気まぐれ短編たち\(^o^)/
にぽっくめいきんぐ
IKKYU -The Tonchi Master-
「この屏風絵の虎が、夜な夜な屏風を抜け出して暴れている。見事、退治してみせよ」
時の室町幕府三代将軍、足利義満は、右側方の金屏風を指し示し、仁王立ちで言い放った。
下座には、袈裟姿の小坊主が一人、目を閉じ、座禅を組んでいた。名は一休宗純。幼少時の名を周建と言う。
足利義満は二代将軍足利義詮の息子で、幼名は「春王」という。
生まれながらに「王」の名を背負った義満は、わずか十才で家督を継ぎ、将軍となった。
義満はその才覚、特に謀略を用いて、数々の偉業を成し遂げていった。
その時代、朝廷は北朝と南朝との二つに分かれ、指揮系統乱れるところしきりであった。義満はこれを合一せしめ、全国統一を果たした。衰えが目立つ南朝側と協議し、北朝と南朝とで交互に天皇を擁立する旨の合意を取りつけた。天皇位を示す三種の神器を南朝側から譲り受けると、先日の合意を反故とすることで、一兵たりとも血を流さずして、南北朝をまとめ上げたのである。
幕府に恭順しない地方有力者の弾圧も徹底の感があった。位官を「分け与え」て互いに争わせ、争いを理由に一方を征伐し、その後残った一方からも位官を取り上げる等、得た権力を「活用」する才に長じていた。
栄華を極める将軍義満が、ほぼ唯一、意のままとできなかったのが、一休なのであった。
一休は、北朝、後小松天皇のご落胤とされている。
母は南朝側の高官の血筋であり、帝の命を狙っているとして宮中を追われ、野に下りて一休を生んだと言われている。その後、一休は、齢六つにて京都安国寺の像外集鑑に入門し、周建と名付けられた。
義満が京都の室町に建立した豪華な邸宅であり、幕府がそこに移された「花の御所」。その上座と下座に分かれ、金屏風を挟んで、義満と一休は、今まさに対峙していた。
一休は、座禅のまま目を閉じ、しばし考えた。その後はっと目を見開くと、やおら立ち上がり、将軍義満に告げた。
「捕まえますので、虎を屏風絵から出してください」
「なんじゃと? そのような事が出来ると思っているのか?」
義満は、驚いて身を乗り出した。
「退治しようにも、出して頂けなければできません。さあ出して下さい! 虎を!」
そう迫る一休。しかし、権力と謀略とで日の本をまさに飲み込まんとする義満、この程度で動じるものではない。わずかに位置をずらして座り直した義満は、いわくありげな表情で切り返した。
「本当に、良いのじゃな?」
にやり。背筋も凍るような義満の双眸に赤い光が宿ると、義満の背後から、どす黒い
「フフフフフ」
微かに笑う義満。吹き出した
「お望み通り、出してやったぞ、一休殿」
「い、一体何が……」
狼狽する一休。
「余を甘く見ていたようじゃな。屏風から虎を出したのじゃ。この『黒き虎』をな。屏風の虎が消えているのが、何よりの証拠であろう」
「ば、莫迦な……」
唖然として尻もちをついた一休が、側方の屏風に視線を送ると、確かに、屏風絵から、虎のみが消えていた。
「さて、お望み通り、出してやったのだ、虎を。さあ! 見事退治してみせよ!」
黒き虎は、全身の黒毛を逆立て、獰猛ないななきを放つと、口から黒き牙を覗かせ、一休へとにじり寄った。
危機迫る!
尻もちをついていた一休は、そのまま座禅の形に座り直すと、
「あわてない!! あわてない! ……あわてない」
そう何度か唱えて自らを落ち着かせた。やがて困惑から一転、決意の表情を閃かせた一休は、再び目を閉じた。
両手の人差指を舌の上に乗せると、両の指は滑らかな放物線を描いて、小坊主の頭頂部、中心から側方へ指四本程ずれた位置へとあてがわれ、これを起点に、両の指は無限大の軌跡を描く。ぼぉぁーくっ! ぼぉぁーくっ!という、洞穴から空気が吹き出すかのような音が響き渡る。両手を腿の上に下ろし、右手を下に、左手を上にして重ね、両手の親指をあわせて、卵形の輪を成す「法界定印」を作ると、一休の周りを青色の
「なに! 『とんち
驚いたのは、義満の方であった。
黒き虎は、その牙を突き立てようと、一休に向かい跳躍した。だが、一休を取り囲む青きとんち
「将軍様、お戯れが過ぎましたな! はあああああああ」
一休が気合いを入れると、彼を覆っていた
一休は、腿の上で法界定印の輪を結んでいた両手を、ゆっくりと胸元へと持ち上げ、青色の
「お望み通り、退治してご覧に入れましょう。黒き虎を生みだす『本体』を!」
「待て、待つのだ一休殿!」
「かけのなき このよはわがよ ならぬもの これぞひとのよ もちづきのごと。この青き望月により、身をもってお知り下さい! 必殺! とんち
一休の胸元から放たれた青き
「ぐわああああああああ!」
断末魔の悲鳴をあげる義満。
「ご安心下さい。峰打ちにございます。仏門では、殺生は禁止されております故」
そう静かに告げる一休。
青白き霧が晴れた頃には、義満が仕掛けた黒き虎もかき消え、金屏風には元通り、虎が復元していた。
「ぐ、ぐふう。み、見事なとんちであった、一休殿」
義満は、息も絶え絶えに横たわりながら、苦しそうに喘ぎつつ、一休が放ったとんち
「将軍様。しばし休息なされば、じきに回復なさるでしょう」
そう進言する一休もまた、肩で息をしていた。体内のとんち
一休もまた、虎が描かれた金屏風を挟んで下座に横たわった。
「さて、一休み、一休み」
◆
「いかがでしょうか?」
プレゼンが終わった日本側の映画業者が、おずおずと尋ねた。
「なルほど、面白いでスね」少し英語っぽいイントネーションの日本語で、ハリウッドの映画ブローカーの男性が言った。
「本当ですか? ありがとうございます」
「シかシ、ひとつ、問題があリマス。タイガーを出セのシーンはいリまセン」
「えっ?」と驚く、日本側の映画業者。
「ゴールドビョーブからタイガーを出セというIkkyuのリクエストは、論理的ではナイ。できナイことが明ラカなのに。とてモ、クレイジーな発言デス」
「えっと、お言葉ですが、それだと話の筋が……」
困惑する日本側の映画業者に耳を貸さず、ハリウッドの映画ブローカーは話を続けた。
「Ikkyuのクレイジーなリクエストはカットシて、その代ワりに、ブラックタイガーとのバトルシーンを大幅に増やシまシょう。御所のフラワー、ゴールドビョーブ、ブルーボールにブラックタイガー。色彩も映画映えシます。ソれが、ワレワレがこの作品を映画化スる為の条件デス」
ハリウッドの映画ブローカーは、アタッシュケースから契約書類一式を取り出した。
「ボーイがボールでジョーズにビョーブよりジェネラルにアタックシた。スばラしいtonchiデス」
<了>
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