昨日から今日まで、そして明日から
鳥海勇嗣
こういうことが、ありました
専門学校の帰りの河川敷、夕日が沈みかけてて雰囲気抜群でGReeeeNが鼻歌で漏れ出てそうなほどボルテージを上がりまくってて、人間は人生で一度は主役になれる瞬間があるけど俺のソレはまさにその時だという感じに昂ぶって、明日今日よりも好きになれそうになってたせいか亜梨沙も「こいつやっべぇな」とうっすらとバリヤーを張りながら警戒してたらしく、俺が「俺たち、結構長いよな。」と言うと「まぁ、つっても二年でしょ?」と返され、「卒業しても一緒にいられたらいいよね?」と言うと「でもその場合はライバルになっちゃうね。」といなされ、「今度の花火大会一緒にかない?」と言うと「そうだね佳代子とか博史とかも誘ってみんなで行きたいね。」と弾かれて、ガードが完璧なんで最後の手段として「実は俺、彼女いたことないんだよね。」とぶっちゃけて「え、うそぉ?そんな風に全然見えない!」「え、じゃあ亜梨沙付き合ってよ」「ええ……じゃあいいよ?」とか、まとめスレとかでの自称体験談のテンプレの展開を期待してたら「うん、正直そうだと思ってた。」と抜群のカウンターが俺の顎を捉えレフェリーストップかけられるぐらいに白目向いてイっちゃて、口からははだしのゲンよろしく「グギギギギギ」とかしか出てこない風になってるのに亜梨沙ときたら「亮……私ね?今は恋愛とか考えられないんだ……。」とかなんとか語りだして何かそれっぽく胸のロケットペンダント取り出して、「私、母子家庭でさ。お母さんが一生懸命働いてる背中をずっと見続て育ってきたんだ……。お母さんも美容師でね、子供の頃からお母さんみたいな美容師になりたいってずっと思ってたの。」とか亜梨沙もGReeeeN返しをし始めて、「いつか美容師で成功して……それこそ、海外のトップモデルのヘアメイクとか手がけるようになれたら……その時はお母さんのお墓に報告するの。二人で掴んだ夢だよって……。」とか、死体に鞭打つどころかロードローラーで突っ込んできやがった。う~んまさしくそれって奇跡じゃん!って打ちひしがれていた俺にさらに亜梨沙はオーバーキルで「ねぇ亮、今一番大切な事って何?私は恋愛とかじゃないと思うな。今しかできないこと、しっかり見据えてたら寄り道なんてできないよ……。」とか、いやいやいやいやいや何言ってん意味わかんねーし別に告白とかしてねーし想像力こじらせすぎだろ頭の中で小説家でも飼ってんですかとか頑張って脳内では反論しているものの顔が亜梨沙の方を向かず、言うことにただひたすら「ふぃ~~」とかトーンの高い気の抜けた情けない鼻息で返事をするのが精一杯、何とか頚椎ゴキゴキ言わせながらガッチガチに固まった首を回して亜梨沙の姿を見たその瞬間に、俺の時間は縫い付けられてしまった。
沈みかけの夕日がビル影からかろうじて顔を覗かせ、わずかな光源が琥珀の結晶の様な光線を放ち、河川敷の二人の、向かい合っている俺と亜梨沙の間を遮断していたのだ。もし俺が亜梨沙にこれ以上近づこうと手を差し伸べようとしたら、その光線が俺のその手を切断したに違いないと思えるほどに、その亜梨沙は俺にとって侵しがたかった。俺はその時点で、その場の勢いに任せて何てとんでもないものに手を出そうとしていたんだろうと、ゲロを吐きそうになるくらいに後悔していた。
「亮?」
夕日にあてられた亜梨沙は母との約束、未来への決意、その全てによって淡い山吹色に燃え、対する俺はサクラクレパスで擦りたくったみたく雑なオレンジに汚れていた。同じ暖色系なのに、まるでコントラストだった。
「俺は……。」
そのままほっといてくれれば俺は惨めさのあまりそのうち自分の影に溶けてアスファルトの染みになっていただろう。ほんの数分、けれどそのわずかな時間で俺は恋にも夢にも無様に敗れた敗残兵と化していた。
ちなみにそんな亜梨沙が講師のオッサンとデキ婚して専門学校を中退したのはその半年後のことだった。本人曰く「お父さんみたいな感じで安心するぅ」とのこと。風の噂で聞いたところ、今では2児の母でシングルマザーをやっているそうだ。まぁそん時俺は思ったね、女と先物取引には手を出しちゃいけないって。
とりあえずこの話は本筋とは関係ない。なんつうか、こういうことがあったのが俺の人生ですよって話でさ。
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