第26話 ”手と手を取り合って”



 その後、予鈴によって阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化した食堂から吐き出された我々は、午後の体力テストは室外メニューのためグラウンドへとぞろぞろ出てきた。


 ちなみに道中、しきりに「黒木はドンマイだったなぁ」と背中を叩いてくるウザい生形から聞いた限りだと総斎学園にはグラウンドが四つもあるらしい。おったまげだよ。金あんなぁ〜としか出てこんわ。しかもさっきの体育館もあれは第一であって、もう少し小さい第二体育館もあるという。


 もはやこの学園の敷地のどこかに勝手に住み着いてもバレない説。そしたら家賃タダだろ、ちょっと魅力的なんですけど。もっともラブリーエンジェリックマイシスターズがいるから他愛もない妄想だが。


 足を踏み入れた第一グラウンドは人工芝が敷き詰められ、端にはレンガ色のトラックコース、ナイター照明、安全用のネット、サッカーゴールとまぁ至れり尽くせりの環境だった。


 私立ってすげぇわ、元の公立の運動部の連中が見たら血の涙を流しそうだ。

 

 そのまま天に目を向ければ、雲一つないせいで陽光が容赦なく降り注いでくる。かつて前世ではカーテンを締め切り、ヴァンパイアに近い生活を送っていた俺には酷だ。浄化されて灰になってしまいそう、闇属性だから。


 くぅ、それはともかくとしてBJがまだお腹の中で存在感を示しておる。いかん、消化のための小休止を完全に失念していた。く、黒男くん、早いところ消化されてしまってくれ。


「真条くん、大丈夫? お昼は結構な量食べてたけど」

「ああ、ありがとう……」


 そんなことを言ってくれるのはお前だけだ白峰。俺の魂のパートナーになってくれないか。


「そうだぞ、マイフレン。もはや君は君一人の身体ではないのだ」

「あれ白峰、俺の右半身側から悪寒がするんだけどなんでかな?」


 ここは外なんだけどなぁ、まだ夏には早いけど誰かエアコンつけたのかなぁ、ちょっと効き過ぎじゃない。設定温度何度だよはは。


「なに、それはいかんな。熱でもあるのか?」

 

 ぴとっと額に当てられた手に全身に鳥肌が立った。


「なになになに、無理無理無理」

「ど、どうした急に!?」


 いきなり真横にいた神林かんばやしに俺は飛び退く。未だかつてないくらいの身体のバネを感じたんですが。


 脳裏によみがえる言葉。


 ――君に惚れたッ!


 こいつ絶対やっぱの人だよ。いやいくらダイバーシティの時代でも俺にそちらのケはない。


「ちょっと離れてくれ、具体的に言うと5メートルくらい離れて、近い近い」

「フッ、そう照れるものではない。真条、ぼくときみの仲じゃないか」


 そうだ、警察を呼ぼうと短パンのポッケを探るが、スマホがない。そ、そうだ、さすがに外に持っていくのもあれかと下駄箱の中に入れたんだった。万事休す。


 来週からは新番組『俺の穴は尻しかない。』スタート! いっけー俺のマグナム! バラ色の未来へゴーシューット! みんな絶対見てくれよな!


 そこに、救世主が降臨する。


「神林じゃねーか、お前結局参加できるようになったのかよ?」

「当たり前だ。午後をフイにして選抜を逃すようなことがあれば、ぼくは切腹せねばならん」


 生形だった。もういいよ、お前ら幼なじみじゃんか。さっさとくっついちゃえよ。いいから夜になったら隣家の窓越しに夢とか語り合っちゃったり、着替え覗いちゃってもいいから。俺は負け組ヒロインでいいから。二人の姿見ながら木の陰でそっと目薬で涙流すし。


 白峰の陰に隠れつつ、神林からなるたけ距離を稼ごうとしているとようやく教師の声が聞こえた。


「チョリィ〜、俺はマキ、お前タチ、過ぎゆく日々の中で気づけば時はタチ。集まるYO!」


 ノリオがノリよく校舎から出てきた。せんせー、時は経ちというか休み時間挟んだだけだし、ボクたちもう集まってると思うし。

 

 腰を揉みながら思う。

 早いとこ終えて、癒やしがほしい午後イチだった。






 ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×






 青空の下、野太い声が立ちのぼっては消えていく。


 午後のメニューと教えられていた、ハンドボール投げ、立ち幅跳びが終わった。次なる50m走も最後の走者で五組うちの横井くんと一組の和賀くんがようやくゴールし終わるところだった。


 ちなみにハイパー体操着であるが、ハンドボール投げの練習の際に再度機能を試してみたところ、例のビリッという衝撃の後で軽めに投げたつもりなのにキャプ翼みたいなズギュウーンという軌道で彼方の安全ネットをブチ破って、ボールはどこかに消えてしまった。


 カミナリさんちに入ってしまったんだ、きっとそうなんだ。


 後で謝りにいくとして記憶にフタをした俺は、その光景を誰かに見られてたのではないかと危惧した。日頃の行いがよいせいか幸いにも誰かに目撃されたということはなさそうだった。あのこれ余談なんですけど、その後トイレには行った。ほんとあのポンペくるのなんなの。必殺技放った後はスキが生まれる的なアレなの? 生まれるのはクソなんだけどね。開発者出てこい。


 とりあえずあの謎の力を発揮する機能はおいそれと使うべきじゃないと判断した俺は、実際の計測の際にも使用しなかった。結果として、その他をブッチぎることこそなかったもののまずまずの好成績を残せたのではないかと思う。 


