第8話 “続 イケてる転校生大作戦”





「なんということでしょう……なにゆえでしょうか」


 あろうことか麻倉さんの姿はどこにもなかった。おかしくない、おかしいよね。少しくらいワタクシを待っててくれてもよくないですか。


 老紳士の嘘つき。とボヤきつつも、俺は仕方なく同じ制服に身を包んだ人の流れに従い始めた。


 そしたらば、すぐにいたたまれなくなり背筋が丸まり始める。


 心なしか、というか絶対にヒソヒソされてるんですけど。ほら、今もあそこのグループの女子、こっちを指差してますしお寿司。


 いや、ヒソヒソされるのは経験上、良くも悪くも経験があるんですが、ほらね、登校してきた瞬間に「うわ、来たよ……」的な反応みたいなね。聞こえてるからね、声をつつしめ。うん、こっちも気付かないフリを装うのも結構大変なんですよ。あれ、涙出てきそう。


 ……、で、そっちは前世。こっちの今世では、


 視線をたどり、ちらと流し目を送ると、キャッと悲鳴を上げて女子グループは走り去っていった。


 いや、これはこれでどうなんですかね。前世は視線を送ったらギャーッ!! ってパニック映画みたいな悲鳴をあげて逃げられたけど、こっちもこっちで逃げられてるからね。


 極端すぎるってばよ。もうちょっと、ちょうどいい塩梅あんばいなかったんかいと俺は問いたい。


 ため息をつきつつ、俺は一人で通学路を歩く。体感で10分もしないうちに、校舎と思しき建物が見えてくる。


 校門の付近ではおはようと挨拶を交わし合う光景が広がっているが、俺には当然その相手などいるはずもない。別につらくないし、手間省けるだけだし。


 さて、着いちゃったけど、マジでこれからここへ通うのか。と半信半疑というよか、一信九疑くらいの心持ちで、正面の学び舎を見上げていると、


「おい、そこのお前」


 竹刀にジャージ姿というテンプレみたいな体育教師が、ホケモントレーナーのように接近してきた。


「は、はい?」

 え、これバトル始まるのかと身構えていると、


「見慣れん顔だな。本当にうちの生徒か」


 す、鋭いわ。この教師。答えようにも、フワッとした話しか聞かされていない俺が証明する手立てはこの制服くらいしかない。


「そ、そのはずなんですけども」

 揉み手をしつつ、とりあえず下手に出ておくと、


「そうか、ならば校歌を歌ってみろ。今、この場で」


 歌えるわけねーだろ。馬鹿か。どこに転校初日で堂々とその学校の校歌を歌えるやつがいるんだよ。


 つい口に出かかったが、へっへっと曖昧に笑うことでごまかす。まぁ相手、得物えもの持ってるしね。心の中では人間、誰しも無敵だから。


「貴様ぁ、まさかあの素晴らしい校歌を覚えておらんのか。まさか、仙葉せんようのスパイではなかろうなぁ……っ!!」


 勝手にヒートアップして、竹刀がミシッと悲鳴をあげる。待って待って、あれ振り下ろされたら、竹刀でも俺、真っ二つになりそうなんですけど。オーラ的な刃出てるよあれ。


 が、そんな体育教師に冷水を浴びせるかのような着信ボイスが流れる。


 これで、どっかの球団の応援歌とかならわかるんですが、完全にアニメ声の語尾が「にゃん♪」でした。ありがとうございました。あの、これ聞かなかったことにできませんか。無理ですか。そうですか。


「ぬっ!!  待っていろ。ウェルミィちゃんが呼んでいる」


 一方的にステイを命じられると、教師はスマホを取り出し、話し始める。いちいちリアクションがでかい。なんとぉっ!! とか、ダァッはっは!! とか。音圧で身体がしびれる。


 そして、待つこと数分。その間、登校してくる生徒たちの耳目じもくを集めること集めること。フルコンプリートの勢いである。


「よしっ、わかった。貴様、転校生だなっ!!」

「は、はいっ」


 不意打ち気味に通話が終わり、気をつけをする。


「俺は、金城かねしろべん、見ての通り音楽教師だ」


 嘘こけ。そんな毛深くて太い指でピアノ弾いたら、ショパンじゃなくて悲鳴しか出んわ。竹刀じゃなくてタクト持てよ。もうワンサイズ大きいのをお持ちしますってショップ店員に持ってきてもらったのかって話ですよ。なんでこんなとこで生活指導みたいなことしてんだよ。


 あってはならない自己紹介に目をいていると、


「ついてこい、職員室まで案内してやる」


 きびすを返すなり、早足でずんずん進んでいってしまう。反応できずにいると、「走れっ!!」とどやされたので、慌ててその後を俺は追うのだった。


 ここって軍隊学校じゃないですよね?







