風が呼んだ記憶
蒼山皆水
プロローグ
プロローグ
運命ってなんだろう。
運命なんて変えてやる! ってよく言うけど、運命が変わることも運命のうちじゃないのかな。そうだとすると、変える前の運命は運命じゃなくなっちゃうから、その台詞は間違ってて……。ああもう、わからなくなってきた。
運命といえば、赤い糸。
でも、運命によって結ばれた相手なんてのは、きっと都合のいい絵空事だ。たまたま出会っただけの人を、あたかも出会うことが定められていたかのように“運命の人”なんて呼んで、ありもしない必然性を見事に創ってしまう。
それでも人はみんな、運命を信じたくなる。
人生に、素敵なロマンを求める。
私もそんな大多数の中の一人だ。
この運命の赤い糸は、誰に繋がっているのだろう。私はふと、自分の小指を見て思う。っていうか、赤い糸ってどっちの小指に結ばれてるの? 右手? それとも左手? まさか足の小指だったりして。
とにかくその赤い糸は、私にはまだ見えなかった。
二〇一五年、四月八日。桜が舞い落ちる薄紅色の風景の中、私は真新しい制服に身を包んで歩いていた。空気も景色も気持ちも、全てが新鮮だった。今日から高校生活がスタートする。それが輝かしいものになるかどうかは自分次第だ。
クラス分けの大きな紙が昇降口の前に張り出されている。私は自分の名前を確認して、人の流れに沿って校舎へと入った。
私と同じ一年生であるにもかかわらず、仲良く話している生徒もちらほら見える。中学校が一緒の友人だったり、塾での知り合いだったりするのだろう。私も、この高校に入学した同じ中学校出身の同級生は何人か知っているけれど、その全員が、面識のない人か事務的な会話しかしたことのない人だった。塾にも通っていなかったため、人間関係は高校入学でリセットされたと言って差し支えない。
新しい環境への期待と不安が入り混じった複雑な心境で、教室へと向かった。
中学校のものとは比べ物にならないくらい綺麗な体育館で、
そのうちの一人、比較的若い男性が壇上で話しているのをボーッと聞いていた最中、彼といきなり目が合った。その瞬間、心臓が跳ねた気がした。彼はすぐに目を反らして、何事もなかったかのようにそのまましゃべり続けた。
数秒前に聞いたはずの名前はもう頭から抜け落ちていて、数学の教師だということしかわからなかった。
心臓が速くなったのは、単に目が合って驚いただけだと思う。もしくは、気のせいなのだろう。目が合ったことも、ドキッとしたことも。
このときの出来事は、新一年生特有のせわしなさに追いやられて、すぐに忘れてしまった。
高校での最初のホームルームが終わった休み時間。私はトイレに行こうとして、教室を出た。しかし、トイレの位置をまだはっきりとわかっていなかった私は、逆方向に歩いていたらしい。引き返そうと振り返った瞬間、誰かと肩がぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
接触したのは、黒い学ランを着た男子生徒だった。自信はないけれど、同じクラスにはいなかったと思う。彼は驚いた様子で私を私を見ていた。
「えっと……」
もしかして怒っているのだろうか。まさかカツアゲなんてされないよね。しかし、数秒待ってみても、彼は一言も喋ろうとしなかった。
「すっ、すみません」
なんだか怖くなってきてしまったため、私はそう言って、早歩きで逃げた。
彼の驚いた様子は、いったい何だったのだろう。それに、私の方も一瞬だけ懐かしさを感じた。もしかしたら、幼稚園が一緒だったとかかもしれない。しかし、彼の顔をもう一度思い浮かべても、全く心当たりはなかった。
その当時こそ疑問に思っていたが、入学して一カ月も経つと、その出来事は私の記憶の奥底にしまわれて薄れていった。入学式の最中に目が合った教師の件と同様に、思い出すこともなくなっていた。
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