 ノリオの号令とともに、トラック周辺で休憩していたみんなも集まってくる。


「チョリィ、お前らご苦労、楽にしていいYO」


 人工芝のうえに一斉に腰をおろす。砂と砂利の混じった土の上だとケツに刺さるがやはり草が優しく支えてくれるのはいいものだ。


「トゥデイ、スポーツテスト自体はここまで——」


 あ、これで終わりなのか。やったぜ。なんだかドッと疲れた。このまま芝生に大の字になりそのまま寝れたらどんなに幸せなことか。


「——さぁお待ちかねのシークレットの発表だYO!!」


 あー忘れていた。そういやそんなのもあったな。最後に何やらせるつもりだ。もういいってマジで。お願い死なないで真条之内しんじょうのうち! あんたが今ここで倒れたら、麻倉さんや妹たちとの約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、リアル現実に勝てるんだから!


 次回、真条之内、死——


 しかし俺の内心をよそに、周囲は俄然がぜん盛り上がっていた。「イェーーーイ!!」と言われてもぼくはパリピでもサンシャインでもないからノれないよそんなの。とりあえず隣の白峰に、


「つうかシークレットってそもそもなんなの?」

「あ、そっか。真条くんはわからないよね。センソーには毎年変わるシークレットな特別種目があるんだよ、そのことだね」


 ほーん、なるほどね。アレか、棒倒しとか騎馬戦とかやってるところとやってないところあったりするような種目をやるわけだ。なんとなく聞いた限りじゃたしかに盛り上がりそうな気もする。


「うん、センソーの名物だし、一番の盛り上がりどころでもあるよ。ただみんなが出ると時間がかかり過ぎちゃうからね、だいたいスポーツテストの結果から選抜された運動神経のいいメンバーが代表として出るんだ。去年とかは、仮装かそう借物かりもの競争とかやったよ」

 

 何それ、いまいち想像出来ないんだが。


 まぁ要するに両校の代表戦をユニークな競技でやりまっせってことね。


 ってかよくよく考えたら俺、前世だとまともに体育祭とか学校の行事を経験してないんだよな。そもそも体育なんて大嫌いだったし、いじめられっ子がこの日に休まないでいつ休むんだって思ってたわ。運痴なめんな。


 そういう意味だと、もっとちゃんとこうしたイベント一つ一つをしっかり味わうべきなのかもしれない。もっというと一日、一日を。


「……大丈夫?」

「……あ、すまん、そうなんだな、説明サンキュ」


 顔をのぞき込まれてどきっとしてしまったじゃないか。白峰ったらもう。そんなに俺の好感度を稼いでもそう簡単にはルート開放しないんだゾ☆


「時は来た、真条」


 俺の幸せな現実逃避にすぐカットインしてきやがる、このクソ野郎。しかも耳元でささやくな。殺すぞ。あ、つい強い言葉を使っちゃった。弱く見えちゃう。これじゃボイチャでイキるキッズじゃないか。もう俺のバカバカっ。


「法廷で接近禁止令を出してもらおう、そうしよう」

「なんでそんなきみはすげないのだ!? ズルいじゃないか! 白峰とばかり話して、おかげで計測中、全然話しかけられなかったんだぞ!」


 知らんがな。俺に言うな俺に。


 神林の必死さアピールをスルーしていると、誰かがそちらを指さした。


「あれ女子じゃね? なんで?」


 たしかに何やらかしましい声がするなとつられるように目をやれば、男子と午前と午後入れ替わりで体育館で計測していたと思しき女子陣が玄関から出てきた。


 当然のようにその中に麻倉さんや前園さんの姿も見受けられ、こちらに気づいたのか、二人して手をひらひらさせながらやってくる。


「はろはろです〜。いい結果でた?」


 相変わらず麻倉さんが不意に敬語を抜くとドキッとするのでやめていただきたいのですが。おかげで半分キョドってしまう。


「ま。まぁぼちぼち……みたい、な?」

「フッ、謙遜するなマイフレン。言わずもがなというやつだろう」

「あらまー、こーちゃんホントにはじめんが……」

「「それは違う」」


 げ、と思ったときには既に遅く。完璧に神林とハモってしまう。俺がげっそりする一方で神林は若干照れたように、


「下世話な考えはやめてもらおうか前園。ぼくと真条はそんな関係ではない。ぼくが認めたライバルであり、時に助け合う心の友であり、苦楽を共にしたり、同じ釜の飯を食ったりもしたいと思っている……思っている」 


 何、今の「思っている」と「思っている」の間。意味深だからやめろ。ちょっと言いよどむことで考察の余地を残すなボケ。断言しろ断言。疑念と疑惑をぬぐってくれ頼むから。 


 ま、まぁよくわからんけど友と言ってくれたのは不覚にも嬉しかった。俺もしかしてチョロいのではないか。くっ殺せ。


「静かに! 牧先生からお話しがあります」

 女子側の先生と思しきジャージ姿の御人がノリオの横で叫ぶ。


 周囲で喋っていたやつらもいったん口をつぐみ、前方でたたずむノリオへ注視する。濃度が高いせいでまったく目元の見えないサングラスが光り、


「今年の特別種目は——男女二人一組でクイズ&謎解きレース」


 しんと静まり返った、校庭に、

 

「というわけで、これから相性を見極めるYO!」


 チェケラッチョと振り下ろされた右腕と共にそんな教師の言葉が響いた。

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