ミュウ捕獲作戦

 冒険者ギルドにある一室に珍しい組み合わせのメンバーが集まって顔を寄せ集めて、悪巧み、もとい、作戦会議をしていた。


 そこにいたのはダンガ冒険者ギルドの裏ボスとして君臨してると噂され、エルダ―エルフという事をすっかり忘れられているミラーと北川家の子供達であるアリア達4人がいた。


「えーと、なんとか穏便な方法でしない? 仮にも僕達、友達を売るような事をしようとしてるよ?」


 可愛らしい顔をしたエルフの少年、ダンテが眉を寄せてその場にいる少女、アリア、レイア、スゥを説得しようと試みる。


「違う、私達は友達の為に泥を被る、つまり、そういう事」


 ダンテに視線をやらないアリアがシレッと言い放つのを疑わしそうに見つめるダンテにスゥが肩に手を置く。


「それに私達以外でなんとかできる可能性ある人が今いないの!」


 使命感に燃えるスゥにも白けた目を向けるダンテではあったが無駄に理論武装が出来てる所がやり辛いと溜息を零す。


 確かに、現状、これを行えるのは自分達ぐらいしかいないだろう。


 雄一は、「しばらく家を空ける」と言って出かけて3日経つがまだ戻らず、テツとホーラはリホウに連れられてどこかに依頼に出ている。


 ダン達もどこかに出かけて1週間はダンガに居ない事はミラーから聞き出していた。


 更に頭が痛いのが、この相手のエキスパートである人物が不在が大きく響く。


「姉さんはきっと海だろうしね……」


 ダンテの姉、ディータは雄一に頼まれた魚を買いに出てから行方不明であった。


 どうやら、運悪く目的の魚が売り切れだったらしい。


 最後の目撃情報が魚屋のおっさんの証言で「ここから一番近い海はどこだ?」と聞かれ、きっと現地調達に出かけたと思われている。


 雄一に頼まれてから2週間が経っているがまだ帰ってこない。


 一番近い海に出れる場所まで歩いても半日かからずに行けるし、最寄りの港まで馬車で半日でいける。


 ディータの足であれば、馬車で半日の距離であれば往復で半日で帰ってこれる。


 つまり、いつもの残念なディータが空回りを発動してしまっているらしい。


 探しに行ってもいいが、雄一が言わない限り、頑として聞かないのが分かり切っているし、雄一が「もういいから」などと言うと切腹騒ぎが起きかねないので放置されていた。


 まるでダンテの考えてる事を読んでるのか? と言いたくなるタイミングで頷くミラーは少しも困った様子を見せずに言ってくる。


「そうなのです。現状、打つ手がないのです。私の方でも色々、手を尽くしたのですが……」


 そう、ミラーも策を練って実行を繰り返した。


 串焼き屋に扮装したミラーがサービスだ、と言って眠り薬が入った串焼きを手渡そうとしたが受け取りを拒否されたり、リブロースが載った皿をエサに誘導した場所にあった籠編みで捕まえようとしたが直前で気付かれ、リブロースだけを奪われて失敗に終わっていた。


 それを聞かされてる少女達は「そこまで頑張って駄目ならしょうがない」とウンウンと頷くがダンテは「嘘でしょ?」と呟くが黙殺される。


 しかし、1人、黙殺しなかった少女がいた。


 瞳に炎を宿すレイアだ。


「違うぞ! アタシ達、友の為に頑張るんだ! 決して、ミラーの甘言に乗った訳じゃない!!」

「いや、間違いなく乗ってるよね? 『冒険者見習としてユウイチさん達に引率するように手回しする』という甘言にね?」


 そう、アリア達はそろそろ訓練だけでなく、冒険者らしい事をしたいという欲望に負けてミラーの言葉に耳を傾けていた。


 勿論、ダンテにとっても魅力的な提案ではあったが、友達をダシにする事に抵抗を感じていた。


 そんなダンテの肩に手を置くミラーが珍しく真剣な表情を浮かべる。


「第二次成長期を迎え始めた彼女、ミュウに危険が迫っているのは間違いありません。ミュウの種族、ビーンズドック族の女性の第二次成長期を迎えて成熟へと向かうと種族特有の病気に高確率にかかります。これは死に至る病なのですよ」