 職員室にまでやってくると、


不二崎ふじさき先生、転校生が来てますぞっ!!」


 いちいち怒鳴るのどうにかならないのかとうんざりしていると、職員室の隅の席から眼鏡をかけ、クセ毛頭のいかにも優男といった風体の人物が早足でやってきた。


「きみが真条くん? 詳しい事情は色々聞いているよ。はじめまして、担任の不二崎です。よろしく」


 一礼し、俺もよろしくお願いしますと返す。いや、ぱっと見だけだけど、隣の音楽教師が担任じゃなくてマジでよかった。これに比べたら、いかにも無害そうな人だ

。無害、というのは何もしないということの裏返しでもあるが、まぁ昔のことはいい。


 とりあえず事情を聞いているということは今回の俺が転校してくる経緯とかはわかっているのだろう。さすがに麻倉さんしか知らないとかはないだろうし。


「これからぼくの受け持つ、2-5がきみのクラスになります。まだ学年が上がってクラスが変わったばかりだから、きっとすぐに溶け込めるんじゃないかな」


 人間関係が固まり切る前とはいい知らせだとは思うが、ここで溶け込めなければきっとぼっち確定ルートであることもまた明らかだ。つまり初っ端から勝負である。


 しかもそれプラス、アダムスプログラムをやれと、はっはっはっ元ぼっちでられっ子に無茶をおっしゃいますな。


「真条くんは部活動とかは決まってますか? うちはメジャー、マイナー問わず部活動も盛んだから、もしも興味があるような体験入部とかをしてみるといいよ」


 まぁ進学校にこそありがちな、文武両道精神なのだろう。だが、


「いえ、バイ、……アルバイトしてるので、部活とかはあまり……」


 言いかけて、ここ校則的にバイトとか大丈夫なのかと不安になる。いや、違反になろうがなるまいが、結局やりますけど。


「ほう、貴様、勤労学生か?」


 まずったかと思いつつ、頷き、

「そ、そっすね」

「励むといい。労働を知ることもまた学びの一つだ」


 意外にも音楽教師、金城かねしろは肯定してくれた。実際は、濃ゆいが悪い人間ではないのかもしれない。


「それじゃあ行きましょうか。ありがとうございました。金城先生、あとは私が案内します」


 自分の机にまで戻ると不二崎は出席簿を片手に出口へ向かうよう促す。


 うわ、いきなりか。そりゃそうなんだけど。お腹痛くなってきた。トイレタイムをもらいたいのですが。


「待て。真条、俺が一発気合いを入れてやろう」


 待て待て、腹痛いっつったでしょ、刺激を与えるとか俺を殺す気か。下の替えなんてないんだから、転校早々、下だけジャージってわけわからんだろ。どうしちゃったのって聞かれちゃうでしょ。


 なんとしても金城の一発を回避するべく、身体中の元気を振り絞り、土方ドカタのバイトの時のテンションに持っていく。


「うぉっしゃらぁあっ!! 気合いをバチコ入りましたぁっ!! 金城先生、あざまぁっす!!」

「お……、おう? そ、そうか」

「ブッ込んでいきますよ。ッシャオラッ!! 生コン持ってこいやぁっ!! そんじゃ、失礼シャッシャぁっしました!!」


 どうにか職員室を辞することに成功する。このテンションは多大な精神力の消費と語彙力ごいりょくを著しく低下させる。今のコンディションじゃ3分と持たん。限界だ。


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないでーす」


 不二崎に追いつくと、トイレタイムを申請する。すると、トイレならそこですと示された。すみません、ちょっとだけお待ちくださいと言い置いて、俺は駆け込む。


 個室へ入るなり、便座に腰を下ろす。そして、深呼吸。やはりトイレは落ち着く。かつては屋内なのに雨が降ってきて、おまけに笑い声が響いてくるという怪奇現象もあったが、それも今は昔である。この空間だけは俺だけのものだ。もちろんゆっくりする時間はない。10秒だけと最初に決めて、目を閉じ心を落ち着ける。


