第12話 “おいでよ、どうぶつ♂の森”




 熱闘ホームルームが終了し、今は亡き失敬、今は遠く彼方の地からみんなを見守っているらしい、やのっぴの机と椅子と想いを受け継いだ俺は、


「はい、次の方」

真条しんじょうくん真条くぅん、好きな食べ物教えてぇーん」

「あー……えと、なんでも、かな。嫌いなもんはない、よ。全部食べるようになった。マジで」

「はい、次の方ー」

「真条クン、ウチ、さっき言ってたアレ立候補していい系? 清き一票系?」

「立候補って選挙? あーわかった。将来、投票の時には君の支持する政党に一票入れますんで」

「はい、次の方ー」

「あなたは神の存在を信ジマスカ――」

「はい、次の方ー」


 取り囲まれ、女子陣営より質問リンチを食らっていた。おかずとかあるだけでありがたいもんを好き嫌いしないからね。『それ食べないの? なら頂戴ちょうだい』これぞハングリー精神だよ。大体な、お残しってのは許されないんだぞ。ソースは食堂のおばちゃんが言ってた。


 さながら敏腕マネージャーのごとく、時には宗教・政治勧誘、またある時には3サイズを聞いてくるなんてデリカシーのないやからなどなど魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいをさばいてくれている麻倉さん。ありがたすぎる。


 これまでアイドルの握手会とかで警備のバイトもやったが、「がし」という持ち時間を守らないファンをアイドルから文字通り剥がすのは滅茶滅茶大変なのだ。アイドルの名前を数千個全身に書いて馳せ参じたファンとか、お前、耳なし芳一かと思ったわ。さすがに耳を掴むわけにもいかんからどうにかタンクトップを掴んで悪霊退散させたけど。はぁ、他にも色々あったけどありすぎたけど……、


 まぁそれはさておくとして、質問もいい加減にしてくれ。さっきから質問者の壁の合間から本の世界へ没頭することを邪魔されているクロロン……じゃない、えー黒木、さん。そう、黒木さんがこちらへ絶対零度ぜったいれいどの視線を送ってきているのがすげぇ怖い。氷結耐性の炎系装備なんてもってないっすよ自分。


 何度か目が合うが、その度にこっちが光の速さで目をそらすことを繰り返していると、やがてため息をついて、サブバッグと思しき鞄を持って教室から出ていってしまった。いや、あれガチで1名様お帰りになってないよね? 俺のせいじゃないよね?


 ため息つきたいのはこっちもだよと、人知れず苦労を嘆く。


 何回も言うけど休憩プリーズ。もーとんだブラック転校ですよ。緊張としゃべりづめのせいで喉カラッカラだよ。水が飲みたい。水をくれ。昭和の運動部か、ここは。


 あーどうしたもんかなと考えあぐねていると、


「おいおい、お前ら、いい加減にしろ。真条困ってんだろうが、早く更衣室行けよ。とっとと出ねーと俺が先に脱ぐぞオラ」

「あーあー、ほらほち、みんな、うぶちんの汚いのなんか見たくないでしょ? 出ようよ。ねねっ」


 例の男子が既にワイシャツ姿で今にも脱ぎ出さんばかりの構えを取っていた。やばいな、こいつやっぱ変態かもしれん。だが、俺も精神年齢はいい歳、許容量はそこそこある。菩薩ぼさつのような表情を浮かべていると事態は進んでいく。


「オエップ。誰も生形うぶかたのなんて見たかないっつーの」

「ウケケケ、千紗の言う通りに従うとしよう……」

「さぁ、移動移動ー」


 羊飼いのように、前園さんは俺を囲んでいた女子たちを見事教室の外に追い立てていく。そして殿しんがりとなった前園さんは扉を閉じる間際に、ごめんねとこちらに手を立てて謝るジェスチャーを取り、していった。


「あいつら……ったく。誰が汚いだっつの。見たことねーだろ」


 いや、どうあがいた所で野郎は汚いから。そういうもんだからという内心のツッコミを例の男子に入れていると、いつの間にか麻倉さんもドロンと姿を消していたことに気づく。忍者の末裔まつえいなんですかね?


