第23話 “ランチタイムラプソディ”




 はてさて、流れに身を任せるままにやってきたのは、食堂だった。


 もっとも油染あぶらしみのついたメニューふだが壁中に貼られ、割烹着かっぽうぎを着たオバチャンが頼んでもないのに勝手に大盛りにしてくるような場末ばすえの食堂感はまるでない。


 著名建築家がセンス爆発させた結果だろうか、壁はガラス張りで様々な角度から外光を取り入れており、天気の良い日は外のテラスに出て友人たちとランチタイムを楽しめる。


 テーブルも椅子も、照明に至るまでちゃんとしたテーマを持たされているとしか思えない。そう、ただようこのオサレ。物凄い勢いでラーメンをすすろうものなら殺されそうだ。


 オ、オラ知ってるぞ、これ食堂じゃなくてキャフェテリアっていうんだぞ。名門私立って凄い。こんなお金の使い方、俺知らないんですけど。


 しかしながら、やばい震えが止まらん。いくらボラれるっていうんだ。多少は学食価格だろうが、最安さいやす常連のうどんやそばでさえ無駄に産地にこだわった質とプライスで出てきてみろ。俺氏、憤死ふんしする。


 にぎわう室内を見渡しながら白峰しろみねが、


「あちゃー。出遅れたから、結構埋まってるね」

「だな、前園まえぞのたちはどっか席確保してくれ。俺らはメシ取ってくる」

「あい、任された。えっと今日の日替わりは何かなー、あ、あたし、Bランチ」

「おー、カレイの甘酢あんかけですか、お目が高々たかだかですね。それも捨てがたいですが……では私はサバ味噌みそで、黒木さんはどうします?」

「……カツカレーで」

「Bにサバ味噌、カツカレーな、三人とも後でポイント回してくれ」

「えー、おごりじゃないの?」

「バカ言うな。基、お前は?」


 メニューの価格すうじとにらめっこしていた俺に聞いてくる生形うぶかた


 何言ってんだ。一番安いものに決まってんだろうが。つまりは、――水だよ。


 と言いたいのをぐっとこらえる。もうここまで来てしまったのだ。さすがに空気を読もう。この中で一番安そうなのはどれだ。……わかめサラダ。もうそれでいい。無料のはずのドレッシングをだくだくにしてかき込んでやる。ドレチュッチュしてやる。


「あー生形さんと白峰さん、はじめって、ここのシステムわかってないと思うので払い方とか説明してあげてもらえません?」

「ん? ああ、そうか。わかった」

「OKだよ」


 麻倉さん、いやいや馬鹿にしてくださるな。さすがにカフェテリアくらいシステムわかりますよと目で訴えると、ささついてってと背中を押されてしまう。ちょちょダメですってボデータッチはほんとに。


 仕方なしに形成されている列の最後尾に生形と白峰と並ぶ。なんだろう。サラダを食べるためだけに俺はこの列を待たねばならないのか。


 嘆息たんそくしつつ列の先を見ていると、あることに気づいた。


 こいつらいつお金払ってるんだろうか。皆一様に、レジのおばちゃんに注文した後、長方形の箱みたいなものにスマホをかざして会計を終了している。


 ハイテクじゃのう。と感想を抱くと同時に疑念がよぎる。これ、ちゃんと現金も使えるんだろうな。時代に取り残された者に対して考慮されてるんだろうな。


 一抹いちまつの不安に対し、こちらを振り返った生形は、

「まぁそういう顔になるよな。白峰」


 俺越しに白峰へ呼びかけると、スマホの乗っかった手が伸びてくる。


「生形くん、はい。真条くんも、ごめんね。勝手に持ってきちゃったんだけど……」


 どうやら、そういえば教室に置きっぱなしにしといた俺のスマホと生形のものを白峰が回収してくれたらしい。たしか着替える時に役立たずの充電切れ腕時計と机の上に置いてそのままだったはずだが、よくよく考えると貴重品だからもっと大切に扱わないとだな。まぁ今回はそれが逆に功をそうしたみたいだけど。


「サンキュ」

 

 生形が受け取ると同時に俺も礼を述べておく。まったく白峰の笑顔がまぶしいぜ。


「んでこいつが必須でな。うちの学校は面倒くさいが、基本的に校内で使えるのは総斎そうさいポイント。SPっていう電子マネーで払うんだよ」


 なんだそれ。めんどくさ。SPっつったら、普通は精神力ポイントだろ。切れたら魔法はうてなくなるんだぞ。


「それでね。SPはなくなるとオートチャージされて、まとめて使った分が後で家に請求されるって仕組み。あと友達間で授受もできるよ」


 はーん。要はクレジットカードと同じか。その場で現金は必要ないが使った分だけ、後で請求されると。まぁ俺的には抵抗あるけど、その方が親も明細見て子供がどうやって過ごしているのか把握はあく出来たり色々メリットがあるのかもしれない。あとはポイント次第で実力を示せるのかもしれない。


 さておき、今にせよ後にせよ支払うことには変わりない。結局は現金と同じ感覚で使わないと痛い目を見るのは自分だ。気をつけねば。


 設定やアプリが必要かどうか白峰に教えてもらっていると、先ほどと同じ「何食うんだ」と生形が繰り返してきた。どういう事だ。わかりかねます。


「まっ、アレだ。今日はおごってやるよ」


 ニヤッと笑う神がいた。神はネットでなくここにいます。


「1組のやつらに一泡吹かせてやったしな!」


 バシッと背中を叩かれる。やめろ、何事かと視線集めちゃうからやめろ。先ほどから見て見ぬフリをし続けていたのだが、やっぱ皆さん方のひそひそ話とこっそり向けられている人差し指が俺を示しているとしか思えない。


