第4話 氷の魔女
「ダストさん! 大丈夫ですか!?」
焦土を進みなんとかダストさんの元にたどり着いて。私はその身を軽く起こしながらそう叫ぶ。
「うぅ……ゆんゆん、俺はもうダメみたいだ」
「そんな……!」
体はどこも傷ついてないのに。
もしかしてあの圧倒的な強さは禁呪のように命を代償にした強さだったの?
「あぁ……最期にゆんゆんの胸を思う存分揉んでみたかった……」
「いえ、思う存分も何も一昨日も嫌というほど揉んでませんでした?」
「…………、お前、そこは彼女として『ダストさんが望むなら……』って胸を差し出す所じゃねーの?」
「恋人との最期の思い出が胸を揉まれるとか普通に嫌なんですけど?」
まぁ、一度も触らせてないとかだったらそのお願いも分からないではないけど。
「……はぁ、まぁ胸はまた今度でいいか。ゆんゆん、体がダルいのはマジなんだ。膝枕してくれ」
「良かった……大丈夫みたいですね」
起こしていたダストさんの頭を自分の太股へと誘導して寝かせながら、私は安堵の息をつく。
どんな状態なのかは分からないけど少なくとも冗談を言えるくらいには余裕があるらしい。
「全然大丈夫じゃねーぞ。感覚としては死んで蘇生したときやエンシェントドラゴンと戦ったときと一緒だが、その時より数段酷い。一時はまともに戦えそうにねえな」
「どうせダストさん真面目にクエスト受けませんし特に問題はないですね」
「……お前、もしかして怒ってんの?」
「別にそんなことありませんよ。帰ったらちゃんと謝るって言ってもらえましたし」
だから、うん。怒ってるなんてことは全然ない。
安心して色んな感情がごちゃ混ぜになった結果、一番分かりやすい感情が怒りでそれが全面に出てるなんてことはないはずだ。
「……帰ったら一つだけ言うこと聞いてやるからそれで許せ」
「だから別に怒ってないですって。……でも、そこまで言うなら膝枕してもらっていいですか?」
「膝枕って……もしかして俺がお前にか?」
「はい。だって私はダストさんに膝枕してるのにダストさんはしてくれないなんてズルいじゃないですか」
「いや、男の俺に膝枕してもらって何が嬉しいんだ。硬いだけだぞ」
「硬いだけじゃないですよ。……だって、ダストさんを近くで感じられるじゃないですか」
そして、私の存在を感じて貰える。
「……ったく、お前は相変わらずチョロいのかチョロくないのか分かんねーな」
「こういう風にチョロいのはダストさんにだけですから。安心してください」
「何? このバカップル。死ねば良いのに」
冷や水を掛けるような言葉に振り向いてみれば、呆れ顔を通り越して何だか無表情みたいになってる魔王の娘さんの姿があった。
「ん? なんだよいたのか魔王の娘。出歯亀は趣味悪いぞ」
「勝手に二人の世界に入り込んどいてその台詞は喧嘩売ってるわね最年少ドラゴンナイト。その子をあんたの元に行かせる為に熱を中和してあげたの誰だか分かってんの?」
「お前なのは分かってるけど、一体全体何の気まぐれだ? 魔王の娘。俺の命狙ってるんじゃなかったか?」
「今の私じゃあんたに勝てないし、勝てる自信が出るまでは見逃してあげてるだけよ最年少ドラゴンナイト。……ま、今なら簡単に殺せそうだけど」
魔王の娘さんのその言葉に私は身を引き締める。普通に話しているけどこの人は魔王軍筆頭幹部だった人。人類の敵だ。
その本領は強化能力らしいけど、それ抜きにしてもでたらめな強さをしていると聞いていた。
もしもこの人がその気になったなら、私は戦えないダストさんをどうにかして守らないといけない。
「お前が戦えない相手を倒して満足するようなタイプなら、あの時で取引なんかせずさっさと殺してるぞ魔王の娘。そういうタイプなら口約束なんてなしにして俺の大切な奴等を人質にする可能性高いからな」
