第9話 彷徨う


私はよく熱を出す。


小さい内に病気や熱を出す事は環境への適応の為によくある事だと理解している。


が、


ライラの渋い顔から察するに、どうやら私の頻度は平均的とは言い難いものであるようだ。


原因は判っている。


言わずもがな「私」という自我そんざいだ。


赤ん坊の通常運転は目まぐるしい。

生きる事に貪欲なこの身体は常に周囲の情報を集め、吸収していく。


必要最大限に働くこの身体に、更に情報を集め、学び取ろうとする本能に「私」という理性が加われば、理性と本能が摩擦を起こし、負荷ストレスがかかる。

結果、過剰な負荷ストレスを処理しきれずに知恵熱オーバーヒートを起こしてしまう。


「あうぅ…」


仕方がない事だとは思うのだが、この辛さはどうにかならないだろうか…。

私は意識が朦朧とする中ぼやいた。


しかも、今回のは今までの中で一番辛い。


そして代わる代わる私を見下ろす心配の色を乗せた様々な色彩を持った眼差し。

これは毎度の事ながら、相当こたえた。


心配をかけたくない。


そんな顔をして欲しくない。


そう思うのに


そう伝えたいのに


頭が、身体の中がぐるぐると掻き回されているようで気持ち悪い。


景色が揺れ、歪む。


色がぐるぐると掻き回されて混ざっていく。


音がうるさい。


身体が灼けるような熱さを伴う。


嫌だ


いやだ


イヤダ!!


苦しい、だめ、耐えられない。


いつもとは違った苦痛に「わたしたち」という存在たましいが悲鳴をあげた。


その苦痛から逃れようともがくが、逃れる術がわからない。

歪む色彩に手を伸ばしたそのとき、ふいに視界が闇に沈んだ。

その感覚に既視感を覚えながら、その闇の中で今にも切れそうなか細い糸が見えた。


嗚呼…、またか…。


それが何なのかを悟った私は諦めと共に身体の力を抜いた。


うるさい振動を伴った音は遠ざかるようにどんどん小さくなっていく。


また、全う出来ずに終わるのか…。


遠くで悲鳴が聞こえた。


とくん


ひとつ


それは鼓動。


とくん


ふたつ


これも鼓動。


とくん


みっつ


わたしは、いきているのだろうか。


ふわり


優しく包み込むこの感じは似て非なるもの。

けれど、沈む闇から引き上げられるこの感覚は

は、「すくいあげられる」ことに絶望しかなかったなと、ぼんやりと思う。


とくん


鼓動を打つ度返ってくるのは温もりと歓喜。

それを放つを私は知っている。

そのはいつも私の側にいる「彼ら」。


私の髪が好きで、私の瞳が好きで、私が声をあげる度に私の周りで跳ねる「彼ら」。


「彼ら」はいつも私の傍にいた。

私が寂しくないように。私が悲しくならないように。

私は「彼ら」という存在を何と呼ぶのか知らない。

そう言えば、もう少し大きくなったらライラが教えてくれると言ってたな。


そんな事を思い返せば、ひんやりとした心地よい感触を感じた。


それが私の意識をやんわりと引き上げる。


「誰か」が言った「ことば」を思い出す。




だいじょうぶ。こわくないよ。






「リザレット!」


母の切羽詰まった明確な叫びが耳を打ち、意識が現実へと引き戻されたのだとは理解した。


しかし、私の視界は依然暗いままだ。

私の視界を覆う大きなそれは、柔らかくしなやかでひんやりと気持ちの良いものだった。


「もう、大丈夫だろう」


ややハスキーな女性の声が大きく息を吐いた。


心地よい感触が離れ、突然開けた眩しさに私は目を覆う。


「あぶぅ」


「リザレット!」


「まだ抱き上げるには早い」


手の隙間から見えたのは蒼白な顔で涙と鼻水でボロボロになった母の顔とそれを制するサラサラストレートの緑色の髪の美人さん。


偶に私の症状が酷い時に来てくれるお医者さんだ。


全然お医者さんに見えないけど、すっごくどっかの貴族の奥様風だけれども、多分お医者さんだ。


その髪と同じ緑色の瞳が優しく私を捉える。


「気分はどうだ?リザレット」


リザレット。


リズと呼ばれ、育った私には馴染みの薄いその名を緑の彼女は呼ぶ。


「ぶぅ〜、あぶ」


かなり楽になったのだが、どうも身体の中で燻る不快感が私の感情を刺激する。

そんな意思とは反した不機嫌MAXな私を見て緑の彼女は嬉しそうに笑った。


「そうか、ご機嫌は斜めか」


「ぶふぅ!」

どうもすみません。


私の心のこもった謝罪もやはり不機嫌だ。


「フォクシーネ、抱いてやれ」


「いいの?エミリア?」


「私相手にこれだけ不満をぶつける元気があるなら大丈夫だろう」


低い笑いはどこか楽しげだ。


「顔立ちだけでなく、気の強い所までお前にそっくりだな。将来が楽しみだ」


そっと母が手を伸ばし、私を強く、優しく抱きしめた。


「リズ…良かった」


「あい。おぶぅ」

ご心配かけました。


今度はちゃんと言えました!


「しかし…、目を離した隙にこれでは…」


エミリアさんの声はどこか物憂げで、母の顔もつられたように曇る。


「おぶ…」

病弱ですみません。


「リズが悪いワケじゃないのよ」


私の言わんとする事が伝わったのか、母が私を優しく撫でた。

母が私を抱きしめ、喜ぶさまにエミリアと呼ばれた彼女が厳しい眼差しを向けていたことを私が知る由もなかった。



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