第5話 子竜の槍

「だーっ……。マジ無理。今日はもうぜってぇ動けねえ。おい、ゆんゆん、帰りは俺をおんぶして帰ってくれよ」

「世界は広いですけど、なんの恥ずかしげもなく彼女に背負ってくれと言えるのってダストさんくらいですよね、きっと」


 戦いが終わって。また私に膝枕されているダストさんの言葉に私は大きくため息をつく。

 さっきまで多少複雑な気持ちはあれどかっこいいなと思ってたのに。余韻を残してくれないというか……。


 まぁ、道中はテレポートで帰るだけだし、魔法使えばそこまで重くもないから私はいいんだけど。……女に背負われながら街中進んでダストさん恥ずかしくないのかな?

 …………恥ずかしくないんだろうなぁ、ダストさんだし。


(でも……今はダストさんのろくでなしっぷりがありがたいかな……)


 かっこいいままのダストさんだと、その力の差を深く考えてしまいそうになるから。

 余韻を壊してくれるくらいろくでなしのダストさんでちょうどいい。




「ところで、その槍、もう呪いは大丈夫そうですね」


 ダストさんの横に転がる『竜呪の槍』からはその名が示していた通りの呪いがもう感じられない。強い魔力は感じるけどそれだけだ。


「みたいだな。一応ウィズさんに確認してもらったほうがいいだろうが…………」


 あれほどの呪いがこもっていた槍だ。今は何も悪いものを感じられなくても実際の所は分からない。ウィズさんやアクアさんに見てもらったほうがいいというのは私も賛成だった。


