老夫婦とアンドロイド

彼野あらた

老夫婦とアンドロイド

 加藤清治かとう・きよはると妻の理沙りさのもとに息子夫婦から1体のアンドロイドが贈られてきたのは、清治が定年退職してから数年後の春のことだった。

 アンドロイドといってもスマートフォンのOSではない。人型ロボットのことである。

 息子夫婦が知り合いから安く譲ってもらえたということで、清治と理沙の面倒を見させるために寄越したのだった。

「初めまして。よろしくお願いいたします」

 加藤家の居間で、そのアンドロイドは穏やかに微笑みながらお辞儀をした。

 外見は金髪碧眼で、20代半ば頃の青年に見える。

「今の技術はすごいわねえ。あたしたちが若い頃は不気味の谷がどうのなんて言われたけど、表情も仕草も全く違和感がないわ」

「自然すぎるのもかえって気味が悪い気もするがな」

 理沙は素直に感心するが、清治はあまりいい顔をしなかった。

 老後の介護を家庭用アンドロイドに任せるというのは、今では珍しくない。しかし、清治にとって、人間とは似て非なる存在にはどうしても抵抗感があった。

 また、アンドロイドを送りつけるだけで挨拶にも来ない息子夫婦のことも気に食わなかった。

 しかし、理沙は喜んでいるし、アンドロイドをわざわざ突き返す気にもならない。

 加藤夫妻とアンドロイドの共同生活が始まった。


 アンドロイドはハンスと名づけられた。

 ハンスはよく働いた。

 炊事、掃除、洗濯、買い物の荷物持ちなど、家事全般を手伝い、理沙は大助かりだった。買い物についてはハンス単独でも可能とのことだったが、理沙が自分自身で品物を選びたいということで、荷物持ちを担当することになった。そして、清治も以前から家事を分担していたのだが、ハンスが来てからはその必要がなくなったのだった。

 夫妻が就寝している間は、ハンスも活動を休止して、首の後ろにある差込口からコンセントに電源ケーブルをつないで充電していた。

 また、理沙が暇なときはハンスが話相手をする機会も増えた。

 ハンスの量子頭脳はコミュニケーション機能も備えており、日常会話をするには不自由しなかった。

 だが、機械に妻を取られたようで、清治にとってはあまり面白いことではなかった。


 清治が庭木の手入れや草むしりをしていたときのことだった。

「何かお手伝いしましょうか」

 ハンスがやって来て申し出た。

「いらん。これは私の仕事だ。仕事を取るな」

「失礼しました」

 清治が断ると、ハンスは大人しく下がっていった。

 ハンスの後ろ姿に後ろめたい気分を若干抱きつつも、わだかまりを解くことのできない清治だった。


 そんなある日、加藤夫妻とハンスが一緒に旅行に出かけることになった。

 清治は家に置いておけばいいと言ったのだが、理沙がハンスも一緒に連れて行くと主張して聞かなかったのだ。

 目的地に無事に着いた2人と1体は、観光名所を巡っていった。(ちなみに飛行機ではアンドロイドは荷物扱いではなく乗客扱いだった)

「ねえ、ハンス。あれは何かしら」

「あれは戦国時代の武将ゆかりの品で……」

 ネットワークから情報をダウンロードして、観光案内もそつなくこなすハンス。

 理沙は旅を満喫しているようだったが、清治は相変わらず面白くない気分を味わっていた。


 そして、2人と1体が横断歩道を渡ろうとしたときのこと。

 突然、ハンスは清治と理沙を両脇に抱え、歩道に飛び出て倒れこんだ。

(な……)

 痛みと驚愕で混乱する清治だったが、直後に背後から響いた大きなブレーキ音に驚きが上書きされる。

 振り返った清治の目に入ったのは、横断歩道に突っ込んでようやく停車したトラックの姿だった。


 旅行から帰った後、加藤夫妻とハンスは連れ立って出かけることが多くなった。

「ねえ、あなた。せっかくだからハンスにも新しい服を買いましょうよ」

「ああ、そうだな」

「いえ、お構いなく」

「アンドロイドが遠慮などするな」

「そうよ、ハンス」

 会話を交わしながら、清治は思った。

 量子頭脳に設定されたプログラムに従っているだけかもしれない。

 人間とは似て非なる存在かもしれない。

 しかし、人間であろうとなかろうと構わないではないか。

 良好な関係を築くことができるのであれば、それでいいではないか、と。

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老夫婦とアンドロイド 彼野あらた @bemader

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