第51話 今日からあたしは
「あたしは……悪魔なの♡」
ツインテールの少女はほのかに八重歯を覗かせながら、誰もを虜にしそうなまさしく小悪魔の様な笑みでふたりに告げた。
「……あの……私も」
そんな彼女になぜか申し訳無さそうにシロは答える。
「……え」
少女は口を開けたまま気の抜けた声を出した。
「あ、俺天使」
「……」
「は~、なるほど。天使の皇子と悪魔の王女が同居してるとは」
ふたりから詳しい話を聞いた彼女は、ほうほう、と何度も頷く。
「何か、思ったより驚いてないみたいだね」
「え? いやいや驚いてるよ十分。ただ、あたしの方がもっと驚かせられる自信はあるかな~」
「何だよそれ」
「え? だ~か~ら、それはひ・み・つ♡」
「……こいついちいちイライラするな」
「あっ! 今こいつって言ったな~! も~う、女の子にそんな乱暴な言葉使っちゃいけないんだよー!」
「何かこいつ
あいつとは陽菜の事だろう、とシロはすぐにピンときた。
「あ、あの……本当に名前思い出せないんですか?」
「うん」
「年は?」
とクロ。
「ん~……1000歳くらい?」
「真面目に答える気ゼロかよ……」
「あの……じゃあお手伝いしますよ、名前思い出すの」
「え?」
シロの提案に彼女は意外な顔をした。
「おいシロ……本気かよ」
「だって……名前を忘れちゃったなんて悲しいじゃない。お父様やお母様からつけてもらった大切な名前なのに」
「いいよ別に。不自由しないし」
「呼ぶ方が困るんです!」
シロは強気に続ける。
「こいつ……こうなると頑固だからな……」
「わーかったわーかった。じゃあ手伝ってもらおうかな、あたしの名前を探すの」
意地になるシロについに少女は折れ、彼女の意見を承諾した。
「名前を探すったって、どうやって」
「追憶の術は使ったの?」
「追憶の術……って、何だっけ」
首を傾げる少女の額に、シロは掌を当てた。
「カルレル」
呪文を唱えるその様子を当の少女はぼーっとした目でただ見ていた。
「……どう? 何か少しでも手掛かりは思い出せた?」
「ん~……ちっとも」
「そう……よほど深層に眠っちゃってるみたいね……にしても、普通はこの術にかかると少し様子が変わるんだけど……はっとした様になるというか」
「え? ……あ~……あたし、結構魔力抵抗あるんだ」
「魔力抵抗?」
クロが口を挟む。
「体内に魔力を多く宿していると、魔術にかかりにくくなるの」
「へ~……あれ? ていうか今更だけど、お前悪魔のくせにシロの事知らなかったの? 王女なのに?」
「え?」
少女はどきりとした。
「あ……あっはは~、そこら辺はいつかその内話すかもね~」
「……?」
「とにかくここにいてもどうにもならないと思うから、外に出ましょう」
「さんせ~い! あたし境界もっと見たいし!」
という訳で、三人はギルバートの店を後にし繁華街へと出た。
「おお……これが境界の繁華街か……」
珍しい物を見るかの様に、少女はきょろきょろと右へ左へ首を動かしている。ほんの七ヶ月前のシロもこの様な感じだったのだろう。
「こっちに来たのは初めてなの?」
「うん。ずーっと山とか家がいっぱいある所とか、車がたくさん走ってる所とかうろうろしてたから」
「そもそもお前、何しにここに来たんだ?」
「……」
クロの問いかけに彼女はしばし口を閉ざした。
「……そうだね。あんた達には話してあげるよ。あたしの名前が見付かったら……ね」
「?」
「あ、何あれクレープ……? 食べたーい!」
またも妖しい笑みを浮かべた後、彼女は甘い匂いに引き寄せられるかの様にすたすたと歩いて行った。
「……観光かよ」
「まあ、楽しそうだし」
店に入って行く彼女をシロは見守っていた。
「いや、あいつお金持ってねーだろ」
「あ!」