「ふーん……。ねぇ、ライン。あんたその槍どうすんの?」


 そう聞いてくるのはさっきから私達を呆れ顔で見ていたアリスさん。今は槍を興味深そうに観察している。


「あん? どうするも何もどこか静かな場所に埋めてやるに決まってんだろ」

「え!? その槍、ダストさんが使うんじゃないんですか!?」


 呪い有る無しに関わらず凄い武器なのは変わらないし、槍使いのダストさんにとってこれ以上ない武器だと思うんだけど……。

 倒した相手の武器を貰うとかなんか絶滅危惧種の山賊みたいだけど、それ言ったらダストさんも天然記念物なみのチンピラさんで気にするとは思えないし……。

 そもそも襲ってきたのは向こうからなんだから、倫理的に考えてもそこまで悪いことでもないと思うんだけど。


「これが普通に凄い槍だってんなら使うんだけどなぁ…………ドラゴンの骨や牙で創られてるってなると、ゆっくり寝かしといてやりてぇんだよ」


 ……………………なるほど。


「ねぇ、あなたの彼氏ドラゴンバカすぎない?」

「ドラゴンバカというか……本当、ドラゴンに関係することになると倫理観が聖人君子がびっくりするレベルになるんですよね」


 普段も逆の意味で聖人君子がびっくりしそうになる倫理観なんだけど。


「んだよ? なんか文句あんのか?」

「私は別にないですよ。ダストさんのそういう所好きですから」

「ナチュラルに惚気るの鬱陶しいからやめてくれない? ……ま、ライン。あんたの好きにしなさいな。でも埋めるんだったらどこに埋めるか教えて欲しいわね」


 ……教えてもらってどうするつもりですか、アリスさん。


「どこに埋めるかねぇ…………それもウィズさんに相談するか。残留思念? みたいなのがあったらどこに埋めてほしいとかそういうのもあるかもしれねえし」


 …………、本当、いつもこんな感じだったら私も苦労してダストさんを更生させる必要もないのになぁ。





「上手くいったようだな、チンピラ冒険者よ」

「お疲れ様です、ダストさん。遠くからでしたが、最後見ていましたよ」


 そう言ってやってくるのはいつの間にかいなくなっていたバニルさんとウィズさん。二人共いつになくご機嫌な様子で笑顔を浮かべている。

 …………、ウィズさんの笑顔は見てて安心するんだけど、バニルさんが笑顔だと凄い不安になるなぁ。


「旦那、ウィズさん。こんな格好で悪いな。…………ゆんゆん、上半身だけ起こしてくれねえか」

「なんでしょう……なんだか老人介護をやってるような気分になってきました。ダストさん私より先に寝たきりになったりしないでくださいね? 老老介護なんて私嫌ですよ」


 ゆっくりとダストさんの上半身を起き上がらせながら私はそう言う。


「……そうだな、気をつける」

「ダストさん?」


 なんで今、辛そうな顔をして……。


「にしても、二人には後始末任せちまって悪かったな。特にウィズさんにはいくら礼を言っても足りないぜ」


 私が見た辛そうな顔は気の所為だったのかと思うくらい、ダストさんは一瞬で表情を変えていつもの調子に戻る。


「なに、我輩は大したことはしておらぬ。元より貧乏店主の付き合いで来ただけだ。礼を言われるようなことはない」

「私も死魔に囚われた魂を解放したかっただけですから。むしろ、順調に開放できたのはダストさんが先に戦ってくれていたおかげで、こっちがお礼をしないといけないくらいですよ。中立である私はあまりアリスさんに借りを作るわけにはいきませんし、バニルさんは凄い代償を払ったのに『その代償ではせいぜい居場所を見つける事と逃げ出さないようにすることくらいしか出来ぬ』とか意地悪いいますし」


 凄い代償? バニルさんは悪魔だしその助力を得るためになにか代償を払って契約をしたんだろうけど、凄いって一体何を払ったんだろう。


「何が凄い代償かポンコツ店主め。たかだか一週間汝が我輩の知らぬ所で勝手な仕入れをしないというだけの話ではないか」

「一週間も仕入れができないんですよ!? 店主が仕入れをできないなんて前代未聞ですよ!」

「一週間と言わずせめて1年でも大人しくしてくれれば、その間に全世界に支店を作り、貧乏神店主がいくら赤字を作ろうが大丈夫な体制を整えるというのに……」

「また私を邪魔者みたいに言って! どうしてバニルさんはそんなに酷いことを言うんですか! 私だってお店をよくしようと頑張ってるんですよ!」


 本当、頑張ってはいるんだよね、ウィズさん。

 それが成功することが稀すぎるだけで。

 その成功を台無しにするくらい致命的な失敗を日常的に繰り返してるだけで。

 …………なんであの店潰れないんだろう。私が頑張って売れない商品買い取ったりしてるのを考えても不思議で仕方ない。


「何故我輩は頑張れば頑張るほど赤字を生み出す奇特な才能を持った者とあのような契約を結んでしまったのか。もはや才能どころか呪いと言うべき災厄店主をどうやって大人しくさせるか日々頭を悩ませておる」


 …………バニルさんも苦労してるんだなぁ。

 最近の私はダストさんを更生させるために四苦八苦してるだけに親近感が湧く。

 いや、流石に店の経営以外は基本的にまともなウィズさんとドラゴン関係以外はろくでなしなダストさんを並べるとか失礼にもほどがあるけど。



「呪いと言えばそうだ。これをウィズさんに見てもらいたかったんだ。一応呪いとかは感じねえし、ドラゴンたちは解放されてるとは思うんだが……もしもまだ槍に残ってるドラゴンの魂とかあったら導いてやってほしい」

