カルテットフォース~四人だけの地球防衛軍~

甘味亭太丸

第1話 ここより彼方で

 宇宙空間に閃光が走る。青い閃光と赤黒い閃光だ。その二つの閃光は時に衝突しながら、時に同じ輝きを放ちながら宇宙を駆け巡る。

 ぶつかる二つの光は、人の形をしていた。青く輝く閃光は、銀と青の装甲に身を包み、銃剣を構えながら眼前の敵へと引き金を引いていた。フルフェイスのヘルメットのような仮面、その目の部分に当たる箇所は周辺の状況データを分析、解析し適切な戦闘パターンを装着者に送る為の所謂カメラ及びレーダーの機能を持っていた。その機能が発動する時、鋭い眼光のように『目』が浮かび上がる。

 蒼銀の戦士の装甲服各所に備え付けられた小型のスラスターがせわしなく稼働し宇宙空間を高速で移動させる。


 対する赤黒い光は例えるならば西洋甲冑のような装甲に身を包んでいた。その存在の禍々しさを現すようなねじれた角が頭部に一対、そして両肩、両肘、両膝……体の各所に存在していた。また一本角の下、相手を嘲笑するような顔を思わせるようなゆがみを持つ『口』の存在がさらにいびつさを際立たせる。そういう仮面の作りであろう。

 不敵に吊り上がったかのように見える口元のパーツと、余裕を見せるように腕を組み、蒼銀の戦士の攻撃を難なくいなしていた。時折腕をかざし同じ色の光弾を放ち、遊ぶように相手をしているようにも見えた。


 二人の戦士の何度目かの激突、それと同時に彼らの背後でさらに巨大な影が周辺に散らばった岩石片をはじく。片方は蒼銀の戦士と同じカラーリングの巨人であった。全長は40mほどだろうか。ゴーグルかバイザーか、顔を覆うパーツの下からは主と同じように鋭いカメラアイが覗く。堅牢な装甲をまとい、その巨体とは裏腹に軽快な機動力でストレートパンチを繰り出し、回し蹴りを放つ。


 その巨体の攻撃を受け止めるのは黒い体表を持つ巨大な獣であった。どう称すればいいのか、竜のような顔と長い尾、しかし猿のようにしなやかにそれでいて異様に伸びた両腕が巨人を絡めとる。巨獣が両腕に力を入れると筋肉が太く肥大化し、力にものを言わせた剛腕による一撃が巨人を大きくきしませる。


「――ブルーシューター!」


 蒼銀の戦士が叫ぶ。ブルーシューターを呼ばれた巨人は答えるように全身を振るわせるが、巨獣は巨人の体に巻きつきがっちりと絡みついた。巨人は巨獣の腕を払いのけることができず、各所からはスパークが走る。


「よそ見をするな」

「ガアッ!」


 戦士はブルーシューターに気を取られていたのか、疲労からなのか、急接近した相手に反応ができず、顔面を掴まれる。装甲ごしに響くきしむ金属音と警報が合わさり、耳触りな音楽を奏でる。


「あれが気がかりか?」


 赤黒い戦士の淡々と言葉を発しながら、蒼銀の戦士の腕を取り、後ろへとねじ込む。抗うことのできないパワーになすすべもなく取り押さえられる形となる蒼銀の戦士は、その視界の先に映る巨大な惑星に意識を向けてしまった。

 惑星リーズ、緑と黄色の独特な色合いを持つ巨大な木々が茂る故郷の星である。だが、彼が視線を向けたその瞬間、惑星リーズは絵具で塗りつぶされたように赤く変色し、あっけなく崩壊が始まる。

 その瞬間、赤黒い戦士は無造作に蒼銀の戦士を開放する。しかし解放されたというのに蒼銀の戦士は反撃に移るそぶりを見せず、無気力状態のまま宇宙空間を漂っていた。

しかしよくみれば彼の肩が震えていることがわかる。仮面の中で呼吸が荒くなり、大きく震える腕は砕け散った惑星の残影を掴むように伸ばされる。だがなにをどうしても美しかった故郷の星は掴むことも蘇ることもない。


