農協おくりびと 101話から110話

落合順平

農協おくりびと (101)ドキドキが、はじまる

長谷寺駅から急行を乗り継いでいくと、2時間10分で京都駅へ着く。

(えっ、そんなに近いの。奈良と京都は・・・)

長谷寺駅の路線表を見あげながらちひろが、口の中でつぶやく。

特急を乗り継いでいくと、最短の1時間18分で移動できるルートも発見する。

ふたつの古都の近さにちひろの驚きが、頂点に達する。


 奈良と京都は、日本を代表する古い都だ。

奈良は3世紀前半の頃から、日本の中心地として君臨した。

古墳時代・飛鳥時代・奈良時代と歴史が続き、794年に平安京に遷都されるまで、

奈良を中心とする時代がつづいた。

京都は平安時代以降、1000年余り、都としての歴史を刻む。

政治の中心が東日本の鎌倉や江戸へ移されていくが、日本文化の中心地は、

実質的に帝が居た京都に有った。


 (古代史の舞台になったのが、奈良。

 1千年以上も、日本文化の中心にあり続けたのが、これからわたしが行く京都。

 2つの都の間は、電車で2時間足らずの距離でつながっている・・・)


 ピンク色のミニリュックを背負ったちひろが、長谷寺駅のホームに立つ。

電車の到着を待つ自分が、何故か、ドキドキしていることに気が付く。

(あら。なんでドキドキしているんだろう、あたしったら?)

疑問を、自分自身に問いかけてみる。


 「7時間後に、京都で逢いましょう」と言い切った山崎のひとことが、

ちひろの頭の中で、余韻をひいている。

(あたしのために、群馬から京都まで飛んでくると言い切りました、あいつったら)

群馬から京都まで、直線距離で350キロあまり。


 京都へ向かう高速道路のルートは2つ。

群馬を南下し圏央道から、第二東名を経由していくかつての東海道のルートと、

長野を縦断し中央道を経由して、かつての中山道をいくルートがある。

どちらのルートも走行距離は、かるく550キロを超える。

休憩なしで飛ばしても、6時間半から7時間ほどかかる計算になる。


 (山崎クンは私のために、高速道路を全開で飛んでくる・・・

 7時間後に、京都に着くと言い切った。

 いいのかなぁ。4つも年下の男の子に、そこまで無理をさせても)


 電車に乗っても、ちひろのドキドキはとまらない。

(光悦と別れた来たばかりだというのに、4歳年下の男の子にドキドキしているなんて、

わたしったら、不謹慎きわまりない女ですねぇ。

いつからこんなに、ふしだらな女になったのでしょう、あたしという女は・・・)

しかし。ちひろのドキドキは、時間が経過しても一向に収まる気配をみせない。


 午後3時。京都駅へ奈良から走り続けてきた電車が滑り込む。

電車からホームへ降りた時。ちひろの携帯にメールが届いた。

『中央高速を選択。現在、順調に木曽路を南下中。予定通り7時間後に到着する。

以上。車中にて』と書いてある。

走行中の山崎からの送信だ。


 (あの子ったら、走行中の車内でメールを書いているのかしら。

 なんてことすんのよ。危ないったら、ありゃしない・・・)


 『走行中のメールは非常に危険。前を見て、運転にだけ集中するように』

と、ちひろが書き送る。

数分後、ふたたび山崎からメールが戻ってきた。


 『京都駅の2階。『京なび』の観光案内が便利。交渉よろしく』と書いてある。

意味がよくわからない。京なびで、なんの交渉をしろと言うのだろう。

京都へ到着する時間が、午後の7時。

泊まるから、旅館を手配してくれと言う意味かしら・・・

真意を理解しきれないちひろが、もう一度、山崎に確認のメールを書き送る。


 『部屋は2つ。なるべく大き目の部屋を頼む。宿は紅葉の絶景地。

 うまいメシが食える日本旅館が希望。

 追伸・2部屋は絶対厳守。2部屋を確保しないと、あとで大変なことになる』


 と返事が返って来た。

(部屋を2つ取る?。紅葉の京都のこの時期に、2部屋も確保できるのだろうか?

確保できなければ、あとで大変なことになる?・・・意味が良くわかりません。

でもたしかな事がひとつだけ有ります。

山崎クンと私が、ひとつ屋根の下で眠ることになります!)


 次の瞬間。ちひろの心臓が、ドキリと大きな音を立てて動き出す。

熱湯のように熱くたぎった血を、どくどくと身体の隅々に向かって送り出したことは、

ここであえて、言うまでもない。




(102)へつづく

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