第52話 とある公爵家の執事、過去を振り返り今を見る

俺の知ってるアイツは4年くらい前で、王立学院を卒業した後も、たまに顔を合わせる機会もあった。アイツに会うたびに抱く感想は変わらないなー、程度のものだ。


それぐらいアイツにブレはなく、仕事で被る猫の皮は分厚くて、普段は殆ど無愛想で、でも認めた相手にはそれ程薄情でもない。


最後に会った時の仕える家の跡取息子の世話係という名の監視役で騎宿舎に行くと俺に零した時のアイツの無感情の目は死ぬ程怖かった。


いつ、騎宿舎で血生臭い事件が起きるかと、冷や冷やしたものだった。


つまり、何が言いたいかと言えば、アイツは男女問わず、視界の端に引っかかっただけで舌打ちするくらい「子供」という存在が大っ嫌いだと言う事だ。


もちろん、仕事でそんな態度は出さない。

ただ、明らかに余所余所しい。


そのツラのお綺麗さから、そりゃもう奴は学院時代はモテた。後の事は知らん。知りたくもない。

アリサちゃん、ジュリアちゃん、エリザちゃん、数えあげればキリがない。

なのにアイツは言い寄る女の子を尽く振った。

曰く、


「ガキ臭い」


俺が奴に本気の殺意を抱いた瞬間である。

ならば、好みのタイプはと尋ねれば、「大人の女性」というざっくりとした答えが返ってきた。


面倒くさいから適当に答えたに違いないと俺は今でも確信している。


それを何処から聞きつけたのか、男子生徒の憧れの的、メイヤー女史から奴への秘密のお誘いが来た。因みにその橋渡しは俺である。

こぼれんばかりのおっぱいに釘付けになり、ホイホイと奴に手紙を渡した当時の俺を今なら二度と這い上がれない深い穴に埋めてやる。


無感動に手紙に目を通した奴がその晩戻らず、翌朝帰ってきた時の第一声は


「成りだけでかけりゃ良いって訳でもない」


だった。


学院の男と名の付く全てに謝れリア充め。

そんな俺の怨嗟もスルーし、奴はベッドで短時間の仮眠を取り、いつも通り授業を受けに部屋を出て行った。


その後、物陰から奴を熱い眼差しで見つめるメイヤー女史が「あの脚に踏まれたい……」などとうわ言を零していたなどという噂を俺は信じない。

無論、今でも信じない。

メイヤー女史はたわわに実る二つの果実を揺らしながら、今も元気に学院にて教鞭を取っているらしい。

余談である。


「12歳未満は俺の視界に映るな」と公言して憚らなかった12歳のアイツは一つ年下でも子供と見なし、容赦しなかった。と遠い目をして語ったのは当時、気難しいと定評のあったおじいちゃん先生である。


お陰で後輩は奴を畏怖の対象とする者と、一部、新たな道に目覚めた者らが遠巻きにする結果となったらしいが、これもまた余談である。


蛇蝎の如く嫌悪する子供であるが、原因はどうやら騎宿舎に放り込まれた件の跡取息子が原因との事。

「同じ子供だから」という謎理由で当時の奥様に赤ん坊の世話を押し付けられ、祖父からは「良い勉強になるでしょう」と見放され、元気すぎる傍若無人な赤ん坊時代から始まり、幼児期まで振り回されて以来、ちょっとしたトラウマらしい。


まあ、その経験があってか子供の扱いには目を見張るものがあったが、その目は常に冷ややかだった。


「12歳」と「11歳」の違いは何かと問えば、「12歳になれば一人前」との祖父の教えであるらしい。

12歳と言えば、俺の感覚ではまだまだ鼻の垂れたガキである。


アイツを筆頭に一部を除けば。という注釈が付く。

しかし、それはアイツにとってのギリギリの譲歩と線引きだったのだと思う。

他人のちょっとした子供っぽい仕種にも苛立ちを見せるくらいには奴の心の傷は根が深い。


そして4〜5年前、俺が最後に会った時のアイツはやっぱり子供が大っ嫌いだった。


長々と過去を思い返し、語った挙句、何が言いたいかと言うと……。


✳︎


「はめまして。りじゅれっとれしゅ」


青い髪にこれまた青いクリクリの瞳の将来有望株な可愛らしい幼女が拙くも可愛らしい仕草でスカートの裾を抓み上目遣いでこちらを見上げている。


「あらあら、初めまして。この度はお招きありがとうございます。メディア・カーディナルですわ。エミリアの事は何て呼んでいるのかしら?」


美幼女がきょとり、とした表情になる。

これはアレだ。教わった通りに挨拶したのに教わった通りじゃない挨拶が返ってきた事に思考が追いついてないやつだ。


恐らく初めてのご挨拶。頭の中は挨拶の手順でいっぱいに違いない。

ってか、3歳になったばかりで初対面の相手に一人で挨拶させるとか、ハードル高すぎない?