「ふん……私のこと分かった風に言うんじゃないわよ、最年少ドラゴンナイト。まぁ、魔王を継ぐものとしてそんなカリスマをなくしそうなこと出来ないのは確かだけど」
………………。
「……あの? お二人で楽しそうに話してるところ悪いんですけど、二人ともその呼び方言いにくくないんですか? なんか、無理矢理呼んでる気もするんですけど」
『最年少ドラゴンナイト』。『魔王の娘』。どちらも一人しか指さないし、紛らわしいとかそういうことはないんだけど。なんか、二人とも意地になってるというか、そんな感じで呼びあってるような。
「…………だって、名前で呼んでたら馴れ合ってる感じがするじゃない」
「俺は単純にこいつの名前知らないからだが」
「はぁ!? 私、最初に会ったときちゃんと名乗ったでしょうが! なのにあんたは私のこと魔王の娘魔王の娘言うから……って、あ……」
なるほど……自分の名前呼んでもらえなくて寂しかったから意地になって最年少ドラゴンナイトってダストさんのこと呼んでたんですね。
「……ねぇ、あんたの彼女の生暖かい目がムカつくんだけど、殺していいかしら?」
「俺の周りの奴等には手を出さないって約束だろうが。却下だ却下。……しっかし、お前の名前ねぇ……確かに名乗ってたような気もするが……なんだったっけ?」
考え込むようにしてダストさんは……って、この顔は全く何も考えてない顔だ。私やリーンさんの説教を聞き流してる時の顔と一緒だから間違いない。
「……アリスよ。私の名前はアリス。そっちの彼女さんも私のこと呼ぶときはそう呼びなさい」
「アリス? 前に聞いた名前とはなんか違うような気がするんだが……」
「ま、偽名だからね。流石に元の名前のままだと今の私の立場は面倒だから」
魔王が倒され、魔王城まで壊れた結果、魔王軍は完全に壊滅したことになってる。それを建て直そうとする魔王の娘……もとい、アリスさんは人類側はもちろん、その敵対者側でも微妙な立場なんだろう。
「それで? 私はあんたのことなんて呼べば良いのかしら? 最年少ドラゴンナイト」
「ダストでもラインでも好きに呼べよ。……ま、出来ればダストの方が良いけどな」
「じゃあラインって呼んであげるわ」
「この女可愛くねーなー」
自分を殺そうとしている相手に可愛さとか求めないでくださいよダストさん………って、あれ?
「あの……どうしたんですか? 二人とも私のことじっと見つめて」
何で私のこと何かを期待するような顔で見てるんだろう?
「いや、あなたは自己紹介しないのかなって。私は今バニルとウィズの所にいるし、多分それなりに会う機会があると思うんだけど」
「久々にお前の面白い名乗りを見れるのかなと思ってな」
………………。
「はじめまして。私は紅魔の次期族長でダストさんの恋人のゆんゆんです。バニルさんやウィズさんともお友だちなので、どうぞよろしくお願いします。…………なんですか? ダストさん。なんでそんな残念そうな顔してるんですか?」
「お前さあ……、紅魔族の次期族長がそんなんでいいと思ってんの? 一応あれ、紅魔族の正式な名乗り方だったろうが」
「あれはポーズ込みで正式な名乗りですから、ダストさんを膝枕してるままじゃ出来ませんよ」
まぁ、座ったままでも出来る略式の名乗りもあるけど、それをわざわざダストさんに教える必要はない。
そもそもこの人絶対面白がっていってるだけだし。
「
というわけで、せっかく膝枕してあげてるのに意地悪言う彼氏さんにはほっぺた引っ張りの刑に処した。
「つぅ……ったく、少しは手加減しろよな」
「ダストさんがロリーサちゃんにやってるのよりは弱くしたと思いますけど」
「俺のほっぺたはロリサキュバスみたいに伸びるようになってねえんだよ」