「…………、ダストさん。この槍、どうするおつもりですか?」

「? まぁ、宿ってたドラゴンたちがちゃんと解放されてるならどこかに埋めようと思ってるけど」

「そうですか…………」


 なにか問題でもあるんだろうか、ウィズさんは複雑な表情で槍を見つめている。


「ウィズさん? もしかして何か問題あるのか? まだドラゴンの魂が宿ったままとか?」

「結論から言うとそうなります。死魔を呪っていたドラゴン達は解放されあるべき場所に還りましたが、何も知らず殺された幼いドラゴン達の魂がその槍にはまだ宿っています」


 幼いドラゴン……死魔が言うには稀有な固有能力を宿すためにもドラゴンを殺していたって言っていたし、その中にハーちゃんみたいな幼竜もいたんだろうか。

 生まれたばかりのドラゴンが、その能力を目的に自分勝手に殺される……ハーちゃんと契約してるだけにそのことを想うと胸が引き裂かれそうになる。


「そうか……幼竜達の無念はまだ晴れてねえのか……」


 私ですらこんなに辛いのを考えれば、誰よりもドラゴンが好きなダストさんの辛さは想像に余りある。


「なぁ、ウィズさん。幼竜達の無念をなんとか晴らしてやれねえかな? 無理ならウィズさんやアクアのねーちゃんに頼むが、出来れば俺の手で晴らしてやりたい」


 だからダストさんのその言葉は言う前から予想出来た。もしもダストさんが言わなければ私がその言葉を言っただろうから。


「では、どうかその槍を使ってあげてください。それがその槍に宿る幼いドラゴン達の願いです」

「……そんなことでいいのか? この槍を使っていいならこっちこそ願ったり叶ったりだが」

「はい。その槍を使って…………そして世界を見せてあげてください。何も知らずに死んでしまったその子達にいろんな経験をさせてあげてください」

「そうか……それが幼竜達の無念なのか」



 前に、アクアさんウィズさんとお茶会をした時に。私は一つのお話を聞いた。

 アクアさんたちの住んでいるお屋敷には一人の小さな女の子の幽霊がいると。

 両親の顔すら知らず屋敷で一人寂しく死んだその子は、ぬいぐるみやお人形、そして冒険話が好きだという。

 それは物心付く前から屋敷に幽閉されていたその子が唯一『外の世界』を知れるものだから。


 『アンナ=フィランテ=エステロイド』。いつかお友達になりたいと思っている幽霊少女の無念と幼竜達の無念はきっと似ている。

 そして幼竜たちが槍に宿っているというのなら。使ってもらえば『世界』を直接知ることが出来る。それこそ冒険者のダストさんと一緒なら世界の色んな場所を経験できる。


「分かった。この槍と一緒に世界中を旅する。……それでいいんだよな?」


 それは誰への言葉だったんだろう。決意を込めた様子のダストさんの言葉に返ってくる言葉はなかった。


 ただ、ウィズさんはその言葉に優しく微笑み、幼竜たちが宿っている槍からは小さな光が一瞬だけ発せられたような気がした。




「よし、じゃ、まぁ暗い雰囲気はここまでだ。とりあえずこの槍の名前決めねえとな」

「名前ですか? 死魔はその槍を『竜呪の槍』って言ってましたけど…………確かにその名前は使えませんね」


 呪い的なものはもう全然ないみたいだし、そうじゃなくても死魔がつけた名前を使い続けるのは心情的にもちょっとあれだ。


「……どうでもいいけど、わざわざ名前つけないといけないわけ? 槍は槍でいいじゃない。名前で性能が変わるわけじゃなし」


 アリスさんの言葉。たしかに論理的に考えるなら名前をつける意味はないけど……。


「はぁ? ドラゴンが宿ってる凄い槍だぞ? 名前つけないとかありえないだろ」

「そうですよ、アリスさん。こういうのは名前をつけるものだって学校で習わなかったんですか?」


 神器やそれに準ずるレベルの武器みたいだし、それに名前がないなんて『格好』がつかない。


「あぁ、そういえばこいつらドラゴンバカと紅魔族だったわね」

「ゆんゆんさんも、こういう所は紅魔の方っぽいんですよね」

「このぼっち娘はセンスが普通で、恥ずかしいと思う常識があるだけで、根っこははた迷惑な一族と変わらぬからな。なんだかんだとかっこいいものに憧れる習性は持っておる」

「……難儀な子なのね」


「それでダストさん、なにかいい名前ありますか?」

「流石にパッとは思いつかねえな。ゆんゆんはなんか思いついてるか?」

「そうですね……『ドラグニル』とかどうですか? 『神槍グングニル』みたいな感じで」

「なんかパチモンっぽいな……。つか、お前語感だけで決めてて意味とか考えてねえだろ」


 なんか魔王軍だった3人が私達のこと好き勝手言ってるみたいだけど、そんなことは気にせず私とダストさんはあーじゃないこーじゃないと槍の名前を考えて話しあう。



 そして──


「──うし、じゃあこの槍の名前は『子竜しりゅうの槍』で決定だ」

「『子竜の槍』……いい名前ですね」


 凄くかっこいいって感じの名前じゃないけど、この槍のことを端的に示せていると思う。


「だろ? …………てわけで、名前も決まったことだ。アリス、お前ちょっとこっち近づけよ」

「は? 何よ、一体──いーーっ!?」


 訝しがりながらも素直に近づいてきたアリスさんの肩に、ダストさんは子竜の槍を乗せる。

 ……ダストさん、今何をしたんだろう? 確かにいきなり槍を当てられたら驚くけど、それにしても反応が大げさのような……。


「おー……出来そうだとは思ったがマジで出来た。この槍やっぱやべぇな」

「出来たって……ダストさん何が出来たんですか?」

「おう、槍を通してジハードの能力が使えたんだよ。これなら戦いながら相手の魔力や生命力を奪えるな」

「それって……」


 ハーちゃんのドレイン能力を常時使えるってこと? 