 1,2,3,4,5,6,7,8,9,


 きっかり10まで数えると、名残惜しさを覚える隙を与えることなく手洗い場へ立つ。


 やるしかない。

 基本、人前に出ることなく幕まで閉じた俺だ。失敗して、当然。ダメでもともと。


 ……大丈夫だ。鏡の中の俺はかつて前世とは違う。かっこいい。少なくとも俺が、街で瓜二つの他人を見かけたらイケメン死ねと思うくらいには。


 が、そんな外側かおに中身は伴っていない。それは俺が一番よくわかっている。これは自分の力で、手に入れたものじゃない。勝手に与えられた幸運なプレゼントでしかない。だから、分不相応なのだ。だから、持て余しているのだ。


 男は中身じゃない、顔だ。それもよくわかってる。だけど、それでも俺は顔はこの顔であるからこそ中身を育てていきたい。そうしないと、きっと本当の意味で幸せにはなれない。


 そして最後になってしまって申し訳ないが、アダムスプログラム? ちゃんちゃらおかしいけど、外も中も全部含めて俺を好きだと言ってくれる人、もしもそんな人がこの世界にいるのだとしたら、相応しくありたい。


 がんばろう。もうあんな後悔は死ぬ間際にしたくないから。


 よし、イケてる転校生、真条しんじょうはじめのデビュー戦だ。


「がんばれ、俺。行くかっ!!」


 出ようと、身体の向きを変えようとした瞬間、


「ようやく、準備完了って感じですかね?」

「うぴいいいいいいいっ!?」


 心臓止まるかと思った。てか、コンマ何秒か止まったと思う。脳が勝手に作り出した幻影かとまばたきを繰り返すが、目の前に立つ麻倉さんの姿は消えない。


「え、え、え? だ、男子トイレ。ですけど?」


 女子禁制のはずなんですけど? ジェンダーフリーなトイレとか? 先進的な学校ね、ここ。


「お気になさらずー。まずは先ほどのご活躍、感心させて頂きましたっと」


 音を立てずに、麻倉さんは拍手をする。お気になさらずって……、無理だろ。いや、手洗ってたぐらいだからいいけど、スプラッシュしてる最中だったら大事おおごとですよ? ってか、今までどこ行ってたの。同じく、お腹痛かった感じでしょうか。同志よ。


「あ、いや、そうですよ。さっきのあれなんだったんですか!? 説明しといてくださいよ、先に!!」


 おかげで、どエラい目にあったわ。


「説明? どういうことでしょう?」


 しかし、麻倉さんは首を傾げる。お待ちなさい、俺はもう騙されませんよ。


「さっきの痴漢騒動ですよ、仕込みってもっと早く言っておいてくれれば、俺もこう……心の準備的なのが、ですね」

「仕込み……?」


 首どころか上体まで傾いてきた麻倉さんは、

「あの騒動は、別に私が仕込んだという訳じゃありませんよ?」

「ワッツ?」


 流暢なイングリッシュが飛び出た。日本語に直すと、なん……だと……に当たります。


「いやいや、だって、あれですよね。目が合った時に、麻倉さん、こう口を動かしてましたよね。『し・こ・み・です・いってください』って!?」

「いえ、ここからは『ひ・と・り・で・行ってください』って動かしたつもりでした。そしたら、あれよあれよと言う間に痴漢を撃退されたので、こちらとしても感心しきりだったという訳です」


 え、嘘、じゃ、あれ、あのおっさんとか前髪の子とか劇団の人じゃなかったと。


 は、はは、わおっ、ええー、嘘、これドッキリだったのぉ!?