「そう言われると……」


 そう、捕獲対象はこの場に居ない北川家の少女、ミュウであった。


 困った顔をするダンテの両肩を掴んで「分かりましたね?」と言われて渋々頷くダンテ。


「希少種になってしまったビーンズドックであるミュウを死なせない為に予防接種を行うのに全力を尽くしてください!」


 元気の良い少女達の声と疲れた少年の声の『おおぅ!』という掛け声と共に拳を突き上げる。


 弱々しく拳を突き上げるダンテは、まるで動物病院の待合室にいると聞こえる動物の悲鳴を聞いたような気がしたらしい。







 ミュウを捜す為にメインストリートを歩くアリア達は前方に捜し人であるミュウと鉢合わせする。


 向こうも気付いて、近寄ろうとした瞬間、前屈みになるミュウ。


「やばい、ミュウの心の色が警戒色」

「うん、心が読めなくても分かるね?」


 初手からマズイ事になっているにアリア達は慎重に動こうと視線を交わし合う。


 作戦を考え出すアリア達であったが、一番考える事に不向きな少女が止めるのも間に合わないタイミングで動いた。


「な、なぁ、ミュウ。『ラブ アンド みーと』にいかねぇ? お、奢るぜぇ?」

「レイアもお小遣い、もう、ない。ミュウ、知ってる」


 レイアは反射的に腰に下げた小さな革袋、レイアの財布を握り、中身がない事を再確認する。


 黙って見つめ合うレイアとミュウを見る3人はそれぞれ、『レイアがやっちまった……』と頭を抱える。


 レイアが挽回の為に口を開きかけた瞬間、ミュウは踵を返すと逃げ出し、追走するアリアが飛び出す。


「やっぱり気付かれたの!」

「ご、ごめん!」

「そんな事してる場合じゃないよ。ミュウを見失うよ!?」


 ミュウが駆け出すと同時に走り出したアリアを追うようにダンテ達も駆け出した。




 必死に追走するアリアは見失わないように走ると街の外に出た所で声を張り上げる。


「昨日あげた、お肉の恩を返す為に足を止める!!」

「ミュウは振り返らない。過去は忘れた」


 言葉尻だけで考えるならミュウが酷く感じるが、アリアの言葉に潜むモノを込みにするとお互い様の2人が疾走する。


 だが、身体能力では分の悪いアリアは徐々に距離を開かれていく。


 走りながら拾う大きめの石を躊躇いを見せずにミュウに投げ放つ。


 それに気付いたミュウが咄嗟に交わし、走りながら振り返る顔には汗が一滴流れていた。


「今の危ない。ミュウ、怪我した」

「大丈夫、怪我ぐらいなら私が治してあげられる」


 怪我したら癒せる回復魔法を持つアリアではあるが、怪我したら痛い事を棚に上げる辺り、酷いアリアであったが、ミュウは嬉しそうに笑う。


「いつでも本気のアリア、ミュウ大好き。さあ、遊ぶ」

「私は遊んでるつもりない。ミュウ、失礼」


 ふんぬ、と先程より強い力で投げ放つアリアの投石を楽しげに避けるミュウ。


 2人を追いかけていたダンテ達3人は躊躇ないアリアとそれを楽しめるミュウに戦慄を感じていた。


「スゥ、アリアにセーブかけてきて」

「分かったの」


 アリアのストッパーになる為にアリアと並走し始めるスゥ。


 それを見送ったダンテは隣にいるレイアに告げる。


「僕がこける程度に調整した水球でミュウを牽制するから取り押さえて?」

「了解!」


 元気良く飛び出すレイアを見つめながらダンテは走りつつ、精神集中を始めた。



 昼から始まったミュウとの追いかけっこであったが、空が茜色になってきた頃、息切れが激しく、泥だらけのアリア達と楽しそうに笑うミュウという対照的な姿がそこにあった。


「身体能力だけで見れば、ミュウは圧倒的だね……」

「くそぉ、動きには付いて行けるけど、咄嗟にする変な動きに付いていけねぇ!」


 アリアとスゥとダンテはミュウの身体能力に圧倒され、レイアがかろうじて付いて行けるが勘頼りに動く野生のミュウの行動が読めずに苦戦させられていた。


 ダンテが放った水球もことごとく避けられ、その余波で飛び散る泥に塗れたアリアとスゥの目の据わり方がヤバい事になっている。

 レイアなどまともに水球に直撃したりしていたが、気にした様子はない。


「ミュウ、元気。まだまだ遊べる!」

「くっ!」


 悔しげに唸るアリア達であったが、横手から声をかけられる。


「ダンテ達ではありませんか。こんな所で何をしてるのですか?」


 お互いの事に意識を割いてたせいか接近に気付いてなかったアリア達は慌ててそちらに目を向けるとそこにはマグロのような大きな魚を抱えるディータの姿があった。


「姉さん!? えっと、何をしてると言われると困るんですけど……」


 しどろもどろになるダンテを余所に目が据わっているアリアとスゥが見つめ合い頷く。


 打ち合わせもなくピッタリの動きでミュウを指差す。


「「ミュウがツマミ食いした」」

「またですか。貴方も懲りませんねぇ!?」

「がぅ!? ディータ、待つ! ミュウ、今日(・・)は、まだしてない!!」


 ミュウの言葉など聞く耳のないディータは「お仕置きです!」と叫ぶとダンテに魚を放り、ミュウを縄でグルグル巻きにして木に吊るす。


 仕置きが完了したディータがダンテに預けた魚を受け取ると満足そうに頷くと家に向かって歩き去る。


「ミュウ、今日、盗み食いしてない。レイア、助けて」


 吊るされて、近くに居たレイアに助けを求めるミュウをどうしたらいいか分からず右往左往するレイア。


 さすがにやり口が酷いと感じたダンテであったが、ミュウの予防接種の事を思い出してミラーに報告しなくては、と思っているとミュウを吊るしている木の後ろから死んだ魚ような目をするエルフ、ミラーがヒョッコリと姿を現す。


 ダンテを考えを明らかに読んでそうなミラーがイヤラシイ笑みを浮かべる。


「こういう時は綺麗も汚いもありませんよ。結果が全てです」


 冒険者とはそういうものだ、という言葉と共にミュウの可愛らしいお尻に注射を刺す。


「アオォォォォォンン!!!!」


 沈み始める太陽と共に響き渡るミュウの悲しげな遠吠えにダンテは静かに手を合わせて冥福を祈った。

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