只の主従は世界を変えられない

真散田

scene1 雪の降る屋敷にて

メイド「それにしても雪が降り止みませんねぇ……」


若「弱ったな。これじゃあ、買い出しにも行けないね。この雪じゃ、馬車も走らないだろうからなあ。食材が調達できないとなると、私達はまずい状況なのではないか……?」


メイド「大丈夫ですわ。保存のきく食材ならかなりの貯えがございます。飢えてどうしようもない……といった事態はひとまず避けられます。ただ、あまり味は保証はできないかと」


若「そうか。それならひとまずは安心だね。他に何か入用のものはあるかい?」


メイド「ひとまずは、特に。食料と燃料の薪があれが当面の心配はいらないかと」


若「そうか、悪いね。こんな辺鄙なところでは色々不便だろう」


メイド「いいえ、わたくしは若様のお世話をするのが仕事ですから。大丈夫ですよ。二人で、雪が止むのを待ちましょう」


若「そうだな…」


メイド「そうですわ」


若「不憫なことになってすまない。寒いし、こんな不便な所で」


メイド「とんでもありませんわ。むしろ、ご同伴させて頂いて、感謝しています。

わたくしはいつもお屋敷にいるので、環境が変わるのは新鮮で面白いですわ。

旅行にもほとんど行ったことがないので、遠出ができて嬉しく思っていますわ」


若「ありがたいな。そう言ってもらえると。例年、今の時期はこんな大雪になることは無いんだが、今年は運が悪い。いや、ある意味良いのかな?」


メイド「なかなかの絶景が味わえてますわ。凍った湖に降る雪は、美しゅうございます」


若「そうだな…。ここの景色は私のお気に入りだ」


メイド「今は若様お一人しかいらっしゃらないのですから、どうぞ気兼ねなく、くつろいでくださいませ」


若「そうか。悪いね、ありがとう」


メイド「いえ、これも仕事ですから」


若「……」


メイド「………」


若「………二人きりだな」


メイド「ええ……。二人っきりですわ」


若「退屈な時は、話し相手になってくれるか?」


メイド「ええ、もちろんですわ。それも」


若「『仕事』だっていうならちょっと冷たいなあ……」


メイド「いやですわ、若様ったら。まっとうな一侍従としては、あるべき見解ですわ」


若「……仕事じゃなかったら、君は私と口もきいてくれないのかい」


メイド「身の上をわきまえての事ですわ。わたくしのような取るに足らない身分の者が、

若様のような高貴な方と軽々しく口をきいてはならないと思っております」


若「いかにも母上が言いそうなことだ」


メイド「わたくしの見解です。奥様は関係ありませんわ」


若「全く君はそっけないんだな……あの人の言動を思い出すと頭が痛くなる」


メイド「『あの人』だなんて…実のお母様をそんな風に仰るのは良くありませんわ。

奥さまも旦那様も悲しまれます」


若「……まあ、とにかくだ。私との雑談ぐらいは仕事の枠からはずしてくれないか?

『仕事』という言葉はよそよそしくて好きじゃない」


メイド「わかりました。よそよそしい表現をしてしまい、失礼いたしました」


若「それと、母上みたいなことを言うのはやめてくれ。折角家を遠く離れてきたのだから、今ぐらいは家での事を考えたくない」


メイド「かしこまりました。なるべく若様がくつろげるように配慮させて頂きます」


若「折角こんな非日常に身を置いているんだ。お互い、この状況を楽しもうじゃないか」


メイド「ええ、そうさせていただきますわ。実際、わたくし、かなり楽しませていただいておりますわ」


若「それは良かった。君に退屈されては、私も楽しめない」


メイド「わたくしの事など、どうぞお構いなく。といっても、若様は気になさってくださるのですよね。端下のものとはいえ、レディーとして思いやるその心たるや、立派な紳士としてあまりありますわ」


若「ははは……私も、この状況を楽しめそうだよ」


メイド「ええ、是非。折角の雪景色ですもの…」


若「そうだな……」

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