第22話 繋いだ言葉

 自分の席で漫画を読んでいると薫が登校してきた事に気付いたが、クロは気付かぬふりをしてそのまま漫画を読み続けた。いつもなら軽いあいさつを交わすのだが、昨日の絶交宣言があるためもうそんな事は出来ない。

 それから彼は薫と一切口を利かなかった。他の生徒と同様彼を空気のように扱った。そして放課後になった。よし、んじゃやるか。彼は腰を上げた。

「郷田」

 帰り支度をしていた郷田に声をかける。クロから彼に声をかける事など今まで一度もなかったため、郷田は意外な顔をした後不機嫌な声で言った。

「あ? 何だよ転校生」

「薫がよー、お前の事すっげー馬鹿にしてたぞ」

「あ?」

 郷田の眉がぴくりと上がる。

「あんな口だけの野郎この俺様が本気を出せば楽勝だけどさー、あえて相手にしてないんだよ、って」

「……何だと……?」

 彼は明らかに苛立っていた。単純でいいなー、こいつ、とクロは思った。

「てめえ! もっぺん言ってみろ!」

 鬼のような形相でクロの胸倉を掴む。

「いてっ! 俺じゃねーよ! 薫だ薫! あいつがはっきりそう言ってたんだよ!」

「……薫の野郎~~~~~~~~!」

 彼はぐるりと教室を見回した。薫を探しているのだろう。だがすでに帰ってしまった事をクロは知っていた。

「……ぶっ殺す!」

 声を荒げて郷田は教室を出ていった。

「……使いやすいなー、あいつ」


「ク……クロノ君!?」

 薫は目を丸くしていた。クロが現れる事など全く予期していなかったのだろう。

「よっ、薫」

 クロは柄にもなく優しい笑みを見せる。

「いっ……今……な……何が……ク……クロノ君がやったの……!?」

 目の前で何が起こったのか、薫はわかっていないようだった。

「い、今何かバチッて音が……あ……茜君は……!?」

「ん? ここ」

 クロは自分の後ろの地面を指差した。郷田茜がそこに仰向けに倒れていた。

「なっ……! 何をしたの……!? 一体……!」

「ん~……ちょっと痺れさせた」

「しび……!? で、電気!?」

「それより薫」

「!?」

 戸惑う薫を無視して彼は言葉を続けた。

「ちゃんと言えたじゃねーか」

「い、言えたって何を……!?」

「お前がほんとはどう思ってんのかをさ。だから俺が出てきたんだ。天才クロ様の作戦大成功だな」

「さ、作戦……!?」

 薫は少し考える仕草をする。

「……あっ! まっ、まさか君、僕にほんとの気持ちを言わせるために茜君をけしかけたの!?」

「そういう事。いやーよかったよ郷田こいつが馬鹿で」

 呑気な声を出していると、突如薫の表情が変わった。

「ク……クロノ君……!」

「ん?」

「だ、誰が馬鹿だって……!?」

 彼の視線に気付き振り向くと、倒れていたはずの郷田がそこに立っていた。しかし先ほどの電撃が効いたようで、少しふらついている。

「あら、起きたのお前。寝てた方がよかったのに」

「ふっ、ふざけんな~~~~~~!」

 郷田は怒りと共にクロに殴りかかってきた。が、彼はその拳をさらりとかわして右腕を引いた。

「次はてーぞ」

 言い終えると同時にクロは郷田の顔を殴っていた。バチバチッ、と電流が走る。

「うっぎゃあ!」

 郷田は今度こそノックアウトされた。

「よし、今ので加藤に俺の机に落書きさせた事は許してやる」

「なっ……クロノ君! 今のは……!?」

「ごっ、郷田さん!」

 一息つく間もなく、今度は薫の後ろから郷田の友人、谷口と内藤が迫っていた。

「てっ、てめー! よくも郷田さんを!」

「おう、やるか?」

「うおおおおおおお!」

 ふたりは今にもクロに殴りかかる勢いで近付いてきたが、彼と目が合うなりくるりと華麗なスピンをして拳を解き、郷田の介抱に急いだ。

「うん、お前らは賢明だ」

「……クロノ君……君は一体……」

「薫、お前昨日神様が与えた試練だとか言ってたよな? そうやって何でもかんでも神のせいにされちゃさすがの俺もちょっとは同情するぜ」

「……? 何を……?」

「俺、神の弟だから」

「……は?」

「うう……!」

「!」

 気付けば郷田が友人ふたりに支えられながら再び立ち上がっていた。

「おう、まだやるか?」

「ひ、ひい!」

 しかし彼はクロの顔を見ると珍しく怖気づいた声を出す。