「あぁ……あ! 貴様……貴様ぁ!」


 瞬間であった。装甲すらきしむ程に握りしめられた拳を振り上げながら、蒼銀の戦士は振り向き、全機能をフル稼働させていた。エネルギー伝達装置はスラスターへ集中し、パワーアシストは振り上げた右腕に集中する。頭部の装置はめまぐるしくデジタル模様を浮かび上がらせ、戦闘パターンを構築する。


「フンッ……!」


 だが対峙する赤黒い戦士は顎をしゃくるとブルーシューターを拘束していた巨獣がその眼から閃光を放ち、蒼銀の戦士へと直撃する。


「うぐあぁぁぁぁぁ!」


 装甲服ですら軽減できないほどの熱量が体を焼く。原型はとどめているものの、装甲服はもはや機能を維持することすらできない程に破損していた。警報も根底からストップし、生命維持装置もさっそく意味をなさないだろう。だが、そうはさせまいと巨獣の拘束を振りほどき、ブルーシューターが胸部装甲から光を照射し戦士を回収する。

 そして搭載された人工頭脳は撤退を判断し、その巨体を瞬時に変形させ巨大な宇宙船へと姿を変える。そして一目散にその場からの離脱を図った。

 赤黒い戦士はそれを追うこともせずただ不敵な笑みを見せる仮面を向けていた。遠く離れ、一瞬の閃光ともに姿を消した宇宙船、ワープにて離脱したのを見届けると惑星リーズの残骸の方を見やる。


「衝撃がくるか……」


 そうつぶやきと戦士の背後の空間がねじれる。それに吸い込まれるようにして彼とそれに付き従う巨獣の姿もその場から消えた。

 瞬間、無数の岩の塊と衝撃が周辺宙域に降り注ぐ。かつて美しき木々の星と称された惑星リーズのその最後の声だった。




***





 そこは合戦の場であった。馬を駆り、白亜の鎧をまとう騎士、それにつき添うように革や鉄の鎧をまとう兵士たちが敵を迎え討たんとする。周囲は炎に包まれ遠方では無数の爆発音が響く。えぐれた大地はその戦場のすさまじさを語ることだろう。怒声が飛び交い、悲鳴が聞こえる。剣戟が響く。


 だがそれらをかき消すように規則正しい……いや、正しすぎる足音が戦場を埋め尽くす。ざっざっという音とともに進軍するのは鋼鉄の兵隊であった。腕には金属製の棍棒を携え、無造作に振り払うと立ち向かう兵士を薙ぎ払っていく。革は言うまでもなく、鉄の鎧すら砕け散る。先頭を進む一団が立ちどまると棍棒を前に突き出す。それと同時に無数の閃光が放たれ兵士も騎士もそのままに撃ち貫いていく。それはレーザーであった。


 先頭集団はそのままの態勢で射撃を続け後に続いていた軍勢が再び歩みを始める。一人の騎士が砲火を潜り抜け、軍勢に迫る。剣を振り下ろし、同時に二体の鋼鉄兵を切り捨てる。鋼鉄兵は血を流すこともなく、騎士からすれば見たこともない金属の内臓が目に映る。彼がしるよしもないだろう、それが人でも生物でもなく機械であるということを。それに気を取られたか、はたまた無数に飛んでくる閃光を避けることはかなわなかったか、胸を穿れ、そのまま絶命する。

 誰の目からも明らかなのはこの合戦が鋼鉄兵たちの圧勝であることだ。だが兵士も騎士も逃げることはしなかった。


「団長に続け!」


 誰かがそう叫ぶ。

「オォォォ!」と声があがる。そう彼らはひいてはならないのだ。

 一人、また一人と鋼鉄兵のレーザーと棍棒に倒れていく。だがそれでも彼らは戦いをやめない。そして、そんな彼らを引き連れ、突き進む者がいた。


 もう何十頭の馬を乗り潰したかは数えていない。何百人の部下の亡骸を超えてきたのかもわからない。本来なら美しく輝いていたであろう白亜の鎧は煤や戦友たちの血で汚れていた。

