告しているような。そこで、鏡を覗き込んで、美佐子は良いアイディアが浮かんだ。そうだ、食べるのは気持ち悪いから、パックにしてしまえばいい。美佐子は卵をボールに割ると、泡だて器で静かにかき混ぜるとヒタヒタと顔に塗りつけはじめた。少しでも昔の肌に戻りたい。若くてちやほやされたあの頃の肌に。
そして、パックをしている間に、いつものようにいろんなサイトを見て回り、小説、エッセイ、ブログなどに、いろんな批判を書いて回った。賛同してくれる意見があれば、もっといい気分になれた。素人がプロ気分で調子に乗って人気を得ようったってそうは行かない。
一通り作業を終え、パックを洗い流すと、すがすがしい気分で、床についた。
顔がヒリヒリする。痛い!美佐子は、飛び起きた。どうしたんだろう。あのパックがまずかったか。美佐子は慌てて鏡を見た。すると、鏡にはのっぺらぼうの顔が映っていた。
「嘘でしょう!」
美佐子は叫んだ。顔はのっぺらぼうになっているが、肌はツルツルになっていた。いくら肌がツルツルになっても、こんなのはイヤ!泣きたくても涙が出ない。
その時、美佐子のパソコンが勝手に起動した。
その画面はいつも、美佐子が批判をしている女の小説のブログだった。あの恋愛小説家気取りのいけ好かない女のブログだ。しかも、そのブログはユーザー画面になっている。口汚く罵っている、私のコメントが並んでいた。何なのこれ?
一睡もできずに、朝を迎えると、見知らぬ家族が家に居た。
「あなた達、誰?」
そう言うと、その家族はポカンとした顔で、私を見た。
しまった。今の私はのっぺらぼうだった。
「誰って、お母さん。何言ってるの?」
笑いながら若い娘が言う。
「お前、寝ぼけてるのか?」
しらない中年の男が言う。
これは私の家族ではないし、この人たちは、何故こののっぺらぼうの顔を見て何も言わないのだろう。
何かがおかしい。
よく見れば、この家は誰の家なのだ?
これは夢なのか?
家族が出掛けたあと、私は手がかりを得ようと、パソコンを開いてみた。
すると、そこには、いつの間にか小説が投稿されており、それに対してすぐに批判がされてあった。
その名前は私のハンドルネームだった。
こんなことは書いた覚えもないのに。
小説はそこそこ面白いものだった。しばらく夢中になって読んでいた。まるで自分が書いたような気がしていた。それに対して口汚く罵るコメントが書いてある。
「まるで二流小説」
二流で当たり前ではないか。素人なのだから。
一流なら、プロになってるっつうの。
私は、そこで初めてはっとした。
そうか。きっとこんな気持ちで、作者は私のコメントを眺めていたに違いない。
顔の見えない者による心ない批判。
もしかして、私は、それでのっぺらぼうになっちゃったの?
美佐子は、しわくちゃでもいいから、元の顔を返して欲しかった。
あれほどうとましく思っていた家族に会いたかった。
のっぺらぼうだから、泣くにも泣けないのか。
あれからもう何年も、のっぺらぼうのまま、知らない家族と暮らしている。
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