 気づいてないふりするのも精神衛生上よろしくないがもう腹をくくるしかなかった。


 じゃあ、お言葉に甘えてと、メニューの中くらいの価格帯から選び、


「あのビッグジャンボ定食ってやつで」


 ネーミングセンスが致命的に頭痛ずつういたい感じだが、まぁとにかく量はしこたま食えそうだ。なぁに、余ればビニール袋にでも詰めて晩ご飯か、明日以降のおかずとして使うまでだ。

 

 だが生形は、あきれたような顔をすると、


「お前、ほんとにあれでいいのか?」


 聞いといてなんだ。お前、ここは学食だぞ。質より量だろうが。本当ならもっと殺伐としてるべきなんだよ、学食ってやつは。


「まぁいいけどな……後悔してもしら……」


 最後らへんなんか、小さくてよく聞き取れなかったぞ。しゃんとしろ。それでもか。


「うんうん、いいと思うよ。やっぱ最初にアレを味わっておくのも」


 逆に妙に楽しそうな白峰も気になるんですけども。そうこうしている間に我々の番となり学食のおばちゃんに生形が一気に注文していた。


 梅干しみたいなシワの刻まれたおばちゃんは、「BJビージェイだって?」と顔を凄ませ、何やら生形と二言三言ふたことみこと交わすと、視線がこちらを向く。


 しばし眼光がんこう蹂躙じゅうりんされつつサービススマイルを浮かべていると、


「お兄ちゃん、おっとこ前だねぇ!! 気に入った!」


 相変わらず、褒められてもそのですね、なんだ、反応に困る。


 いったい顔を褒められたらなんと返すのが正解なんだ。嫌味いやみにならず、卑屈ひくつにも取られないベストな返答を教えてけれ。いずれ国産天然イケメンに出会ったら問いたださねばなるまい。


 てきぱきと厨房内に指示を出すおばちゃんと、すでに百戦錬磨のスタッフの皆さんはあっという間にカレイの甘酢あんかけ、サバ味噌、カツカレー、カツ丼、ナポリタンをあっという間に各プレートに並べていく。


「基、で、こんな感じだ」


 ピッと生形が端末にスマホをタッチすると、すぐさまレシートが出力された。なるへそ。これで会計終了ね、わかった。


「俺と白峰は先、あいつらに持ってくから」

「真条くん、頑張ってね」


 少しぐらい待ってくれよ薄情者めと抗議する前にそそくさと生形と白峰は行ってしまう。なんだよ。


「はい、おまちどお!」


 背後に殺気を感じると、すでにそれは形成されていた。


 ラーメンどんぶりに山を形成した中華丼、あじフライ2枚、唐揚げ3コ、ミニナポリタン、にんじんの混じったキャベツ千切りとポテサラ、1/2バナナ。


 絶句した。


 もう、湯気もうもうである。


 いやないだろ。どんだけビッグでジャンボなの。ヘタをするとこれ俺の通常の摂取カロリーひと月ぶんぐらいまかなえるんじゃないのこれ。見てるだけで若干気持ち悪くなってきたんですけど。


「サービスで特に大盛りにしといたからね。たんと食べな!」


 ほれ、持ってきなと威勢良く送り出そうとしてくる。万理子さん並に恰幅かっぷくのいいおばちゃんだ。これは抵抗しようものなら、頭をワシ掴みにされこの熱々の中華丼に顔を突っ込む羽目になるに違いない。でも、僕、特に大盛りを特盛りというと思います。


 はぁ……おまけにまだ注文を待つ、学生たちが数多く控えている。


 感謝を告げて、去ろうと持ったプレートが重かった。ずしっと来るってどうかしてるぞ。ハイパー体操着使ってやろうか。だが、またお腹痛くなったら嫌なのでやめておく。


 暗澹あんたんたる気持ちで生形を探し始めるとおなじみ視線の数が増している事が一瞬でわかった。


「すっげ。……あれ食うのか」

「ビッグジャンボだ……」

「BJ……」

「はじめて見た……」


 少なくともBJはやめて頂けないか。医師免許のない医者みたいだろ。


 いくつものひそひそしていないひそひそ声を拾い上げる耳をふさぎたいのはやまやまなのに、あいにく両手が塞がっている。


 つうか、あやつらどこだ。見当たらないんですけど。こんな特盛りたずさえて、さまよってたら馬鹿みたいじゃないか俺。誰も友達いないから、席を確保できなくて便所でしょっぱくてくさいランチを食べた前世の思い出よぎるぞ。泣くぞ。


「皆さんでしたら、あちらのテラスです」

「ん、ああこりゃどーも」


 確かに外のテラス席を見れば、白峰が手を振っていた。ようやくこっちに気づいてくれたという顔をして手を下ろす。ごめんな、お前の気持ちに気づいてやれなくて……




 じゃない。


 ――誰。


 おそるおそる、声の方へ首を向ける。



「その節はありがとうございました」


 まったく俺のプレート上でそびえる山と同じ風景が広がるのを両手で持ったまま、器用に深々と頭を下げ、そして上がる。





 前髪の隙間から、ビー玉じみた透き通る瞳がのぞき、




「あなたのいおりです。先輩」

 

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