「や、やらねえよてめえなんかと! ちくしょお! どうなってんだお前は!」

「ちょっと変わった体質でね。んじゃ、言わなきゃいけねえ事があるんじゃねーの?」

「あ? な、何をだよ!」

「薫も勇気を出して言ったんだぜ。だったらお前もこいつに言わなきゃいけねーんじゃねーの?」

「だ、だから何をだよ!」

「いいんだよクロノ君!」

 薫はクロが郷田に何を言わせたいのかを察したのか、口を挟んできた。

「悪いのは僕の方なんだ。だからいいんだよ」

「はあ?」

 クロは大袈裟に驚いた声を出す。

「おいおい、明らかにいじめてたのは郷田こいつでいじめられてたのがお前だろ? いくら何でも人が良すぎるぞお前」

「違うんだよ。確かにそうだけど、そもそもは僕に原因があるんだ」

「何?」

「そうだろ茜君」

「なっ……!」

 急に話を振られ郷田は目を反らす。どうやらこのふたり、クロが知らない何かがあるらしい。

「僕達は、友達だったんだ」

 それから薫は自身と郷田の関係について話し始めた。

「は? お前らが友達? でも友達ならいじめねーだろ普通」

「僕が悪いんだ。去年の夏ぐらいから茜君の雰囲気が段々変わってきて……それからちょっと悪そうな人達と付き合うようになって……それで、自然と僕、茜君から距離を置き始めてたんだ……何だか怖くなってきて、遠ざけてたんだ……いじめられ始めたのは中等部に入学してからなんだ。多分、僕のそういう態度が茜君を傷付けてたんだと思う。雰囲気とかが変わっても茜君は茜君なのに。そうだろ? 茜君」

「……」

 郷田は何も答えずにいた。

「……」

 クロも黙って考えていた。なるほど、単純な理由じゃなかった……ように見えて単純な事だったのかね……嫌よ嫌よも好きの内ってか。

「だから、先に謝るのは僕の方だよ。ごめん、茜君」

「!」

 薫の思わぬ行動に郷田は驚いていた。谷口と内藤のふたりは揃って薫と郷田の顔を交互に見ていた。

「……何で……」

 ようやく郷田は口を開いた。気のせいかクロは、初めて聞いた声のように感じた。

「何でお前が謝るんだよ。悪いのはどう考えても俺だろ……」

「……」

「悪かったよ、薫」

「!」

「ごめんな、色々変な事してよ……」

「茜君……」

「……」

「大丈夫だよ、友達だろ? 僕達は」

「……!」

 薫がにこりと笑うと、それに応えるように郷田もにやりとした。

「今度また、お前ん家にゲームしに行っていいか?」

「うん」

 仲直りしたふたりを見て、少年も思わずふっと笑った。


「天使?」

 翌日、屋上で昼食をとっている時にクロは自身の素性を薫に明かした。

「いやーもう隠してもしょうがねーしなお前には。昨日も言ったけど、俺神の一族なんだよ。ちょっと事情があって境界こっちでしばらく暮らしてんだ」

「……」

 しかし薫は表情ひとつ変えずに黙々とご飯を食べていた。あれ、意外と驚かないもんなんかな、人間て。

「クロノ君、さすがにそのギャグは面白くないよ。あの電気はびっくりしたけど」

 そう言って彼は紙パックの牛乳に手を伸ばす。

「証拠」

 これでも信じないか、と言わんばかりにクロはばさっと翼を広げた。

「ぶーっ!!」

 純白の翼を広げたその姿を見た薫は思わず飲んでいた牛乳を吹き出す。白い霧はクロの制服をきらきらと輝かせた。

「だーっ! きたねーなおい!」

「ごほっごほっ! ごっ、ごめん! ごほごほ!」

「これで信じただろ」

「う、うん……さすがにそこまで見せられると信じざるを得ない……ところでさ」

「ん? 何だ?」

「一昨日もう僕なんかと付き合うのはやめるって言わなかったっけ? あれは嘘だったの?」

「嘘じゃねーよ。俺がもう付き合わねーって言ったのは言いたい事も言えねー一昨日までのお前だよ」

 クロは翼を仕舞いながら答えた。

「……じゃあ、あの時昨日の作戦を考えたって事?」

「そういう事」

「よう、薫、クロノ・・・

 その時郷田達が屋上に現れた。手には購買部の小さなビニール袋が握られている。

「俺らも一緒にいいか?」

「……いいね」

 薫と顔を見合わせた後、クロは涼しく微笑んだ。



 第2節 学校へ行こう! 了

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