「ライン! あんたいきなり何してくれてんのよ!」

「あー悪い悪い。なんか感覚的に出来そうだったら試したかったんだよ。武器の性能チェックは冒険者に取って大事なことだってのはお前だって分かるだろ?」

「そりゃ、分かるけど…………それにしても、なんで私にすんのよ。試すなら他のやつにすればいいじゃない」

「いや、お前しかいないだろ。ゆんゆんは恋人。旦那は旦那。ウィズさんは癒やし。……で、お前は敵だろ? この中じゃお前以外の選択しないようなもんだろ。敵なら実験台にしても欠片も心が傷まなくて済む」

「なるほど、そうね。確かに敵ね。…………ねぇ、敵らしくあんた今すぐ殺していい?」

「おい、こらアリス。なんでお前そんな自然に人のこと吊るせんの? 頭に血が上るから今すぐおろしてくれ……ください、マジで。つうか、この木半分焦げてて今にも折れそうなんだが?」

「遺言はそれでいい?」

「よくねえよ。遺言はそうだな…………アリスのパンツは水色だったで頼む」

「じゃあ、それね」

「…………え? それだけなの? お前、一応女なんだから恥ずかしがるとかそういう反応ねえの?」

「戦場でそんな事恥ずかしがるわけ無いでしょ? それに今から殺す相手に見られてなんだって言うの?」

「すんません、マジで謝るんで許してくださいアリス様。つうかゆんゆん! お前今すぐ俺を助けろよ! マジでこの魔王娘俺を殺る気だぞ!」


 アリスさんに鞭で足を掴まれ木に吊らされてるダストさんが何か叫んでいるけど、私にはそれどころじゃなかった。


(単純に強くなるどころの話じゃない…………本当に追いつけるの?)


 単純な強さでも頭が痛くなるくらいの差があるのに、ダストさんはそれに加えて万能すぎる。

 ハーちゃんの固有スキルに竜言語魔法。そして『子竜の槍』。それらが合わさったダストさんはドラゴンが一緒にいる限りほぼ弱点と呼べるものがない。

 めぐみんやダクネスさんのような一点特化型なら、多少の力の差があっても私に出来ることがあるけど、ダストさんにはない。ダストさんはドラゴンと一緒なら私が出来るようなことを全部こなしてしまう。


「おいゆんゆん! 何お前そっちでシリアスな雰囲気出してんだよ! シリアスなのはこっちだよ! だからマジで助けろ! いや、助けてくださいお願いします!」



「頑張ってくださいね、ゆんゆんさん」

「ウィズさん……? えっと……何の話ですか?」


 悩む私にウィズさんは続ける。


他人ひとよりも強い力を持った人は誰だって孤独なんです。だから、ゆんゆんさん。強くなってください。ダストさんの隣に立てるくらいに」

「……そうなろうとは思っています。でも、なれるでしょうか?」


 ウィズさんに言われるまでもない。私はそうなれるように頑張るつもりだ。今みたいに何度も悩むことにはなるだろうけど、それでも最後に出す答えは変わらないといい切れる。


 でも、だからこそ不安は消えなかった。その不安は達成するか諦めるまで消えることがないものだから。


「なれますよ。だって私の知ってるゆんゆんさんは、追い詰められれば誰よりも心が強い女の子ですから。だから、きっと大丈夫です」

「ウィズさん……」

「でも、もしも不安に押しつぶされそうになった時は一人で抱え込まないでください。私やバニルさん……友達にちゃんと相談してください。きっとゆんゆんさんは一人でも乗り越えてしまうんでしょうけど……少しでも支えさせてください」

