第22話 過去と希望
ハク達はディオネを先頭にして、奥の部屋に入った。
星明かりが差し込む部屋は暗く、客間と違って檜の香りで満ちていた。
ディオネは慣れた足取りで部屋の中へ入り天井に手を
「ねぇディオネ。この虫なに?」
天井で鳥かごのようなものに入っている光を放つ虫に、ラドが興味を示す。
「これは、
ディオネは驚いた。なぜなら
夜に灯りを使用する場合は、松明に火を灯すか、
「はぁ……。本当にあなた達変わってるわ」
苦笑いをするハクとラドを見て、今日だけで何度目かの溜め息をつくディオネ。
「ハク、ラド、あなた達のこと聞かせてよ。
ちなみに、ディオネがここで言った「人族」とは、もちろんハクのことを指している。当然ラドもそれは理解した。
しかしハクは、それがライアスのことを指しているものであると誤って認識していた。
「僕達のこと? うーん……そうだね……」
ラドは少し首を傾げながらも、ポツリポツリとディオネに身の上話を語り始める。
女帝山で育ったこと。
母である女帝竜のこと。
ハクと兄弟のように育ったこと。
日々の暮らしのこと。
そして、一昨日の出来事も。
本当の山暮らしをしていたと知り、最初は笑って聞いていたディオネ。しかし、徐々に深刻な話になっていくにつれその表情は曇っていく。
ラドが一昨日の出来事を話し終えた時、ディオネは瞳から大粒の涙を一粒落とした。
ディオネは最初、人族であるハクが竜族と共に育ったことを疑問に思っていた。だが、女帝竜の死に様があまりにも衝撃的なものであったため、そんな疑問など吹き飛んでしまっていた。
「……その、なんて言えばいいのか分からないけど……。辛かったのね……」
ディオネは涙の跡を拭き、ラドとハクを見る。
ラドは少し強がって普段の表情を保っていたが、ハクは涙ぐんだ両目をして俯いてしまっていた。
ハク達の間に暗く悲しい空気が流れていく。
「ごめんなさい。……その、簡単に、あなた達のことを教えて、なんて言って」
「いや、いいんだ。ディオネには知っておいて欲しいと思ったんだ。……理由は分からないんだけど」
ラド自身も、会って間もないディオネに何故ここまで話をしたのかは分からない。ディオネが暗い顔をしていたからか、はたまたハクと仲良くしていたからか。
「そう……。でも、話してくれてありがとう」
泣き笑いに似た顔で、ディオネは温かく笑った。
「せっかく話をしてくれたし。ハクのご希望通り、あたしのことも話すわね。……って言っても、あんまり面白い話でもないんだけどね」
そう言うと、ディオネも身の上話を少しずつ語り始めた。
その話は、このような内容だった。
ディオネが育ち、物心ついた時には既に、周りから冷たい目で見られていた。父親からも、あまり愛されていた感じはしなかったという。
その中で唯一、母親とイリーナだけは自分の味方だった。
ディオネが七歳のころ、父親が精神的な病により帰らぬ人となった。忌み子の父親、というレッテルが大きな負担となり、加えて周囲の目に耐えられなかったのだ。
母親はそれに大きなショックを受け、自分の心を閉ざしてしまった。数少ない味方だった母親と、上手く意思の疎通ができなくなってしまったディオネ。
それを見兼ねたイリーナがディオネを屋敷に引き取り、娘のように育ててくれた。
今は屋敷に暮らし始めて数年が経過したところで、母親は妖精族の大きな街のフィンデルンにて静養中とのことだった。
「でもね、お母さんがまだ元気だった時、いっぱい本を読んでくれて。……それが凄く幸せな時間だったんだ」
辛かったであろう過去を、ディオネは雰囲気が暗くなりすぎないように明るく話す。
それでもディオネの話を自身のことのように聞いていたハクは、落ち込んだ様子を見せていた。
「本? 本ってなに?」
そして感情をあまり表に出さないラドが、知らない単語に興味を示した。
「本っていうのはね、文字とか絵がいっぱい書いてあるの。色んな話とか、この世界のこととか、たっくさん書いてあるのよ」
ディオネは嬉しそうに目を輝かせながら、本について教える。
「今度、あたしのお気に入りの本を読ませてあげるわ。あ……でも、文字とか読めないか」
「ねぇ、ディオネ。……ディオネは、どんな本が好きなの?」
少し立ち直ったハクは、ディオネの好きなものについて問いかけた。
「あたしが好きな本はね、この世界のことがいっぱい書いてある本なんだ。すごいのよ? この世界には、いっぱい種族がいて、水の中で暮らしたり、空を飛びながら暮らす種族がいるんだって!」
ディオネは満面の笑みで、お気に入りの知識を披露する。ハクもそれにつられて、だんだんと目を輝かせていく。
ラドは、表情ではそれに合わせつつも、頭では全く違うことを考えていた。
それは、父親について。
ディオネの話を聞き、前に母から少し聞いた話を思い出したのである。
「あたしの夢はね、色んな種族の人と友達になることなんだ!」
妖精族との友達ができないディオネは、「友達が欲しい」という欲求を他の種族に求めた。それは同時に、同じ妖精族の友達を作る、ということを無意識に諦めているのと同じだった。
「ディオネ。……もう僕達は、友達?」
少し前のラドの言葉を思い出し、ハクがディオネに正面から向き合う。
「そう……ね。しょうがないから、友達になってあげる」
ディオネは斜め下を向き、照れ臭さを隠す。しかし、その赤くなった頬はディオネの心情を物語っていた。
ラドはそれを微笑みながらも、意識を過去へと飛ばしていた。
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