第39話 ”古ハウス 〜Full house〜”
最初に言っておくと、俺はあまり服を持っていない。古来の裸族の言葉を借りれば、だって布だぜ! もちろん、そんな金銭的な余裕がなかったというのもあるが、加えてそもそもファッションに興味がなかったというのも大きい。
すなわち、たとえ、で、でで、デートだとしても気合いを入れるに足る選択肢がないのである。これはポジティブに捉えれば、何を着ていこうか迷う本来不要な時間を省略できるってことだ。このハジメソッドは将来的にどこぞの禅好きCEOの目にも止まるに違いない。
「——で、それですか」
「い”っ? な、なんかおかしいですかね」
さながら回ってーとコールされるアイドルのごとく、麻倉さんの前で一回転してみせる。
特に問題はないかと思うのだが、上は制服でも着ている白シャツ、下は履きつぶして自然と穴の開いたダメージジーンズ純情派だ。そして靴に至ってはもっと履きつぶしたスポーツスニーカーである。靴底はすり減り、縫製も所々破れているところとかなんて愛らしいんだろう。
「なんだろ、よくもまぁこの出で立ちでこのクオリティを保ててるというか……要するに素材の力でぶん殴ってる感じなんですよねー。仕方ない、か。」
はぁ、と気のない返事をする。ちょっと待て、なんか次の言葉が予期出来る気がする、サブイボ立ってるし。
「後でジョリーンさんに連絡して、適当に服を何パターンか用意してもらいましょう。幸いもうちょっとしたら夏物の時期なので、かさばるものも少ないですし」
げ、やっぱりジョリオさんの出番かよ、
「まぁ、キャラはいかにもですけども。あの人、あー見えて超がつく売れっ子ですからね? クライアントとして抱えてるタレントとか俳優、アーティストのリスト見たら笑いますよ。真条さんの体型のサイズ感は制服の時でわかってるでしょうし、似合うものをチョイスしてくれるかと」
たしかに色んな所を測られたわね。ってか普通にファッションに自信なきネキであるアタシが選ぶよりジョリーン姉様に選んでもらった方がいいわね……違う、何故だ、ジョリーンさんのことを考える時だけ口調が……かゆ、うま。
「はいはい……今日のところはそれでよしとしましょう。それでは行きますよー、レッツラ、ゴー」
片手を掲げる麻倉さんに合わせて、おーと俺も片手を上げるのだった。
特別行きたい場所があるわけでもない俺は、提案者である麻倉さんの指示に従うまま、電車を乗り継ぎ、「総斎学園前」の三駅前のとある駅「
下車する前の車窓からは河川敷が見えた通り、割と大きな川が走っているようで、風光明媚な感じは漂っていた。
ただし駅前は鉄道会社の運営しているスーパーやカフェチェーンがある以外、めぼしいものはない。一応商店街のようなものはあるが、「
お散歩ってわけなのかもしれん。や、お、お散歩でぇとってやつなのかもしれん。
鼻息が荒くならないよう気をつけながら、横目で麻倉さんの様子をうかがう。
最初に出会ったときはスーツだったし、基本的には総斎の制服の印象だったが、今日は家に来た段階で私服だった。新鮮さだけではなく、ちょっと見とれてしまったのはここだけの話に留めていただきたい。
服のボキャ貧ゆえに克明に描写できないのがもどかしいが、文字のプリントの入ったTシャツに、ジーパン、そして丈の長い羽織り物、黒い野球帽、スニーカーだ。どこかスポーティな印象をもたらすのは麻倉さんのキャラによるものか、それとも帽子のせいか……帽子のせいな気がするね、うん。
「真条さーん、置いてきますよー」
気づけばだいぶ距離があいていた。いやもう置いてってんのよこれ。
慌てて追いつくと、
「おっかしいなー」
散歩にしては、麻倉さんはスマホの地図アプリとにらめっこしている。そんなにコース重要なんだろうか。まぁ確かに似たような景色が続いているが。それとも、
「……あの、さっきから何を探してんですか?」
たまらず質問すれば、
「あー、新居です」
ほー新居か。
「あれですか、
「それは
「じゃあ清き一票な」
「選挙」
「コップに指紋が残ってたのが何よりの」
「根拠」
「……新しい、
「新・居。せい、かーい」
ポク・ポク・チーン、って幻聴だと思うが、俺にはたしかに聞こえた。危ないお薬は決してやっていないことを誓います。
「え、わかんないわかんない。わかんないす。どういうこと——」
「お、あれかも、行きましょう真条さん、突撃用意で」
「待って待って。ゴーアヘッドじゃないのよ、ってか触るのずっこ——」
こちらの心など知ってか知らずかナチュラルに腕を引っ張り、光る風を追い越さんばかりに駆けだした麻倉さんについていけば、電信柱の間隔と同じくらいの距離進んだ先にそれはあった。
「はい?」
素の声しか出ない。
眼前にそびえる、えーあー、なんだったっけとド忘れしかけたが思い出した。
武家屋敷の門たる、
ってか、俺達が今まで歩いていたので全部この建物の囲いだったってことか。とんでもないな。
しげしげと眺めてしまう。
大盤振る舞いで瓦を使い、経てきた年代を感じさせるもはや黒に近い焦げ茶色した木材、ここだけ切り取れば時代劇のセットとしても機能しそうだった。
そんな門に真新しい表札がかかっていた。明朝体で彫られたくぼみに黒々とした塗料が光っており、文字を成している。
『真条』
そうあった。
はてなが8つくらい浮かんでいた。そのなかで比較的マシな考えでいうと、
え、と、もしやマイファミリーと遠い親戚筋のおうちなのコレ? 山田とか佐藤とかと違ってそんなままある名字というわけじゃないし。……でもな、こんなでけぇ家にいる親戚がいるならもう少しまともな生活送れたんじゃ、
「おー頼んだ通り、ちゃんとかかってますね。お仕事関心関心」
たった一人、納得しているご様子の麻倉さんにギギギと首を軋ませつつ尋ねる。
「あのう、麻倉さん。今のは、その、どういう……?」
ご発言で、と口にするより早く、
「や、見ての通りですが?」
このアマァ、おのれは質問に質問で返す会話が成り立たないアフォかと表情がゆがみそうになる。
「真条」
いきなり、ビッグボスみたいな名字を口にされ、思わず頷いてしまう。そして、そのままもう一度表札を指さしながら、
「真条」
その指先が今度は俺へと向けられ、
「まぁ言ってしまえば中古戸建てですけど、いわゆる一つの真条さんたちの新居ですYO」
どこぞの体育教師のモノマネはやめ、人を指さすのもだ。じゃない、冷静に何を言ってるんだこの人はと抗議の念はまさか届く訳もなく、
「これから女の子たちと一つ屋根の下で暮らすことも多くなるわけです。なのにあんなボロ——失敬、味のあるアパートって訳にもいかないでしょう。私が入るだけで臨界点突端な狭さですし」
あわれノギワ荘、ディスられすぎだろ。
「だからハジメパンマーン、新しい家よ! ってね」
微妙に似てるのか似てないのかわかりにくいモノマネを披露しつつ、麻倉さんはいつの間にか指先に引っかかってた——鍵束をくるくると回して、
「ではでは、行きましょっか♪」
事態を飲み込めないままの俺をよそに、ご機嫌で開錠した門をくぐる。
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