それはロリーサちゃんも一緒だと思うんだけど…………もしかしてサキュバスはほっぺたが伸びる性質でも持ってるんだろうか。あるとしたらなんのためにそんな無駄な性質を……。
とりあえず、今度ロリーサちゃんに頼んでほっぺた引っ張らせてもらって確かめよう。
「まぁ、いいや。ゆんゆん、膝枕はもういい。立ち上がるから倒れそうになったら支えてくれ」
「立ち上がるって……、倒れそうならまだ横になってたほうがいいんじゃ……」
死魔も逃げていなくなったし、アリスさんも今のところは敵対する様子がない。無理してまで立ち上がる必要はないと思うんだけど。
「あれをあそこに転がしたままには出来ないんだよ……っと」
私の制止も聞かずダストさんはゆっくりと立ち上がる。そしてそのままゆっくりと歩き始めた。
「ああ、もう……やっぱりフラフラじゃないですか」
そのゆっくりとした歩きに寄り添って私はその体を支える。
「……こんなにボロボロだったら、死魔が逃げてくれてよかったじゃないですか」
もしあのまま戦い続けてたらダストさんはきっと死んでいた。
「別にそうでもないぜ。無理ってのは終わるまでは結構持つもんだ。お前もどっちかっと言えばそのタイプだし分かんだろ」
「…………分からないでもないですね」
どんなに無理をしていても緊張の糸が切れない限りは立ち続けられる。でも、その糸が切れてしまえばそれまでの無理が一気に襲ってくる。
そういう経験は私にも何度かあった。
「でも、それを見越して死魔が今襲ってきたら……」
「あいつが逃げ出した後はもう俺らが心配することじゃねえよ」
「? どういう意味ですか?」
「今この場にいるのが誰か考えれば分かるんじゃない?」
今この場にいる人?
アリスさんの言葉に私はあたりを見回してみる。
隣にダストさん、少し後ろにアリスさん。ハーちゃんとミネアさんは向こうでじゃれて遊んでる。…………って、あれ? そう言えばいつの間にか──
「──やっぱ、ひでえ呪いだな」
ダストさんの言葉に思考を中断して。その視線の先にあるのは最後に出てきた槍使いのレギオンが持っていた槍だ。レギオンが倒された後に死魔の中に戻らずその場に残っていたらしい。
ダストさんの言葉通りその槍は恐ろしいほどの魔力と呪いが込められているのが感じられる。呪いが酷すぎてただ置かれているだけなのに地面が黒く侵食されていた。
「って、ダストさん何拾おうとしてるんですか! そんな槍準備もせずに触ったら呪い殺されますよ!」
死魔のレギオンが問題なく使えてたのはレギオンが既に死んでるようなものだからのはずだ。生きてる人が触れば即死してもおかしくない。
「よっ……と。確かに俺が以外が触ったら死にそうだな。ゆんゆんもアリスも触ろうとすんなよ」
そんな槍をダストさんは複雑な表情をしながらも普通に持ちあげてしまった。けれど、呪いはダストさんを蝕むことはなく静かに槍に宿ったままだ。
「どうして……?」
「このレベルの呪いだ。普通の呪いだったら俺も殺されてんだろうな。……でも、これはドラゴンの呪いだ。ドラゴンの魔力を借りる俺を……同朋をドラゴンたちが呪い殺すはずがねえんだ」
ダストさんがそこまで行って私は気づく。ダストさんがしている複雑な表情……それは悲しんでいる顔なんだと。
ダストさんが怒っている顔は毎日のように見てる。馬鹿みたいに笑ってる顔も、意地汚く笑ってる顔も数え切れないくらい見てきた。
そして悩んだり後悔したりしてる顔も少ないながらも見たことがある。
……でも、こうして泣きそうになってるダストさんの顔だけは長い付き合いの中でも知らなかった。
「その槍、どうするんですか?」
「んー……ウィズさんならドラゴンたちの魂を導いてくれるかね。無理やり浄化ってなるとアクアのねーちゃん以外無理そうだな」