「いいんですか……? 迷惑じゃないですか……?」


 そんなに甘えてしまっていいんだろうか。だってこれは私とダストさんの問題で……。


「いいんですよ。だってそれがじゃないですか」

「友達…………」

「もっと私に甘えてください。だって、私はゆんゆんさんの友達で…………ちょっとだけお姉さんですから」

「ウィズさん……ウィズさぁん……」


 どこまでも優しい友達の言葉に私は声に震えば混ざる。そんな私をウィズさんは優しく抱きとめてくれた。

 抱きとめてくれているウィズさんの体はリッチーだから冷たくて……でも、そんなのどうでもよくなるくらい暖かく感じた。



「おい、ゆんゆん! 何呑気に百合の花咲かせてんだよ! こっちはピンチなんだよ! というか、戦いの後遺症もあって吊るされてるだけでももう限界だぞ!」

「…………あんたさ。もうちょい空気読もうとか言う気持ちないの?」

「自分が死にそうになってるのにそんな余裕があるやつは狂ってんだろ」

「じゃ、あんたは狂ってるわね。…………はぁ、次はマジで殺すから」

「っってぇぇえっ! おい、アリス! もうちょい優しく下ろすとかそういう気遣いは……ないよな。そうだよな」




「さて、ちょっとだけお姉さんなどという厚顔無恥なサバ読みリッチーとの話は終わったかぼっち娘よ」

「…………バニルさんってダストさん並みに空気読めないですよね」

「何を言うのだエロぼっち娘よ。我輩ほど空気を読んでいる悪魔もいないと言うに」


 ……まぁ、バニルさんの場合読めないんじゃなくて読んだ上で完全に無視というか……おちょくってくるもんね。


「……それで? 私になんの話ですかバニルさん」

「うむ。今回の件の取り分を決めておこうと思ってな。チンピラ冒険者の財布やクエストの報酬は汝が管理しているという話であろう?」

「ああ……そっか、死魔は大物賞金首でしたもんね」


 地獄に送還したんだから間違いなく賞金が出る。確か死魔の賞金は18億エリスだったっけ──


「──って、18億エリス!? え!? それだけ入ってきちゃうんですか!?」


 この場にいるのはドラゴンを除けば5人。単純に等分すれば3億エリス以上入ってくる。実際はダストさんとウィズさんがほとんど戦って二人で山分けだろうから…………7億か8億くらいはダストさんがもらっていいよね。

 大物賞金首を倒した経験は何度かあるけど、流石に億単位で賞金をもらった経験はない。管理するだけとは言え、それだけの金額を目にすると思うと動転するのも仕方なかった。


「うむ。死魔に掛けられた賞金と、それ以外の副産物。それをどう分けるかを話そうと思ってな」

「話すも何も、私は実際に戦ったわけじゃないですし、ダストさんやウィズさんで話し合ったほうが……」


 私にそれを決める権利はないと思うんだけど。


「汝の言うことは最もなのだがな。うちのお人好しすぎる店主は報酬などいらないと気が狂ったようなことを言うし、ダストもダストで社会勉強だから汝に任せると言っておってな」


 社会勉強? これでも冒険者稼業それなりに長いし、それくらいの判断は問題なく出来るとおもってるんだけどなぁ。


「はぁ……それじゃあ任されますけど。私としては8億エリスくらいダストさんに頂けたら文句はないです」


 それくらいの頑張りをダストさんはやっていた。一番危険で死にそうな目にあっていたのは間違いなくダストさんだから。

 残機のほとんどを削ったのがウィズさんだとしても、レギオンを半壊させとどめを刺したのはダストさんなんだからそれくらいはもらっていいと思う。


「ふむふむ、では汝たちは8億エリスだけでよいというわけか」

「えーと……まぁ、そうですかね?」


 だけ? 私の考え方が間違ってるとは思わないけど、バニルさんからすればまだこちらに譲歩を強請れるくらいの金額ではあるはずだ。だから私は、どうやって最低限度の7億エリスを死守しようかと考えてたのに……。


「では汝たちは8億エリス。我輩たちはその残り。……ということでよいのだな?」

「えっと……は──」

「──流石にそれはダメだぞゆんゆん。それは最低限度を守れてねえ」


 はい、と答える前に。なんだか死にそうな様子のダストさんが呆れ顔で私とバニルさんの間に入る。


「え? でも、ダストさん。8億エリスはもらい過ぎなくらいじゃないですか? いえ、もちろんダストさんの働きがそれ以上のものがあったのは分かってますけど」


 でも、それを言うならウィズさんだって頑張ってるし……。


「賞金だけに関してはな。……ゆんゆん、旦那はこの話を始める時何の取り分を決めるって言ってた?」

「えーっと……この死魔に懸けられた賞金と…………それ以外の副産物?」


 それ以外の副産物ってなんだろう。もしかして…………『子竜の槍』もそれに入ってる?