「真条くん、大丈夫?」


 突然、声をかけられ、そっちの方向へと顔を向ける。すると目に飛び込んできたのは、色白、童顔、華奢きゃしゃ、という三拍子揃った一部業界では人気の高そうな、


「僕は、白峰しろみね塔矢とうや。これからよろしくね」


 あ、男か。いかんいかん、ミスリードされかけたわ。『性別とかもう、そういうのどうでもよくない?』という気にさせる人かと思った。危なかった。


「……ども。よろしく」


 挨拶と共に差し出された手を握り返す。すべすべで産毛すらえてないのが凄いと思いましたまる。


「僕はそこの席なんだけど、何か困ったことがあったら何でも聞いてね?」


 ちょうど左斜め前にある例の男子の一個前の席だと、つまり俺が将棋の桂馬なら取れる位置ということか。で、今ならご近所さんキャンペーン中ということで仲良くしてもらえるらしい。ありがたいことだ。


「それにしてもびっくりしたよ。いきなり、文句あるか? から始まって、婚約者フィアンセを探しに来たとか」


 おいやめろ。反省してますから、同じ事を改めて口に出して繰り返さないでください。早くも黒歴史になってるんだからそれ。


「ま、まぁ、その、ほら、なめられるわけにはいかないというか。だね」

「いいと思う!」


 取りつくろおうとした瞬間、思いっきり肯定された。え、えぇ…………、


「今年、1年きっと楽しくなると思うんだ。なんてったって、謎の転校生からの波乱の幕開けからだからねっ!!」


 なに、この子、もしかしてとんだ青春ヤロー? すげーにこやかに言ってのけてるけど、なんか勘違いしてるのでは。もっと穏やかに1年行こうよ。毎日お昼寝とお遊戯だけして過ごそうよ。俺、それがいい。そしてジャングルジムとすべり台で遊ぶんだ。


白峰しろみね、いいこと言うじゃねーか! その通りだ!」


 すでに上裸じょうらになっていた例の男子が叫んだ。なんで脱いでんのこいつ。ってか、他の奴らも脱いでるよね。ななななにこれ。鳥肌立ってきたんだけど。女子が消えて、何が始まるんだ。薔薇園ばらえんですかここは。


 ガシッと例の男子に肩を掴まれる。悲鳴を上げなかったのが奇跡だ。


「真条!」


 間近で叫ばれる。だれか、警察ポリスメン警察ポリスメンをここに。


「お前が、どんなことがあって来たのかは知らねぇ。けどな、皆の前で啖呵たんか切ったあの度胸はすげぇよ」


 いつの間にか、肌色成分多めの男子高校生たちの視線を独り占めしていた。いや、みんなうなずくより先に、そのはきかけの短パンをはけ。それにアレは痛恨のミスなだけであって、自分の意思ではないのであって、


「――わかるぜ」

「マジで?」


 つい声が出た。こいつさとり妖怪かよ。エスパータイプはお見通しってわけ? 凄いわ。例の男子凄い。名前がいまいち掴みきれてないのが途端に申し訳なくなってきた。


「ああ、お前の反応見てたら、そりゃピンとくるわ」

「わかっ――」


 て、




「黒木に惚れたんだろ?」




 誰だこいつをエスパーとか言った奴。俺が出ていってやっつけてやる。


「まぁ……正直、さっきのは手厳しい負け方だったけどな」


 全てわかってるぜみたいな、キメ顔やめろ。周りもうんうん頷きながら、あいつかわいいもんなーとか口々に言うな。


 全然、ミリもわかってないよこの人。別に惚れてないから。俺はちょっと優しくされないと惚れないから。


 これは流石に訂正しないとまずい気がして、


「いや、……つうか、そもそも負けてないし」

「!! ……たしかにな。お前はまだ負けてなんかねぇよ。みんな、聞いたな!?」


 しかとこの耳で聞きましたぞ、と手でうさぎの耳を作るやから、スマホのボイスレコーダーアプリを見せてくる輩、お尻にできたニキビに気づいて泣きそうになってる輩、などなどに、僕はこのクラスが大好きになりました。でも、おかしいな。目から優しさ汁があふれそう。


