第25話 ”真剣10代しゃべくり場”
——ちょろそう。これ押せばいけそうじゃないですか?
とノールックで打って、麻倉葵は『真条基の魂のパートナー、
小柄ではあるもの、出るところは出ているスタイル。だが、どことなくインドアな雰囲気と垢抜けてなさも否めない。それもこれも髪型がよろしくないのだ。目元までかかる前髪は実際は整っていると思しき顔の半分を占め、本来の価値を覆い隠している。
だが、
そうそうこういうのでいいんですよねーと葵は思う。
変に経験豊富そうな陽キャより、原石かつ陰キャ寄りの方が
ただ一般的な評価より実際はそういうギャルな子こそ、心から惚れれば一途で多少のことで見捨てない良い子なことも多いのだが。
まぁ結局は追い追いである。昨日今日と見てきた限り、予想に反し基は女の子慣れしていないようだった。であるならば、強めの女子よりも大人しめの女子の方がいいことには違いなく、その点いおりはうってつけの存在だ。多少電波的な言動があったとしても、許容範囲である。いやむしろお互い残念なところがあったほうがお似合いではないかとすら思うのだ。
幸いなことに今朝の出来事もあり、好意高そうだし。
後で少しこの後輩に関する情報でも集めとくかと葵は脳内タスクリストに記しておく。あとは今この場でできることといえば、
一緒に飯を食うことくらいなものだろう。
× × × × × × × ×
「いやしかし、気分がいいとやっぱ飯も美味いな」
日替わりAランチの『和風きのこハンバーグ』を頬張りつつ、
「男子側で1組に勝ったのってほぼ初?」
Bランチの『カレイの甘酢あんかけ』を丁寧に箸で崩しつつ、
「だな。まぁヤツら腐っても一芸あんのばっかだしな。全国クラスの体力バカどもに加えてボトムラインも優秀ってなればウチらからしたら不利に決まってんだよ」
そう、実際
「今年こそ絶対勝ちたいし、こんどのセンソーは期待できそうだね。楽しみになってきた」
ミートソースパスタをフォークでくるくる巻きながら
「黒木さんて、去年たしか選抜メンバーに選ばれてたよね?」
「……私?」
我関せずといった顔のまま、調味料エリアでマシマシにした福神漬けだらけのカレーを混ぜていた稚奈は、
「そうね。去年は……まぁ」
「いやいや凄かったよ、黒木さん。あたし覚えてるもん」
千紗は脳裏に蘇った光景を語る。
「圧巻は
「あったな、みんなめちゃくちゃ写真撮ってたぞ」
同じ光景を共有できたらしい生形も満足げにうなずく。急に褒められ面はゆさと同時に恥ずかしさを覚えたらしい稚奈は、
「……大したことじゃないわ。というかむしろアレは忘れて……」
まぜまぜを中断して、スプーンを口に運び始めてしまう。
てっきり孤高の高嶺の花子さんで他者を敬遠するタイプじゃないかと思っていたが、そんな人間らしい反応を見せられると意外と仲良くなれるかもしれないと千紗は思い直す。福神漬けも好物なのだろうし、そもそもお昼に女子でカツカレーに行くのはかなりの少数派だし。
まだまだ学年も上がり、一学期も始まったばかりだ。色んな楽しいことが起きるといいなとも思う。そんた期待をもたらしているのは良くも悪くも、
泣く子も黙って目を背けると評判のBJ定食と格闘中の
そして隣には同じメニューを食す後輩ちゃんがいる。葵には「基と仲のいい後輩の伊福部さん」と適当な紹介を受けたが、はたして本当にそうなのだろうか。転校早々に随分と知り合いの多い男ではないか。どうにも怪しい感じがすると千紗もジャーナリストを志す者として疑念を抱く。口を開きかけたところで、
「そいや今年のセンソーの特別種目が何になるかって、前園、お前なんか話持ってねぇのか?」
不意に生形から話を振られ、そちらに気を取られる。
「うーんそれね。あたしも情報集めてるけどこれはガチってのはまだないなぁ」
「お前のガチは逆に信憑性ないけどな」
なんだとー!と食ってかかろうとしたときに、
「ところで皆さん」
味噌に沈む半身のサバから丁寧に骨を取り除き終わった満足げな表情のまま、葵が口を開いた。
「ぶっちゃけ、あれ、どう思います? アダムスプログラム特別法」
いきなりなんだという顔を生形と千紗が同時にし、顔を見合わせる。突拍子もない話題変更に、
「……どう思ってる、って言われてもな」
ボリボリと頭をかき、生形はランチについてくる味噌汁で唇を濡らす。出汁は効いているものの味噌の風味が飛んでいるもはや慣れた味。
「要はモテ男にかけるってアレだろ? 効果のほどはどうかしらねぇけど、実際、街見回しても俺らがガキん頃よりずっと子供少なくなってるしな。仕方ないんじゃねぇの」
「とはいえ、かなりマッチョなやり方だよね。面白いからいいけど」
関心があったのか白峰も話題に食いついてくる。味変としてパスタにタバスコをふりかけ、一拍間をおいて、
逆に、と、
「僕ら男子としてはそんな感じだけど、女の子側のご意見を聞きたいな」
むしろそちらの方が重要なんじゃないかと言わんばかりにボールを投げ返してきた。