「気づいたみたいだな。俺らが絶対にもらわなきゃいけないのはこの槍だ。それさえ貰えりゃ賞金はいくらでもいい」

「なるほど。…………というわけでバニルさん。やっぱり8億エリスじゃたりないです。この槍もください」


 というか、あの流れで普通にダストさんのものになったと思ってたんだけど…………バニルさんがそんなに甘いわけもないか。


「ふむ、本当にそれでいいのだな?」

「えと…………はい」


 問題ない…………よね? ダストさんも呆れ顔で何も言わないし…………って、なんでダストさん呆れ顔なんだろう。


「では商談成立であるな。汝たちには8億エリスとその槍を。我輩たちには残りの賞金10億エリスと、レギオンたちが持っていた神器や伝説級の武具。それで分けることにしよう」

「へ……? 神器? 伝説級の武具?」


 なに……それ……。


「バニルー、この鞭貰っていい?」

「仕方あるまい。それで汝への借りはチャラとしよう。しかし本当にその鞭でよいのか? こっちの神器の鞭を……」

「神器なんて担い手じゃなきゃゴミ武器じゃない。伝説級で十分よ。ま、だからこそ誰でも使えて神器級っぽいあの槍欲しかったんだけど」


 私との話は終わったとでも言うようにバニルさんはいつの間にか運び込まれている武具を物色するアリスさんのもとへ行く。


「あんだけの高性能な武具だ。全部売れば20億エリスはくだらないだろうな。見た感じお前が使えそうな杖もあったのにもったいねえ」

「えーっと…………ダストさんは気づいて……?」

「だから言ったろ? 社会勉強だって」


 えーっ……気づいてたなら教えてくれても…………いや、それも含めて社会勉強なのかな。

 バニルさんは一つも嘘をついていない(悪魔だからつけないんだけど)し、ダストさんも『それ以外の副産物』というヒントをくれていた。気づけるだけの条件は揃っていたのに……。


「ま、次から気をつけろ。お前は頭いいんだ。次は俺より上手く出来るだろ?」

「…………頑張ります」


 なんだかんだでダストさんは私よりも歳上だし、貴族だったからこういう腹の探り合いみたいなのは上手い。普段はバカな行動しかしないし、お金の使い方なんて呆れるレベルなんだけど、こういう経験に関して言えば私よりも上だった。