そんな幼女が考えた末に出した一言は


「エミしゃま?」


だった。


奥様はニコニコ笑いながらお嬢様の目線に合わせるようにその場にしゃがんだ。


「あらそう。じゃあ、私の事はメディと呼んでくださる?」


そのセリフにますます混乱しているのが手に取るようにわかる。


うちの奥様がごめんね。


心のなかで謝りつつ、フォローをいれる。


「奥様、多分今のは何でここでエミリア様が出てくるの?って事だと思いますよ」


「あら、そうなの?」


不思議そうに首を傾げる奥様に、それでも色々思考が追いついたらしいウィスタリアのお嬢様は口を開いた。


「め……めり……しゃま?」


これで正解?と仕種でお伺いをたてるお嬢様は、この場でお嬢様を見守る全ての人間の心に見事に突き刺さったと思う。

奥様の顔にみるみる朱がのぼる。


あ、やばい。


俺の冷静な部分が囁いた。


「かんわいいいいいいい!!!!!!」

「むぎょ!」

「奥様!?」


感極まり、奥様に抱きしめられた、その可愛い幼女の口からおかしな声が上がる。


お嬢様潰れちゃいますよ!?


「やっぱり、娘よね!息子も可愛いけど、娘もいいわよね!ねっ!アランも可愛い妹が欲しいわよね!!」


「は、ははうえ?」


問われたアラン坊ちゃんも奥様のご様子に珍しくドン引きしている。


「そのくらいにしておいてくれるかな?メディア」


そこにストップをかけたのは、これまた青い髪に青い瞳の表向きは柔和そうなイケメン。


俺は一目見た瞬間に思った。


滅びろなんて絶対言わないし思わない。


俺は長いものには巻かれるタイプだ。


そんな俺の危機感センサーもなんのその。奥様は変わらぬ態度で笑顔を返した。


「あら、ギル、おひさしぶりね!シーネはお元気?」


「奥で待ってるよ、それより、リズを離してくれるかな?」


ウィスタリア当主の有無を言わさぬ笑顔に奥様は腕の中の幼女を名残惜しげに見つめると、諦めたように手放した。


立ち上がり、案内するウィスタリア当主に続く奥様と坊ちゃんの後ろに控えながら、ふらふらと歩き出す今日の主役だろうウィスタリアのご息女をハラハラしつつみていると、それを屈んでぼすり、と抱き留めた腕があった。


雰囲気からして随分若そうだな、なんて自分の事を棚に上げてその腕の主の顔を見て、俺は我が目を疑った。


4〜5年振りに見る懐かしい顔。

俺と同じ黒い髪に俺とは違った紫の瞳。

昔と比べて更にイケメンに磨きがかかったその面(ツラ)。


俺にカーディナルというとんでもない奉公先を紹介してくれた親友。


クロフォード


子供が目の端にかかるだけで舌打ちをする奴が……。


「子供を抱き留めた……だと?」


え?別人?と思った俺は悪くない。それぐらい奴の子供嫌いは筋金入りである。

使用人に受け止めさせ、自分は冷ややかな目でさりげなく距離をとる。クロフォードとはそんな奴の筈だった。


「今のは9点です。お名前は正しく」


その点数に奴の世知辛さを垣間見て安心した。


「り、りじゃれっと、れしゅ!」


「はい、よくできました」


そう言って見せた笑顔は俺が見た事のない類のもので……。

そんな惚けていた俺に奴が視線を寄越し、すっと立ち上がった。


「ほーしゃん……?」


ほー……しゃん……だと?


幼女の口から出たものに俺は更に驚愕した。クロフォードはまた幼女の前に屈む。


「今のも1点なくしましょう。私のお名前は?」


「ほー」


「はい、よくできました」


「いいのかよ!!!」


気がつけば、俺は思いっきり声に出してツッコミを入れていた。


「久しぶりだな。煩いぞ、ユート」


その抑揚のない懐かしい響きにやはり別人ではなく同一人物なのだなと混乱した頭で納得する。


「ユート、先に行ってるわね」


軽やかな奥様の声に我に帰る。


「お、奥様!申し訳……」


「いいから、ゆっくりしていらっしゃいな」


軽やかな笑いが遠ざかっていく。


「奥様!」


いくら何でも、招かれた他家でそれはマズイんじゃないでしょうか……!?


呆然とする俺を残して扉の閉まる音が無情に響いた。


「いいですか、お嬢様、あれが無能な使用人の例です」


「むのー?」


「はい」


「ちょっ!お前、何教えちゃってんの!?」


「煩いぞ、お嬢様の前でその口の利き方、初等科からやり直して来い。そして2度とお嬢様の目に触れるな」


「え?何言てんの?本当にお前、クロフォード?あの子供ぎ……」


すぱーん!という小気味良い破裂音を耳で捉えた瞬間、顔面に衝撃が走った。


「ほーしゃん!?」


奴の裏拳がヒットした音だった。


「ああ、手が滑った」


そう言って、軽く手首のスナップを確認する顔は笑っていたがその目は明らかに余計な事言ったら殺すと言っていた。


そういうトコ変わんねーよな。

俺の知ってるお前で安心したよ。


「お嬢様」


「?」


「もう1点なくしましょうね」


話を逸らされた事にも気付かず、ガーン!とショックで頭を押さえるお嬢様と痛みに顔を押さえる俺。


そして、俺の知らないキラキラ笑顔をお嬢様に向けるクロフォード。


俺の知ってるクロフォードは俺の知らないクロフォードになっていた。

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