「まぁうぶちんが言うみたいに、理屈はわかるけどさー。それってあくまで偉い人たちだけで話し合って決めたわけでしょ。じゃあそういうことだからって言われても……ねぇ?」
同意を求める千紗に対し葵は大仰にうなずき、
「そーですねぇ、ちーさんの言いたいことって、当事者となった時の我々女子としてはってことですよね?」
疑問に疑問で返すと、それ!とマナーをブッチした指し箸で千紗は激しく同意する。
「やっぱりさぁ、大好きな人の心は独り占めしたいじゃんね? っていうかそういうもんでしょ女の子って!」
「——と申してますけども、黒木さん?」
華麗にパスをスルーする葵により、急にボールが回ってきた稚奈は言葉に詰まる。
「……え? いや、あの、そういうのよくわからないのだけど……」
「じゃあ簡単に言いましょう。黒木さんって、好きになった人、他人とシェアできます?」
唖然。
途中まで持ち上がっていたラスト一切れのカツを載せたスプーンが力なく落ちていく。
そんなあけすけに言ってのけられたところでだ。考えたこともなかったのだろう。無理もないよ……と同情する千紗の視線の先でどんどん稚奈の顔が曇っていく。
「……想像がつかないわ、そんなの」
「あ、あはは、そうだよね、実際その状況になってみないと、だよね! そもそもそんだけ魅力的な人とかほんとに出会えるかわかんないし」
空気を読んで同調する千紗。このまま雰囲気が取り返しのつかなくなる前にどうにかこうにか話題を切り替えねばと思案する矢先、その声が耳に飛び込んでくる。
「——先輩のなら喜んで。いくらでも、なんでも、食べます。そう教育されましたから」
まさに潮が引くように、たまたま周囲の会話も一段落したタイミングだったのか。さほど大きな声ではなかったのにも関わらず、はっきりと聞こえた。
水を打ったような静けさとはこのことで、周囲の耳目が一点に集中していることが千紗にもわかった。
声の主は例の後輩、伊福部である。そして彼女はどこか
一方、隣の人間である真条はレンゲを持ったまま固まっていた。
——教育。
伊福部はそう言った。瞬時にこんな疑問が脳裏によぎる。
——何を?
冷静になろうと珍しく千紗はいったん思考に急ブレーキをかける。さて状況から判断してみよう。彼女は喜んで何でも食べる、と言った。今はお昼休みで、ここは食堂で、現に昼食を取っている。うん、まだ問題ない。だが、そこに『先輩のを何でも』という修飾語が混入していた。そして彼女の隣でレンゲを向ける一学年上の先輩である真条がいるとなると話が変わってくる。
——何を?
先ほど問いに改めて答えるとするなら。真条のあのレンゲの中身だろう。にわかには信じがたい。まだ数年来の親友同士でわいきゃいやってるなかの一コマならわかる。それもよかろう。いずれセピアに色あせる青春の1ページと認めよう。だが大負けに負けたとして、百はおろか千歩ゆずったとして、レンゲにおわしますブツは異性のしかも食いかけである。
さすが
「あ、あはは……や、やるねぇ、はじめん」
あとで何か面白いネタでももらわないと割に合わないと、苦笑いを貼り付けたまま千紗が絞り出し、
「や、待ってくれ。こいつはほらもう俺が手をつけたヤツだから」
あえなく爆弾が投下された。
クイクイっと手に持ったレンゲを揺すりながら隣の後輩にイケメンが言い放つ光景を周囲が目に焼き付けた。
——手をつけた。
それはまさか、と一同の思考がそこにいきつく。
この男は、隣の小柄で語弊なく言うならばいたいけな後輩を既に……もう毒牙にかけている、ということである。俺の教育済みの女なんだから、食いかけの飯くらい喜んで口にするということである。
事実を裏付けるかのように、次第に伊福部の前髪から免れている頬に朱が刺していく。
ぽっ、というやつである。
裏を返せば、否定はなかった。
「……最低」
稚奈のそれを皮切りにとうとう悲鳴と嫉妬と怨嗟と笑い声と口笛が弾けた。人のありとあらゆる感情がポップコーンとなり食堂を埋め尽くしていく。
——畜生、世の中不公平だーっ!! 我はメシア、明日この世界を粛清する……
——あたしだって真条クンに食べさせてもらいたい〜食べてもほしぃ〜!
——ガッデム……あってはならない、このようなことは断じてあってはならない……くっ、俺の左腕、鎮まれ! ヒダリー、ここじゃまずい、出てくるな!
——つかあのイケメン誰?? 紹介して誰か!? 情報をよごせェェェ!!
——二人きりでどんなことを教えてるんだよ……なんか泣けてきた、俺がどんだけ苦労してふぇぇん〜
パンと柏手が響いた。
「はいはい、皆さん食事中ですよー」
静粛にと両手を上下させる葵、対し左右に振る生形が、
「そうだっつの、見世物じゃねーんだ。散った散った」
その声と同じくして、昼休みの終わりを告げる予鈴が降ってくるのだった。
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