「むぐむぐ……何これあまーい! 魔界にも輸入して欲しいくらいだよ」
結果的にシロが買ったクレープを少女は美味しそうに頬張る。
「何か思い出せた?」
「ん~……むぐむぐ……んにゃ」
「だよな」
すると突然彼女はゲームセンターの前で足を止めた。
「どうした?」
「何ここ」
「ゲーセンだよ」
ガー、と自動ドアが開き店の中から客が出て来た。賑やかな音が中から聞こえてくる。
「……ここ入ろう!」
「おい! お前はお金ねーんだぞ!」
「ここ入れば何か思い出すかも!」
「お前それ都合良く使ってないか!?」
彼女を追う形でシロもクロもゲームセンターへと入っていった。
「たっはっは~! クロよわーい!」
彼女が最初にプレイしたのはシューティングゲームだった。銃の形をしたコントローラーで画面に次々と現れる敵を撃っていく物だ。クロとの共同プレイでストーリーモードを進めていたのだが、彼女よりも先にクロがゲームオーバーとなってしまった。ゲーム好きの彼からすれば初心者の彼女よりも先に終わってしまった事がとても屈辱でならないだろう。
「くっ……もっかいだ! もっかい! コンティニュー!」
それから三人は色々なゲームを遊んだ。格闘ゲームやレーシングゲームといったコンピューターゲームから、モグラ叩きやエアホッケーの様な体力を使うゲームまで様々楽しんだ。
「あー……」
ゲームセンターから出た後、財布の中を覗きつつクロは嘆く様に言った。
「今月の小遣いがだいぶ減っちまった……お前のせいだぞ! お金持ってねーくせに色々やりたがるから!」
「え? あたし? ありがとう」
「褒めてねーよ!」
と言いつつも、何だかんだ彼も楽しそうである。こういう所は本当に天の邪鬼だ。
「お前何か思い出して……」
「全然」
「だよな……」
「お?」
そして次に彼女が目を止めたのは書店だった。
「……本屋さん?」
「もう買わねーぞ! てか買えねーぞ!」
「わかったわかった。見るだけ」
そう言いながら中に入る。
この書店は五階建てで、フロアーごとに置かれている本が区別されていた。クロや薫が好きそうなゲームの攻略本や、陽菜が買っていそうな漫画の単行本などは最上階にある様だ。
「書は知の源である」
階段をひとつ上りながら少女は教師の様な口ぶりで言った。
「何だよ急に」
「昔友達が言ってたんだ」
そう付け足した彼女の瞳は、どこか寂しそうに見えた。
二階は教材などが置かれているフロアーだった。一歩でも入った途端にクロは渋い顔をした。
「ん~……」
漢字の本から数学のテキストなど、彼女は適当に物色を始める。
「やっぱりよー、何の手掛かりも無いのに記憶を辿るなんて無理じゃねーの?」
「やっぱりそうかな……」
ふたりが諦めた声を出したその時。
「……イヴ」
「え?」
英単語の本をぱらぱらとめくっていた少女が突然口を開いた。
「決めた。イヴ」
「決めたって……何を?」
「名前だよ名前。無いなら付ければいいじゃん。イヴ。気に入った。あたしにはぴったりだ」
「イヴって……お前の名前か?」
「そ。あたしの名前はイヴ。たった今からあたしはイヴ」
「い……いいの? 大事な名前だよ。思い出さないで……」
「いいよ。名前なんて誰かを識別出来たらそれでいいんだ」
「そんな寂しい事言わなくても……」
「それに、これからあんた達が大事に呼んでくれるんだろ?」
「……イヴ……さん」
彼女の新しい名前をシロは呼んでみた。
「ほらクロも」
「……イヴ」
「よろしい」
満足した様にイヴはぱたんと本を閉じ、元の場所へと戻した。
「さて、それじゃあちょっとだけ話そうかな」
そうしてまた妖しく八重歯を見せる。
「イヴちゃんの秘密をさ」
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