第11話 企み


「邪魔するぞ、ギルバート」


荒い足音が止むと同時に乱暴に開けられた扉に、部屋の主人は一切動じる事なく笑顔で迎えた。


「やあエミリア」


エミリアは出迎えたギルバートの脇を素通りし、その後ろにあるソファにどっかりと腰を沈めた。

その態度に気を悪くするでもなく、ギルバートはエミリアの向かいに腰を下ろす。


「いつもすまないね」


相手の殊勝な態度にエミリアは胸を張り鼻を鳴らし、男を見る。


かつての彼の姿を知る身からすれば、目の前の男は随分様変わりしたものだとつくづく思う。

殺伐とした雰囲気は穏やかになり、底の見えない瞳には感情の色をのせるのが随分と上手くなった。

それは素直ではない彼女からしても、悪くはない変わり様だと思う。


思うのだが、エミリアは彼とだけは馴れ合うつもりはない。

穏やかさを前面に出してはいるが、それを真に受け侮ろうものなら瞬きの間に食われる事は間違いない。


「お前の為ではない。フォクシーネとリザレットの為だ」


「わかってるよ」


穏やかに微笑んだ後、ギルバートは躊躇いがちに口を開く。


「それで、リズは…」


「持ち直した」


その言葉にギルバートはほっと胸を撫で下ろす。


コトリ


そんな彼の前に置かれたのは手の中に収まる程度の小瓶。


中には白い液体が入っている。


「これは?」


「リザレットのミルクだ」


ギルバートの瞳に鋭さが増した。


「フォクシーネには急激な環境の変化故の体調不良だと言ってある。ライラ殿にも固く口止めしている」


ギルバートはがっくりと項垂れるように頭を下げた。


「エミリア、君が彼女の友人であった事に本当に、心から感謝するよ」


「ああ、大いに感謝するがいい。

なんなら主犯も吊るし上げてやってもいい」


事実エミリアにはそれだけの権力ちからがある。

辺境のいち地方領主を自称するこの男に比べるべくもない。


「いや、それは私の仕事だよ、エミリア」


にっこりと整った笑みを表情に載せる男にエミリアは笑みを深くし、内心で付け加える。


ただし、表向きでは、と。


「いいのか?お前が矢面(やおもて)に立てば、別の貴族バカ共がこれ幸いとばかりに王都へ引きずり戻そうと躍起になるぞ」


「そんなヘマを私がすると思うかい?それに、既にそうなっているからこそ、焦った別の貴族バカ共が行動に移したんだろう?」


穏やかな笑みを口元に浮かべてはいるが、その青い瞳は剣呑な色を浮かんでは消すを繰り返す。

それを面白げに眺めエミリアは頬杖をつく。


「ウィスタリアが晴れて王都に返り咲くチャンスをみすみす逃す手はないと思うがね」


「やれやれ、嬉々として揃って辺境に追いやったくせに、今度は戻って来いだなんて、都合が良すぎる話だと思わないかい?」


ギルバートは大げさにため息をついてみせた。


「悪いが、私は今の生活に満足してるんだ。それを脅かすような真似をするなら、私はこの国を出て行くよ」


エミリアは喉の奥で笑った。


彼女は知っている。

目の前の男が、何もせずにこの国を出て行く筈がない事を。



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