死魔はこの槍、『竜呪の槍』を神器にも負けない物ができたと言っていた。本当に神器クラスの魔力と呪いがあるのならたしかにウィズさんやアクアさんにくらいにしか扱えないと思う。
「もしくは、ドラゴンたちの恨みを晴らしてやれば自然と還っていくかもな」
「でも、恨みの相手の死魔は逃げちゃいましたね」
「なんだよな……ま、高望みはしねえさ。俺がもっと強ければドラゴンたちに恨みを晴らさせてやれたかもしれなかったが……」
もっとって……ダストさんはもうこれ以上ないくらい強いじゃないですか。
「ふーん、呪い解くつもりなんだ。扱えるんだったらそのまま使えばこれ以上ない武器になるでしょうに」
アリスさんの言葉。確かにこのレベルの呪いが宿った武器をそのまま使えるなら、かなり強力な武器になりそうだけど……。
「アリス。喧嘩売ってんなら買うぞ」
「ふん、冗談。死にかけてるあんたを殺しても面白くないわ」
肩をすくめるアリスさんにダストさんは大きくため息をつく。
……気持ちはすごい分かるけど、まともに戦えない状態で魔王軍筆頭幹部だった人に喧嘩売るのはやめてくれないかな。
「そ、それで結局どうするんですか? ウィズさんのところに行きます? それともアクアさんの?」
「そうだな……ここで終わるまで待っとくか。多分ウィズさんもこれのこと気になってるだろうし帰ってくるだろ」
「終わる? 帰ってくる? もしかしてバニルさんとウィズさんがいつの間にかいなくなってる理由知ってるんですか?」
「んなこと言ってお前もだいたい想像はついてんだろ?」
まぁ、どうしてバニルさんたちがここに来たのかを考えれば確かに分かるんだけど。
「でも、そうだとしたらどうしてアリスさんがここに残ってるんですか?」
「そんなの決まってんだろ?」
ダストさんがため息混じりにそう言い、アリスさんはその後に続ける。
「私の仕事はもう終わってるから…………あとはあいつらだけで十分なのよ」
────
「ふ、ふふ……はぁ……素晴らしい。本当に素晴らしい。彼らを収集できれば序列が上がり公爵へなることも夢ではなさそうだ」
戦いのあった森の外れ。気配を隠して復活した死魔は狂喜に浸っていた。
「さて、どうしましょうか。時を待ち彼が油断しているところを一瞬で殺すか、それとも今、戦いが終わって気が抜けている所を殺すか。……考えるまでもありませんね。あれほどの獲物を前にして待てるはずがない」
狂喜に溺れながら。死魔はその瞬間を想像しながら先程までいた場所へ向かっていく。
「ああ、彼らは待っててくれるでしょうか。テレポートで帰られていたら興ざめですが…………いえ、それもまた一興ですか。街であればドラゴンと一緒にはいられない。ドラゴンさえいなければ彼を嬲り頃すことも出来る…………ふ、ふふっ……あれ程の力を持った人間が絶望に飲まれながら死んでいく様は格別でしょうね」
だから、死魔はその時まで気づくことが出来なかった。
「随分とご機嫌であるな死魔よ」
「おや、バニル様ご機嫌麗しゅう。地獄の公爵にして七大悪魔の第一席。序列一位の大悪魔様が侯爵程度ででしかない私になんの御用でしょう?」
「ふむ……そこまで慇懃無礼であればいっそのこと清々しいものだ」
悪魔の世界は弱肉強食。強きものはその力を行使し自由に生きることが美徳とされる。
地獄であれば死魔もバニルに平伏し敬うだろう。だが、この世界においては、仮の姿で来ているバニルより本体で来ている死魔の方が強い。
悪魔の美徳に従えば、形こそ敬えど、心の底から敬う理由はなかった。
「はっきりというのであれば、我輩は貴様のような面白みのないものに興味はなかったのだがな」
「流石はバニル様。言われますね」
「だというのに、貴様の居場所を見つけるためにツンデレ娘に借りを作らねばならなかった。本当に面倒なことこの上ない」