「はぁ…………でも、今日の私って本当に何も出来ませんでしたよね……」


 死魔との戦いにおいても、バニルさんとの話においても。満足の行く結果を一つも残せてない。


「まぁ、そうだな」

「…………、そこは嘘でもそんなことないとか言うところじゃないんですか?」

「言ってほしいなら言うが、お前がそんな上辺だけの言葉で喜ぶ女だと俺は思ってねえぞ」

「…………、確かにそう実際に言われたほうが落ち込みそうなのは確かですけど」


 なんだろう、悪友としてはこの上なく正解だけど恋人としては微妙に間違いのような……。

 まぁ、悪友兼恋人の私達にはこれが正解なんだろう。


「だからまぁ…………さっきも言ったが次を頑張れ。お前が望むならきっとどうにかなる」

「……本当にそう思ってます? 私がダストさんと一緒に……死魔みたいな相手とも一緒に戦えるようになるって」

「……………………、おう、どうにかなるんじゃねえの?」

「その間はなんですかね!?」」


 思いっきり無理って言ってるきがするんだけど。


「ま、でもお前は俺の予想超えて守備範囲に入ってきた女だからな。実際どうにかなるって気もしないでもない気がする」

「それもう何言ってるか分からないんですけど」


 結局どうにかなるのかならないのか。煙に巻きすぎじゃないかな。


「はぁ…………じゃ、質問です。ダストさんは私がダストさん並みに戦えるようになる方法知りませんか?」

「…………、知らねえな」

「そうですよねー…………って、あれ? どうして今、間が空いてたんですか?」


 いつものダストさんなら容赦なく知らないって切り捨てそうなのに。



「ん……、おい、ゆんゆん。なんかウィズさんがやってるみたいだぞ。向こうに行きたいから連れて行ってくれ」

「え、あ、はい。それはいいんですけど…………。あの、ダストさん? 本当に知らないんですか?」


 またダストさんが歩くのを支えながら。私はダストさんにもう一度聞く。


「……知らねえよ。少なくともお前に教えてもいいような都合のいい方法なんて俺は知らない」

「それってつまり知ってるってことですよね? なんで私に教えたらダメなんて……」


 代償の大きい方法だから? でも、それならリッチー化する方法を知ってる時点で今更だ。嘘とまでついて隠すようなこととも思えない。



「おい、ゆんゆん。今はその話はいいだろ。見ろよ、すげえぞ」

「もう、ダストさんそうやってまた煙に巻くつもりで…………え……?」


 ダストさんに促されて前を見た私は、ウィズさんの周りを飛び交う色とりどりの光を目にする。


「もしかしてこれ、レギオン達の……」

「だろうな……」


 死魔に囚われ、そしてウィズさんと一緒に死魔を倒したというレギオンたち。解放された彼らをウィズさんは導き、あるべきところへ還そうとしているんだと思う。


「……綺麗ですね」

「いつか見た火の精霊たちみてえだな」

「? 火の精霊ってサラマンダーですか? あれは流石に綺麗とかそういうのじゃない気が……」


 水の女神の姿を模したというウンディーネなら分かるけど。


「そうじゃなくて……、前に俺が炎龍倒したのは知ってんだろ? その時に形をとる前の火の精霊見てな。暗闇の中を淡い光が舞って辺り一面を照らしてる様子は幻想的だったぜ」

「そんなことがあったんですか…………私も見てみたいです」


 サラマンダーとかを倒すと小さな光になるのは知ってるけど、辺り一面を照らすほどの光は見たことがない。デリカシーの欠片もないダストさんが言うくらいだし、きっとこの光景に負けないくらい幻想的なものだったんだろう。


「そろそろ火の大精霊が復活してもおかしくない時期ではあるんだよな。もし炎龍みたいにやばい奴だったら俺らで倒すってのもいいかもしれないな」

「そんな簡単に……って、たしかに今のダストさんなら難しくないのかもしれないですけど」


 ハーちゃんの力を考えれば、準備をして向かえばそこまで危険なく倒せるのかもしれない。


「……まぁ、今はこの光景で十分です。…………きっと、こういう光景を槍に宿ったドラゴンの子たちに見せてあげればいいんですよね」

「そうだな。俺らも知らないようないろんな景色を見せてやろう」




 そうして、私とダストさんは天へと上っていく魂の光を寄り添いながら眺め続ける。

 そして、その光も大部分が還った頃。残り少ない光の中から二つが、私達の周りをゆっくりと漂う。


「? なんでしょう、この光」

「さあな。ドラゴンの魂ならともかく普通の人間とかの魂に好かれる要素はないと思うんだが……」

「それ、言ってて悲しくなりません?」


 でも、本当になんだろう。なんだか私達に語りかけてるような、そんな感じなんだけど。



 ゆっくりと漂う二つの光。けれど、その光は時が経つに連れてその光を失っていく。見てみればあれだけ舞っていた魂の光も残っているのはこの二つだけだった。



「…………まさか、な」

「? ダストさん? 何か気づいたんですか?」

「…………、ウィズさん。この二人、生前の姿を見せられませんか?」


 私の質問には答えず、ダストさんは何かに祈るような表情でウィズさんにそう頼む。


「? ええ、出来ないことはないですが…………もう、限界みたいですし、一瞬だけになると思いますけど……」


 それでいいと深く頷くダストさんに応え、ウィズさんは『カースド・ネクロマンシー』を唱える。そして──



──クシャリ



 人相の悪い、どこかの誰かを思い起こさせるような男の人が、ダストさんの髪をくしゃくしゃと撫でている。

 その様子を、息を呑むような綺麗な女性が穏やかな笑みを浮かべて見守っていた。



 そんな光景が10秒ほど続き、それは幻だったかのように消えた。



(…………最後、私に二人が頭を下げたような気がしたけど……気のせいかな?)


 何かを頼みますとでも言うような、そんな様子で。


「『子は親を超えなければならない』……か。やっぱ遠いなぁ」

「ダストさん? 何の話ですか?」

「別になんでもねえよ。…………いや、やっぱあれだ。ゆんゆんお前、か……さっきの女の人より美人になれ。そしたら一つは超えたことになる」

「うん、ダストさんが何言ってるのか分からないですけど、とりあえず喧嘩売られてるのだけは分かりますね」


 不自然に明るいダストさんに合わせて。私もできるだけいつもどおりを装って言葉を返す。

 さっきの二人の正体が誰なのか想像はついているけれど、そのことにダストさんが触れないのなら私は気づいてないことにしておこう。





 とある大物賞金首が倒された日。私は恋人の両親と最初で最後の邂逅を果たした。

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