「そう、そもそもここにいる奴ら含め先輩後輩あまたの勇者が挑んでは無残に散ってった。んな強敵だ。一撃で仕留められるわけがねぇ高嶺の花子さんだ。何回も何回も、何遍なんべんでも、諦めずに挑み続けるしかねぇんだよ。あの黒木くろき稚奈わかなってやつにはな」


 なんか暑苦しい。こんなに暑苦しい演説なのに心に響かない。なんででしょう。服着てないからだね、そうだね。つかクロロンさんをRPGのボスみたいな言い方するのはどうかと思います。


「いいか、真条、お前のその負けを認めねぇ態度はきっと正しい」


 まぁただ……、無駄に熱く大声を張り上げているのも、なんかフられたことになってるらしい俺を励ますため、なんだろうか。だとするなら、なんというか、兄貴というか親分みたいなやつだな。まぁ違うなら、金輪際こんりんざい仲良くなることはないけど。


「まっ要するにだ。あれくらいでめげんなよ。俺はお前の恋路こいじ、応援するぜ」


 間違っている。そもそも根本から間違っているのだけど、ただ、どうしてだろ。


 ――それでも、やっぱり自分のことを考えて言ってくれたのが嬉しかった。


 改めて考えてみれば当然で、俺は前世も含めて、高校生活が初めてなのだ。憧れの高校生活は一応去年から1年ほどやったけど、とてもじゃないが母さんの葬儀やら金銭かねのことばかりが頭を占めていて、青春なんてこれっぽっちも謳歌おうかする暇はなかった。朝夜問わないバイトの疲れのせいで、学校にいても舟ばっかりこいでた人間だ。

 

 さぞかし、周りからしたら扱いにくい人間だったことだろう。


 それが今はどうだろう。あれほど頭を悩ませていた借金はすぐには考えなくてもよいことになり、こうして私立の学園に立っている。これを奇跡のような幸運と呼ばずになんと呼べばいいのか。



 ――そしたらきっとね。はじめが困ったときは、

 ――誰かが、助けてくれるから。



「……とだよな」

「? どうした?」


 いや、なんでもないとこうべを振るう。眼にゴミが入っただけのことだ。あくびしただけのことだ。


 俺は立ち上がり、ちゃんと頭を下げて、もう一度、


真条しんじょうはじめです。改めて……そのよろしくお願いします」


 まず、その音は隣から。

 そして次第に、波紋が広がるように、こんな新参者を迎え入れてくれる音の輪が広がっていく。


「俺は生形うぶかた進之介しんのすけ。歓迎するぜ。ようこそ、2-5に」


 なおも続く拍手に気恥ずかしくなって、頬をかく。不安はいまだ消えないが、これならどうにかやっていけるかもしれない。


 と、


「おーし、うちのクラスの一員になった以上、真条も大事な戦力だ」


 思わず眉根が寄った。


 は? 戦力って何言ってんだこいつ……ちょっといい奴かもと思ったらこれだよ。やっぱりちょっとこう脳に不安要素がある方なのかな。


 普通クラスメイトを戦力で測らんだろ。なんだここは、世紀末救世主高校なのか。力こそパワーの世界なのか。愛などいらんぞ。嘘です。めっちゃ欲しいです、愛。


「お前ら、ぜってー勝つぞ!!」


 しかし、生形が片手を掲げるや否や、続々と「おっしゃぁ!!」とか「ブッコロ!!」といった血の気の多い言葉が飛び交い始める。なにエンブレムでもかけるの? この人たち情緒不安定なの。


 同じく苦笑いをしている白峰とやらに小声で尋ねる。キミ、困ったら質問してと言ったな。それがナウ、それがヒアです。


「あの、か、勝つって何に?」

「あはは……まぁそうだよね。真条くんは知らないかもしれないけど、うちの学校と仙葉せんよう学園っていう関西の学校とで伝統的に合同体育祭をやるんだけど、それが来月あるんだよ」


 んで、と耳ざとく聞いていたらしい生形は俺と白峰の首に手を回すと、ニターッと笑い、



「これからそのための、体力テストだ。まずな。期待してるぜ、転校生」

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