仮の姿であるバニルでは、見通す力を使っても姿を隠した死魔のいる場所を見つけるのは出来ない。こうして死魔の場所を見つけられているのはアリスの強化能力の助力があってのことだった。
「……それで? 結局私になんの用なのですか?」
「用があるのは我輩ではない。うちのポンコツ店主が貴様を倒したいというのでな。我輩はその手伝いに来ただけである」
その言葉を合図にするように。バニルの後ろにいたウィズは前に出て死魔と対峙する。
「氷の魔女ですか。ああ、そう言えばあなたの仲間を二人ほど収集していましたね。なるほど、その仇討ちというわけですか」
「カレンとユキノリを殺したのはやっぱりあなたでしたか」
「おや? それを知っていてきたのではないのですか。だとすればあなたに狙われる理由は思いつかないのですが」
「…………たとえ、二人のことを知っていても、それがあなたを倒そうという理由にはなりませんよ」
確かに二人を殺したことを聞いて恨みの感情がないかと言われればウィズは違うと答えるだろう。だが、それを死魔を討つ理由にウィズはしない。
「二人は冒険者でした。そしてあなたは大物賞金首。……どちらから仕掛けたか知りませんが、どちらにしろ、その結果を受けるのは冒険者の義務です」
ウィズはリッチーとなってからは完全な人類の味方ではない。人としての心こそ持ち続けているが、人類に対してもその敵対者に対しても中立を保ち続けている。
人であった頃なら死魔に仇討ちを仕掛けただろう。だがリッチーとしてのウィズにその選択肢はない。
完全な人類の味方になったリッチーに未来はないとウィズは知っているのだから。
「では、何故私を倒そうとするのです?」
「冒険者や騎士……強者を狙って殺すあなたのことを私は責めません。むしろ相手を選んでる所には好感を覚えます」
死魔はその性質上一般人を襲うことはしない。だから、人類とその敵対者達の中立であるウィズに死魔と戦う理由はない。
「でも…………死んだ人たちの魂を縛るあなたの存在を私は許せません。
だがリッチーとしてのウィズには、死者たちの味方であるウィズには死魔と戦う理由があった。
死者を縛り、その意志を無視して使役する死魔の存在をウィズは許せない。
「なるほど、なるほど。それでバニル様と二人がかりで私を倒そうということですか。確かにバニル様とそれと互角というあなたが二人がかりで来れば厳しいかもしれませんね」
そう言いながらも死魔は自分が負けるとは思っていなかった。ダストとの戦いで半壊したと言ってもレギオンはまだ半分残っている。魔力や生命力は多少回復されるとしても、傷の回復手段のない悪魔とリッチーでは消耗戦と相性が悪いだろうと。
「何を勘違いしてるのか知らぬが、我輩は貴様との戦いに参加などせぬぞ。戦うのはそこの貧乏店主のみである」
「……いいので? 氷の魔女はバニル様のお気に入りだったのでは?」
「お気に入りというのであればダストも一緒である。今更そのような理由で強者の権利を行使する貴様を邪魔などせぬ」
「流石はバニル様。悪魔の流儀を分かっていらっしゃる」
死魔はそのやり取りで、バニルは自分を見つけるためだけに来たのだと当たりをつける。
(……舐められてたものですが、まぁちょうどいいでしょう。氷の魔女はいつか収集しようと思っていたことですし)
「ああ、今日はなんと素晴らしい日なのでしょう。『最年少ドラゴンナイト』だけでなく『氷の魔女』まで収集できると──」
「『カースド・クリスタルプリズン』」
「──は?」
氷の魔女の代名詞。その二つ名をつけられることになった魔法。それが放たれることは予想していた。
だが、予想していた死魔は実際の魔法を目にして……一瞬で自分の体が氷漬けにされた事実に呆けた声を出すしかなかった。
