1.古びた研究所

1.オズマの目覚め


「やっと会えた。久しぶりだな、オズマ」


 オズマの目の前に立っている男――カミオカは、ほっとしたような微笑みを浮かべた。


 

「どうして、あなたがここに?」


 状況はそのものはすぐに理解できた。彼が自分を起こしたのだと。しかし――

 オズマが戸惑いながら立ち上がると、体にかかっていた毛布が、はらりと床に落ちた。


「……って、お前、すっぽんぽんじゃねぇか!」


 カミオカは慌てたように声を上げる


「あ」


 オズマはカミオカに言われてようやく自分が何も身にまとっていないということに気づく。


「全くよぉ。......待ってろ、こんなこともあろうかと思って用意してきたんだよ」


 カミオカは、荷物の中から、ぶかぶかのコートとハンチング帽を取り出す。


 薄暗い部屋。古びたパソコンの画面が煌々と光を放ち、オズマの白い肌を照らす。


 オズマはパソコンに示された日付をぼんやりと見つめていた。

 2253年8月。オズマが眠りについてからずいぶん時が経っている。カミオカも老けるはずだ。


 着替えが終わり、オズマが少し困ったような顔で余った袖をちょこんと引っ張ると、カミオカは笑う。


「ちょっと大きかったか? でもなかなか似合ってるぜ」


 オズマは2240年代に当時の科学技術をすべて動員し製作された人型アンドロイドだ。


  外見も動きも会話も、どれ一つとっても人間となんら遜色ない。むしろ知能においても動作においても、人間より優れているくらいだ。

 オズマが人間ではないことを見分ける手がかりといえば、側頭部についたイヤレシーバーぐらいのもの。


「よし、お色直しも済んだし、そろそろ出発するか!」


 カミオカは勢い良く宣言し、立ち上がる。


「全く、ここまで来るのに大変だったんだぞー? はるばる野を超え山を越え」 


「待ってください」


 大げさな身振りでここまでの苦労を解説するカミオカを、オズマは遮った。


「今さら、ぼくに何の用があるというのですか。ぼくに課せられた使命はすべて――」


「ところがどっこい、終わっちゃいないのさ」


 カミオカはニヤリと笑う。


「だからいつまでもこんなカビ臭いところに眠ってないでよ、一緒に行こうぜ、オズマ!」


「いえ......ぼくは......」


 オズマは浮かない顔で首を振る。


「うーん、この手はあんまり使いたくないんだが……」


 カミオカは困ったように頬を掻くと、オズマをを真っすぐに見据えた。


「これは命令だ。ETEH-01。俺と一緒に来てくれ」


 オズマは大きく目を見開いた。

 カタカタと蜘蛛の巣まみれの換気扇が回る。


「……承知、しました」


「よし、いい子だ!」


 盛大な笑顔で笑うカミオカを、オズマは少し浮かない顔で見つめたのであった。





 部屋を出た二人は慎重に周囲を見回した。


「どうもそこらを徘徊してる機械やらなんやらが多くてな。下手に触ると襲い掛かってくるから気を付けろよ!」


 カミオカはオズマに銀色に光る小さな光子銃を渡す。電磁波を発射する対ロボット向けの武器だ。


 広い廊下には、金属の軋むような音や、モーターの稼働音が微かに反響していた。

 カミオカの言う通り、警備ロボットがあちこちを巡回しているようだ。


 二人は音を立てないようにゆっくりと通路を進み、曲がり角の先を覗き見た。

 すると空中から通路を監視している蜘蛛のような形状のロボットがぐるりと頭をこちらへ向ける。


「やべっ、気づかれた!」


 カミオカが腰に差していた刀を抜く。


「くそっ……そこをどきな!」


 カミオカが刀を振り上げると、轟音と共に二体のロボットが粉砕された。バラバラと金属の破片があたりに降り注ぐ。


 オズマはその刀が振動剣であることに気がついた。高周波振動発生機を刀身にとりつけたものだ。


「いい刀ですね」


「ああ、格好良いだろ?」


 カミオカは日本刀の形をした振動剣をちゃきり、と回して見せる。大体の振動剣は両刃式なので、日本刀型は珍しい。おそらくカミオカのこだわりなのだろう。


「カミオカさん、後ろ!」


 オズマの体に内蔵されたレーダーが、カミオカの背後から忍び寄る新たなロボットを捉えた。多脚型ロボットが、ワキワキと脚を蠢かし近づいてくる。

 オズマは銃を構え、発砲。電磁波をまとった銃弾はロボットの脚の付け根に命中し、機械の脚はその衝撃で弾け飛んだ。

 

 ロボットの動きが一瞬止まったその隙に、カミオカはその体を縦一線、真っ二つに斬り捨てた。


 滑らかな斬道。バチバチと音を立て、機械蜘蛛は崩れ去る。


「よしよし、腕は鈍っていないようだな!」


 カミオカは刀をくるくると回し、子気味よい音を立て鞘に収めた。


「いえ、やはり少し体に違和感が」


 オズマは自分の腕を見た。


「......そうか。まあ、でも目覚めたばっかだし、仕方ないさ。俺だって、歳も食っちまって全盛期の動きからは程遠いしな。丁度いいコンビさ」


 笑うカミオカに、オズマもつられて笑った。薄暗い廊下を走り出す二人。


「そういえば、ぼくたちはどこへ向かうんです?」


 オズマは尋ねる。

 

「――お前に会いたがってる奴がいるのさ。昔の約束をすっぽかされたって、大層ご立腹でな」


 カミオカは刀を鞘にしまうと、にぃと口元を引き上げた。


「それでわざわざ、こんなところまでお前を迎えに来たっていうわけよ」

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