6.宇宙犬クドリャフカ
「で、今日は何の用だい?」
オコノギが銃を撫でながら妖しげに笑う。
「ああ、ちょっと腕の調子を見てもらいたくてよ」
聞けば、カミオカの義手を作ったのも彼なのだという。
カミオカが義手を見て貰っている間、オズマは狭い店内を見て回った。
最新式の銃から年代ものまで様々な武器が並ぶ店内。
「欲しいものがあれば買ってやるぞ」
カミオカに言われ、オズマは銃をワンランク上のものに変えた。
少し値は張るが、人間を守るため、必要な装備だ。オズマはギュッと銃を握りしめた。
*
オコノギの店を出たカミオカは、一軒の飲み屋の前で足を止めた。
「次はここに入るんですか?」
「ああ」
ドアを開けると、中はほぼ満席。アルコールやタバコの匂い、人々の話声、熱気の入り混じったものが一気に押し寄せてくる。
オズマとカミオカは入り口近くの席に腰かけると、メニューを開いた。
「さーて、まずは腹ごしらえだ。何食おうかなあ。鯛茶漬けに、だし巻き卵に……オズマ、お前は――」
カミオカがメニューを手にオズマに笑いかける。オズマは少しきょとんとした後、首を横に振った。
「いえ、ぼくは」
「ああ……そうだったな」
カミオカは頭を掻いた。
「すまんすまん。どうも、お前が
「それは……望ましいことではないと思います」
「いやでも、俺に限った話じゃ無かっただろ? お前を知っている奴は皆そうだったし、スバルも――」
カミオカはそこまで言うと、何かを思い出したかのように口をつぐんだ。
「……いや、この話はまた後にするか。おセンチな気分に浸るにはまだ早いからな。とりあえず、飯だ飯!」
カミオカが店の女将を呼ぶと、彼女は驚いたように目を見開いた。
「あら、カミオカさんじゃない! いつここに戻ってきたの?」
にこりと笑う若女将。彼女の名はミヨ。地味な服にそっけない化粧。ものすごく美人だというわけではないが、その笑顔には不思議な魅力がある。
「いつものでいい?」
「いや、今日は飲まねぇよ。この子を連れてかなきゃならないからな」
ミヨはきょとんとした顔でオズマを数秒見た。
「へぇ、じゃあその子が十二年前の……もっと精悍なのを想像してたわ」
「あんまり見くびるなよー? 見た目はひ弱だが、根性は折り紙付きだ」
「ふふっ、あなたが言うならきっとそうなのね」
彼女は笑うと、腰に手を当ててこう言った。
「で、早速本題に入るけど、水路を開けたほうがいいのかしら?」
「ああ、話が早くて助かるぜ」
「そうなんじゃないかって思ったの」
ミヨはエプロンのポケットから錆びついた鍵を取り出し、カミオカに渡す。そう、今回の彼の目的は食事ではなく、水路の鍵だったのだ。
「はい、無くしたら承知しないからね?」
茶目っ気たっぷりにウインクするミヨに、カミオカは苦笑いをした。
「分かってるって」
「それに、これ」
ミヨはポケットからもう一つ別の鍵をカミオカに押し付ける。
「ん?この鍵は?」
「シェルターの空き部屋の鍵。まさか徹夜で水路の中を通るっていうの? 夜の水路は危険よ?」
「まあ……それもそうか」
カミオカは納得した様子で鍵を受け取る。
「それに最近あそこ野良犬が住みついちゃったっていう話だし」
「えぇ? んなもんどっから入ったんだよ」
「さあ……もしかして、水中を通って入り込んできたのかも」
「ふぅん、まあいいさ。ついでに退治してきてやるから」
二人の顔を交互に見ながら、オズマは不思議そうに話を聞いていた。どうやら二人がこの先通る水路は、想像していたよりも危険な場所であるらしい。
しばらくしてカミオカの料理が運ばれてきた。その中には注文していない里芋の煮っ転がしがある。ミヨのサービスだろうか。
カミオカが久しぶりの温かい料理の味を噛み締めながら食べるのを、オズマは嬉しそうに眺めていた。
*
カミオカが食事をしていると、小さな少女が絵本を持って駆けてきた。
「ねーねーカミオカのおじちゃん! ご本読んで!」
カミオカは苦笑する。
「えー? まあ待て。おっちゃん食事中だから、食い終わってからな?」
口の中にだし巻き卵を運びながら言ったカミオカに、少女は「えー?」と声を上げた。
「ぼくが読みますよ。カミオカさんは食事中ですから」
くすりと笑うオズマ。少女はオズマの膝に座った。少女から絵本を受け取ったオズマは、表紙を見て一瞬息を止める。
『宇宙犬クドリャフカ』――表紙にはそう書かれていた
クドリャフカとは1957年、ソ連の宇宙船 スプートニク2号に乗せられたメスの犬の名前だ。
彼女は宇宙へと旅立った最初の動物となり、二度と地球へは帰ってこなかった。
絵本には、宇宙への片道切符を持ったまま、人類の未来のために旅立っていった様子が、優しい文体で書かれている。
「……こうして、クドリャフカはお星さまになり、いつまでも私たちを見守っていてくれるのです」
オズマが最後のページをめくりそう言うと、少女は目を丸くし、きょとんとする。
「えー⁉ クドリャフカ、死んじゃったの? 可哀想!」
不満げな表情の少女。彼女は、クドリャフカが無事に地球に帰ってくる結末を予想していたに違いない。
オズマは返事ができなかった。
確かにクドリャフカは可哀想そうな犬なのかもしれない。
でも――
オズマは閉じた絵本の表紙をじっと見つめた。
でも、一方で人間の役に立ち、英雄として死んでいったこの犬が、オズマには少し羨ましく思えたのだった。
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