「何を驚いているんですか? その程度の氷漬け、あなたならいつでも出られるでしょう?」
ウィズは、杖を構えて油断なく佇む。
「それとも、そのまま氷漬けのまま終わるのがお望みですか? それなら、今度は本気で撃たせてもらいますが」
「…………なるほど、杖ですか。リッチーになってからは杖を使わなくなったと聞いていましたが」
影から出した炎を使うレギオンに氷を溶かせながら、死魔は予想外の魔法の理由を理解する。
杖は魔法を使う際の補助を務めるもので魔法の制御を補助したり、魔力消費を抑える効果がある。
そして単純な魔法の威力で言うなら半減。つまり杖を使ってるウィズの魔法の威力は普段の2倍は最低でもある。
「ですが失敗でしたね。決めるのなら今の一撃に全力を込めるべきだった。最年少ドラゴンナイトの言葉ではありませんが、種が分かればいくらでもやりようがあるのですよ」
レギオンの中には魔法に対して圧倒的な耐性を持つ存在もいる。杖を持ったウィズの魔法は死魔にとっても脅威足り得るが、そんな相手でも相性良く戦える駒がいるのがレギオンという力だ。
その天敵はドレイン能力と回復能力の二つを同時に持つあのブラックドラゴンだけ。
死魔はそう考えていた。
そして、その時になって死魔は気づく。
「そうですね、私も自分の力だけであなたを倒しきれるとは思っていませんよ。だから──『カースド・ネクロマンシー』──私達でお相手させてもらいます」
自分の悪手を。引き際を間違えてしまったことを。
「…………どういうことですか? 何故、私のレギオンがあなたに従っているのです」
それは死魔にとって悪夢のような光景。自分の切り札たるレギオンたちが自らに刃を向け、今にも襲いかかろうとしている。
「流石にあなたの魔力が残っている子は出来ませんが、ダストさんに倒されて魂だけになった子なら、私の魔法でその制御を奪えます」
「そんな馬鹿なことがあり得るわけが……」
死魔にはウィズの言葉が信じられない。仮に杖を使ったウィズが死魔よりも強かったとしても、切り札たるレギオンを奪われるほどの力の差があるとは思えなかった。
制限のあるこの世界でそれほどの力の差を実現するのであれば、それこそバニルのような公爵級悪魔の本体か、四大元素を司るような上位神、エンシェント級のドラゴンの力が必要だ。いかに才能があるリッチーであろうとも、数十年しか存在していないウィズがその域に達するのは難しい。
「ふむ、死魔よ。今の状況が不思議でたまらないようだな」
「…………ええ」
「では、同郷の好だ。我輩が貴様の疑問を解くとしようか」
一触触発の空気の中、あまりにも場違いな声色でバニルは語り始める。
「さて、死魔よ。疑問に答える前に貴様のレギオンについておさらいだ。貴様とレギオンたちは同時に戦えばその本領を発揮する事ができない。人間たちすら気づいたほど分かりやすい弱点であるが…………その原因は分かっておるな?」
「……私のレギオンは曲者ぞろいですからね。彼らを従わせながら戦うのは私でも骨です」
それが死魔とレギオンの弱点の正体。魂を囚われたレギオンたちは、けれどその心まで死魔に従ってるわけじゃない。力で無理やり従わせる必要があった。
「では、その制御をするための魔力がなくなった貴様の駒たち……魂を囚われてるだけのものたちが外部から力を受けたらどうなるのであろうな?」
「……囚われてるだけの魂なら私から制御を奪えると? ありえませんよ。確かに杖を持った氷の魔女が私に互する能力があるのは認めましょう。ですが……いえ、だからこそ私から無理やりレギオンを奪うほどの力があるはずもない」
バニルが言いたいことは分かる。だが、その理屈でレギオンを奪われてしまうほど死魔とウィズの間に力の差があるわけではなかった。