 超サイアクなんですけどー。あれ、ドッキリ大成功のプレート持った人、どこですかー。


「あの大活躍のお蔭で、早速、校内にお手柄転校生、しかもイケメン説が流れ始めてます。やりましたね。いきなり第一段階クリアといってもいいかもです」

「え、嘘でしょ……?」

「マジです。大丈夫、口が軽くて交友関係が広い人とか、放送部、新聞部の人たちとかにちゃんと伝えときましたので」


 なんちゅうことをしてくれるんだ。このアマ、ちょっとかわいいからって俺が、何もしねぇと……いや、何もできないですけどね。じゃがいもみたいな顔だったらできるんだけどなぁ。ちょっとととのいすぎだなぁ。


 指先を突っつき合わせていると、麻倉さんはポケットから銀色の何かを取り出し、


「先ほどのようなこともありますので、これをお渡ししときます」

「……なんですこれ?」


 渡されたのは、腕時計。シックなデザインがかっくいい。ブランド名はどこにも刻まれていないが、いかにも高そうなモデルだった。いったい、何年刺身の上にタンポポを乗せ続ければ、こんな代物が買えるのか。


「まぁ簡単にいうと、腕時計型の通信端末です」

「え、ちょ、なんすかそれ、カッコよ、なんですけど」


 失礼ー、と腕を掴まれ、時計の竜頭を示しながら、――ここを回したり引っ張ることで操作します。詳しい説明は省きますが、結構トンデモ製品なので、習うより慣れろの精神です。


 と、俺がドギマギするのをお構いなしに説明してくる。いやその、ボディタッチやめましょ、ね? ってか、トンデモって、


「ち、ちなみにこれ麻酔銃とかもいけます?」


 ニッコリ笑うと、


「当局には、そういったものが好きな人がいまして。麻酔銃とか言い出すと本気で付けかねない人なので、この場のみの冗談でお願いします」


 えー、その人と仲良くなれそうな気がする。ロマンだよこれ。男の子こういうの大好き。拝み倒せば、ジェット付きスケボーももらえないだろうか。乗りこなせる気はないけど。


「表示盤はアナログ時計のようにしていますが、実際はデジタル表示も可能になっています。これで音声での会話が不可能な時に、メッセージをこちらの表示で確認するようにしてください。私や他の関係者が連絡を寄こしてくることもあるかもしれません」


 その証明とばかりに保護ガラスの所に文字が表示される。すげぇ、ガラスがいきなり真っ黒になったと思ったら、そこに表示されている。何この、謎技術。


「Good Luck」

 お、これは誰だ。えーなになに、

「chu!」

 ジョリジョリさんだな。見覚えのある唇の形だ。見なかったことにしとこう。


 そっと左手を下ろすと、今度は、


「そして、これはスマホです。さすがにこれなしで、今の時代、友人関係を築くのは不可能です。無論、我々の方で、ちょっと特別なカスタマイズが施されているので、一見、人気機種に見えますけども完全にOSから専用アプリ、何から何まで別物と考えてください」


 うおおお、とうとう、俺もスマホデビューか。これで、学校で休み時間に爆睡している時に叩き起こされて、連絡先聞かれても、「あ、ないです」って答えなくてもよくなるんだな。感慨深い。


 矢継ぎ早に、ガジェットを渡されたが、これも戦の準備のようなものだ。足りない実力と自信は、そう装備でカバーだ。課金装備しか勝たん。


「さて、そろそろ不二崎先生も待ちくたびれている頃合いでしょう。真条さん、お腹を押さえながら出ていくことをオススメします」

「いや、まぁそりゃそうなんでしょうけど……」


 軽いなぁ。でも、

「ありがとうございます。麻倉さんみたいになれるよう、がんばります」


 きょとんと、した顔をさらすと、しまったという顔に転じ、そして、


「ネクタイが曲がってますよ」


 すかさず、至らぬ点を指摘し直してくる。相変わらず、カッコよいことだ。


「では、また。期待してます」


 へ、とこぼす間に送り出される。てか麻倉さんがこの後、どうやって男子トイレから出るのかも気になるし。

 

 勝手にハードルを上げられたが、よし、こうなったら男、真条基やるしかない。


 ひとまず、


「お待たせしてすみませーん、先生、お腹が少々ナイアガラでして……」


 お腹を押さえて、担任の元へとチョコチョコ走りで戻っていく。





 いやカッコ悪いだろこれ。






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