凍上家のお屋敷

湖城マコト

「お屋敷にご用?」


 古びた洋館に足を踏み入れようとした僕を、不意に女性の声が呼び止める。

 振り向いてみるとそこには、喪服と思しき黒い衣装に身を包んだ女性が佇んでいた。年齢不詳な感はあるが、皺の感じなどから見て、3、40代くらいだろうか? 


 正直なところ、不味いなと思った。

 女性はおそらく、地元の人なのだろう。

 廃墟となっているとはいえ、この洋館にも所有者がいるはずで、僕の行為は不法侵入ということになる。なにも洋館に侵入して悪事を働くつもりなど無いが、良識に反する行為をしている以上、流石に気まずい。


「お屋敷に入るのは、お勧めしないわ」


 女性の口調は穏やかで、とりあえず僕を咎めるつもりはないらしい。その点は安心した。

 それよりも重要なのは、


「やはり、この洋館には何かあるんですね?」

「……」


 女性の無言は、僕には肯定のように思えた。

 地元の人間ではない僕だって、噂程度にはこの洋館のことを知っている。地元民の女性が、何も知らないということはないだろう。


 かつては、凍上とうじょうと呼ばれる一族が暮らしていた洋館。

 主亡き今でも、洋館は荘厳しょうごんたる雰囲気を放っており、この洋館を一目見ようと、他県からやってくる建築マニアもいると聞く。


 もっとも、僕は建築マニアではなく、の類だけども。


 この洋館は、オカルトマニアの間でも少しだけ有名だ。


「この洋館、何度か事件が起こっていますよね」


 僕が知っている限りでも、この洋館では過去に3つの事件が発生している。

 内訳は失踪が2、死体遺棄が1。

 そういえば、殺人と死体遺棄の容疑がかかった男も行方不明だったか。だとすれば、行方不明者は3人という可能性もある。


 もちろん、全てが人間の絡んだ、だろうと言ってしまえばそこまでだけど、厳かな洋館で起こった不可解な事件の数々。そんな魅力的なワードに、僕のようなオカルトマニアが引き寄せられてしまうのは、仕方がないことなのだ。


「事件についても、よく知っているわ」

「関係者の方ですか?」

「……昔、友達が消えたのよ」


 女性の視線は、目の前にある洋館ではなく、過去へ向いているようだった。

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