「私は無理やりあなたから奪ってなんていませんよ。私は少し力を貸しただけです。……あなたから解放されたいと願う死者の魂たちの背中を押してあげただけ」
「魂だけの死者にそんな力があるわけがない。魂など悪魔にとっては餌……私の魔力がなければ大したことなど何も出来ないはずだ」
「あるんですよ。死者と言えど……いえ、死者だからこそその魂には力がある。あなたのように魔力で固めずとも、こうして呼びかけるだけで同じように形を作れるんですから」
ウィズの周りに立つ元レギオンたち。レギオンだった頃と同じように実態を持ったように見えるが、そこにウィズの魔力はほとんどこもっていない。
「……バニルさん、もういいですよね? この子達を抑えているのもそろそろ限界なので」
「この舞台の役者は我輩ではない。主役が自由にするが良い」
「ありがとうございます。……では、皆さん。少しの間ですがお願いしますね。一緒に、囚われた魂を解放しましょう」
そうして始まるのはあまりにも一方的な戦い。数の暴力を前に死魔はそのレギオンを倒され奪われていく。
「さて、喜劇が終わる前に貴様の勘違いを二つ正しておくとしよう」
バニルは心底楽しそうな笑みで続ける。
「貴様はあの黒トカゲが自分の天敵だと思っていたようだがそれは違う。確かにあれのスキルは規格外ではるが所詮は下位種……ダストの存在がなければ暴走するだけであるし、いたとしても貴様が遊びさえしなければ敵にもならぬ」
ジハードの二つの固有スキルとダストのドラゴン使いとしての才能は二つ合わされば死魔に対抗するに足り得るものだ。だが、それは準備を万全にして挑んだ場合や、都合よく展開した場合だけだ。仮に死魔が平時を不意打ちすれば戦いにもならない。
「だが、その普段はポンコツなリッチーは違う。……魔法使いへと戻ったウィズは貴様の天敵なり得る。……と言っても、これは正すまでもなく思い知らされておるか」
死魔と正面から戦えるほどの力を持ち、倒したレギオンを奪う事のできるウィズ。
最善を尽くしても勝てるかどうか分からない、むしろ分の悪い戦いになるウィズの存在は、まさしく死魔の天敵と言っていいだろう。
(……この世界で何百年という時間を掛けて集めたレギオンを失うのは惜しすぎますが、仕方ありません。それ以上に興味深い駒を見つけた分でお釣りはきますしね)
死魔はここでウィズに倒されることは理解していた。
だから倒された後は復活する場所を遠くに設定し、ほとぼりが冷めるまで逃げ続けようと、そしていつか必ず『最年少ドラゴンナイト』や『氷の魔女』をレギオンにしようと、そう思っていた。
そして、死魔は理解していなかった。バニルが何故この場にいるのかを。
「死魔よ。貴様という存在はあまりにもつまらぬ。道化として生まれながら自らが道化であると気づかぬ、狂った道化よ」
バニルにとって普段の死魔は本当につまらない存在だった。上を目指していながら停滞を続け、感情は全て狂っている。
そう創られたのは分かっていても、バニルにとっては煮ても焼いても美味しくない存在なのに変わりはない。
「だが、だからこそそうして道化を演じている貴様は面白い。ボロボロにされながらも、まだ自分が助かるなどと思っている貴様は最高に道化だ」
「バニル…様……? 一体何を言って……」
「さて、ここまで言っても気づかぬ道化のためだ。もう一つの勘違いも解いてやるとしよう。……貴様は我輩が居場所を見つけるためだけにここに来たと思っているようだがそれは違う。我輩は貴様を逃さぬためにきているのだ」
「私を逃さない……? まさか……!」
「地獄の公爵バニルとして命じよう。死魔よ、残機を使った別の場所での復活を禁じる」
