第54話 どこから来たの? 1
「さて、ここでお嬢様に質問です」
「うゆ?」
真剣な表情で私に対峙するユートは私の目の前で指を立てていく。
「1、クロフォードは洗脳された
2、クロフォードは改造された
3、クロフォードは別人である。
さあ、どれ!」
「よんばーん」
「4番!?」
だって、言ってる事がわかんないんだもん。
✳︎
ご主人様に置いてけぼりをくらったユートは現在私の臨時のお世話係に任命された。
知人だけのささやかなお祝いの予定であるが、元々の使用人の数が少ないのだ。
お料理の準備やらお部屋の準備やら色々大変らしい。
で、メディ様が「息子の面倒は私が見るから、良かったらウチのユートも使っちゃって頂戴」って流れで一番手のかからないが、主役である私のお世話係を任されたのである。
ぶっちゃけ私にはチェシャとマーチがいるし、人目さえなければ遊んでもらえたりするからほったらかしでも構わないのだが、そういう訳にもいかないらしい。
で、こうなった訳だが、こうなるまでにクロフォード君と一悶着あったのはお約束である。ゴネにゴネた挙句、クロードさんに問答無用でドナドナされて行った。
「いいですか、お嬢様、俺の事はユートでお願いします」
「ゆーと?」
「そう、ユートです。間違ってもユートしゃんなどと呼ばないで下さい。俺の今後の為にも」
「あい!」
私の呼び方一つでユートの今後がどうなるとも思えないのだが、そこは身分社会とか大人の事情とかありそうなので、とりあえず良い子のお返事をしておいた。
そして冒頭のよくわからない三択である。
私は首をこてり、と傾げてユートを見る。
「ほーしゃんはいつもほーしゃんよ?」
「あー……うーん、そうなんですけどね」
どう言ったものかと頭を悩ませるユート。
「あー……、忘れてください」
結局説明する事を諦めたようである。
私はユートを改めて見た。
見た目年齢的にも二人の会話の内容からして同年代なのだろう。
とも思うのだが、私の見立てに間違いなければ、ユートはクロフォード君より年上であろうことが予想される。
黒髪にこげ茶の瞳、父や母、クロフォード君で慣れてしまったせいか、平凡な顔立ちに思えるが、日本にいたなら、ユートはそこそこモテる部類に入るのではないだろうか。と前世の勘が告げてくる。
そう、日本にいたなら。
さっきは初めてのお出迎えの緊張と立て続けに起きた色々な出来事で頭がいっぱいいっぱいだったが、こうして冷静に向き合うと、何かが私の奥底を刺激する。
問うた訳ではない。日本人に似た民族がいる事の方が信憑性が高い。
けれど、私の何かが確信している。
彼は日本人だ。
妙な確信を抱きつつ、それでも頭は判断材料がないと否定する。
胸がドキドキと高鳴るのを感じながら、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「ゆーと?」
「なんですか、お嬢様」
「ゆーとはしたのおにゃも……え」
「えーっと、下の名前?」
緊張で噛んだにもかかわらず、ユートは正確に私の意思を汲んでくれた。
私はこくり、と頷く。
「ユート・カブラギ、俺の国では鏑木 侑斗って上の名前と下の名前が逆なんですよ」
もう聞かなくなって久しい流暢な、その懐かしい響きにどくり、と心臓が音を立てた。
鏑木 侑斗……。
まだだ。
まだ、そうと決まってない。
「
その呼称に私は我に返った。
私は、
そう自覚した途端にスッと頭が冷えた。
「ふしぎねー」
「そうですねー」
ユートが笑顔で相槌を打つ。
「ゆーとはど
「んー……、東の、小ちゃい島国ですかね」
言い方が随分曖昧になった。
「ずっと、ずっと遠い国です」
「ふ〜ん」
ここではない「どこか」に想いを馳せる彼の顔は、異邦人のそれだった。
彼は、帰りたいのだと直感で理解した。
「マレビトって知ってます?」
唐突な質問に私は首を振る。
「「ここ」じゃない「どこか」から偶に紛れ込んでくるらしいです」
それは……つまり……。
「ゆーとはまれ
「俺は違いますよ」
ユートの大きな手が私の頭にそっと下りた。髪型を崩さないように気遣う優しい手だ。
「マレビトは
聞き慣れない難しい言葉に私は首を傾げた。
「すっごく偉い先生みたいな人でわかります?」
「あい!」
私は良い子のお返事で返した。
つまり、先生みたいな知識がないから「マレビト」でないのであって、ここではない
これ以上は踏み込んではいけない。
それは恐らく日本から迷い込んでしまったであろうユートの為であり、かつては日本人でありながら、この世界に生を受けた私の為でもある。
故郷に帰る事を願いながらこの世界で生きる彼と、かつての故郷でありながら、ここで生まれ、育ち、一生を終えるだろう私とでは立場が違う。今の私にとっての故郷は
前世が同郷の人間と知れば、きっと彼は喜ぶ事だろう。しかし、私は既にこの世界の人間だ。日本の記憶も時と共に曖昧になりつつある。日本に対する思い入れも違えば考え方も違う。
今は口を閉ざそう。
臆病な私の言い訳かもしれない。
帰る必要のない私の、ユートへの同情かもしれない。
けれど、もし、必要であれば、いつか、話そう。
私がかつて、日本で生きた事を。
「ゆーと」
私はユートの顔を覗き込む。
とても懐かしさを感じさせるその顔を。
じわじわとせり上がる懐かしさに、やっぱり彼は日本人だと確信する。
「おうちにかえ
ユートが軽く目を瞠った。
キュッと口元を結んだユートの目元が和らいだ。
「そうですねー」
ユートの顔が泣き笑いに見えたのは、きっと私の気のせいだ。
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