しかし、鎧の胸、肩、そして額にちりばめられたクリスタルは煌々と輝き、七色の光を見せていた。全身を包む鎧は他とは違い、顔すら覆い、その表情はうかがい知れない。

だが、一心不乱に剣を振り、並み居る鋼鉄兵を蹴散らし、レーザーを避けながら彼は進む。


「行けー! 団長に続けー!」

「我らがオーロラナイトは必勝ぞ!」


 彼の、オーロラナイトの勇士を全軍に伝えるように、傷つき、倒れながら、剣も振るえず立つこともできない兵士が叫ぶ。その直後に鋼鉄兵に踏み潰されようと、最後まで彼らは叫んだ。


「取り戻せ!」

「我らがグランクォーツを!」


 声を挙げながら兵士も騎士も消えていく。オーロラナイトは振り返らず、駆け抜ける。遥かな前方には空に浮かぶ色とりどりのクリスタルが見える。彼らの故郷、守護するべきだった王国、そして取り戻すべき国グランクォーツの浮遊鉱石である。それを確認したオーロラナイトは怒号とともに剣を振るう。一振りで数十の鋼鉄兵が切断される。


「……?」


 ふと、オーロラナイトは異様な気配を感じる。それも複数であった。それを感じとった瞬間、オーロラナイトの周囲に炎、雷、氷の塊が放たれた。


「――ッ!」


 オーロラナイトは剣の一振りでその三つを弾いて見せた。拡散した三つの攻撃は周辺にいる鋼鉄兵へと降り注ぎ大きく間を開ける事になる。


「この攻撃は……!」


 一方のオーロラナイトは先ほどの攻撃に覚えがあった。全てを焼き尽くす灼熱の炎、目にも止まらぬ鋭き雷光、あらゆる存在を凍結する極氷のつぶて……

そんなはずはないと言う思いもこみあげてくる。だが、それは複数の足音とともに現れた六つの影によって打ち砕かれる事になる。

 オーロラナイトの眼前には六人の騎士がいた。赤、青、緑、紫、白、オレンジ、みな一様に鎧の形は違うが共通するのはオーロラナイトと同じく各所にそれぞれに色に対応した宝石を身に着けているということだ。


「なぜだ!」


 オーロラナイトの慟哭が響く。赤色の騎士が炎を、青色の騎士が氷を、白色の騎士が稲妻を作りだし、オーロラナイトへと放つ。

 オーロラナイトはそれをジャンプすることで避けるが反撃に出る事ができなかった。


「答えろ! 裏切ったか! 栄光の極彩の騎士団たる貴様らが! 王国を!」


 だがその返答は緑、紫、オレンジの騎士が剣を抜くことで答えた。三人の騎士が一斉にオーロラナイトへと剣を向け、飛びかかる。その攻撃すらもオーロラナイトは後ろへ飛ぶことによって避ける。すぐさま剣を構え、六人の騎士の出方を伺う。彼の判断は早かった。先ほどは動揺したが、もはや躊躇する時ではないと判断したのだ。

 目の前にいる六人の騎士はかつての盟友、騎士団の友ではない。

敵であると。


「うおぉぉぉぉ!」


 オーロラナイトの雄たけびとともに鎧のクリスタルの輝きも増す。そこから放出されるエネルギーは周囲を振るわせ、対峙する六人の騎士たちの間にもわずかながらの動揺が見て取れる。

だが六人の騎士たちもまた同じように宝石を輝かせる。エネルギーとエネルギーの衝突は鋼鉄兵の残骸も兵士たちの死体も木々も大地も吹き飛ばしていく。

 そして、オーロラナイトは剣を構え、六人の騎士へと突撃する。

 瞬間、まばゆい閃光があたりを包み込む。

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