悪魔は序列が上の者からの命令に逆らうことが出来ない。
いかに死魔がこの世界においてバニルよりも強くても、バニルの命令を拒否することは許されない。
「逃さないとは言ったが、同朋には優しいと評判のバニルさんである。地道に逃げるのであればそれは許そう。……逃げられるとよいな?」
──ダスト視点──
「ん? 槍が騒いで──」
槍、正確にはそれに込められたドラゴンたちが手の中で渦巻くようにその呪いを流動させている。さっきまで落ち着いてたのにこの反応は……
「──ライン。良かったわね。獲物が着たみたいよ」
「…………みたいだな」
さっきまで戦っていた禍々しい魔力。それがまたこっちに向かってきているのを感じて俺は無理やり体に力を入れる。
ドラゴンたちの恨みを晴らす千載一遇の好機。それを逃す訳にはいかない。
「バカなバカなバカなバカな! 私が……地獄の侯爵である私がこのような所で消えるわけがない!」
おーおー、さっきまで余裕たっぷりだったのに随分慌ててるこった。こりゃ残機が残り少ないな。
ぼろぼろになってこちらへ走ってくる死魔を見て俺はそんなことを思う。
「ダストさん! 死魔の残機はあと一つみたいです! やっちゃってください!」
遠くからそんなことを言うのは、死魔をここまで追い立ててきただろうウィズさん。
……本当、あの人はお人好しすぎんだよ。自分も止め刺したいだろうに、俺やドラゴンたちのことを思ってその役目を譲るなんて。
「ゆんゆん、お前が使える強化魔法頼む。…………アリスも、借り一つ作ってやるから強化してくれ」
「本当は止めたいですけど……この状況でダストさんが止まるわけ無いですもんね」
「ま、あんたに貸し作ってみるのも面白いか。ちゃんと決めなさいよ。あんたがしくじったら私が止めさしてあげるから」
何故か寂しそうなゆんゆんと、楽しげなアリスの援護を受けて。俺はまともに動かないはずの体を無理やり動かし、死魔を迎えうつ。
「よぉ、死魔。そんなに急いでどこ行くんだよ。地獄にでも帰るのか?」
「最年少ドラゴンナイト……! あなたさえ収集できれば全てを巻き返せる!」
俺の軽口に欠片も乗らず、死魔は一直線で俺を殺しに来る。
その一撃はもちろん必殺……当たればそれで終わりだろう。
(一瞬だけでいい、持ってくれよ……!)
だから俺は無理に無理を重ねる。
「『速度増加』!」
ゆんゆんやアリスの援護を受けてなんとか動かしてるような体。そこに竜言語魔法を重ねて加速する。
以前と同じように不安定な制御が暴発しそうになりながらも、気合でそれを抑え込んだ。
そして──
「……これで終わったと思わないことです。私は必ずあなた達を収集します」
「そうかよ。じゃあそん時は残機も残さず消滅させられるくらい強くなっててやるよ」
──死魔は槍の一撃を喰らい、ドラゴンたちの呪いにその身を焼かれる。
有り余ったその恨みの呪いは、その恨みの対象を塵すら残さず燃やし尽くした。
「ダストさん……? その……終わったんですよね?」
死魔が消えていった場所を見つめる俺に、ゆんゆんが近づいてきてそう心配そうに聞いてくる。
「……そうだといいけどな」
死魔の最後のセリフ。それがただの負け惜しみならいいんだが……。
『悪魔は嘘をつかない』。その性質を考えるなら楽観できるようなものでもない。
「じゃあ、また死魔が襲ってくる可能性があるんですか?」
「心配すんな。たとえそうなったとしても、お前は俺が絶対守ってやるから」
たとえ、死んでも使いたくない切り札を使おうとも……な。
そうして、残機をすべて失った死魔は地獄へ送還され、『最狂』を冠する大物賞金首との戦いは一先ずの決着を見せた。
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