第4話 私はこれでも選ばれた女神なのですぅ

 ホルンは、鼻ちょうちんを作って気持ち良さそうに眠るナイトキャップを被る残念女神を見下ろす。

 溜息を1つ吐くと、シーツを持ちあげるようにしてベットから落とす。


「地震なのですぅ! 急いで逃げないと行けないのですぅ! ホルン雷火事親父なのですぅ!」


 枕を抱き締めたシホーヌが慌てるようにして、ベットの周りを走り始める。


 ホルンは、シホーヌから枕を奪うと、枕をシホーヌの顔に目掛けて叩きつける。

 その衝撃で倒れ込んで、目を擦りながら起き上がるシホーヌは、やっと目を覚ましたようで、辺りを見渡し、ホルンに視線を合わせると、フニャ、とした笑顔を向けて、朝の挨拶をしてくる。


「おはよう、じゃないわよ、もうお昼よ?」

「そんなのは、おかしいのですぅ!」


 ホルンの言葉を全力で否定してくるシホーヌの言葉に、「何故よ?」と問い返すホルン。


「だって、私は朝ご飯をまだ食べてないのですぅ!」

「アンタが起きてこなかったからでしょう……」


 呆れるホルンが言うが納得しないシホーヌがグチグチと文句を垂れる。


 ホルンは、決して放置した訳ではなく、何度となく起こそうとしたが、「あと、ちょっと」「5分したら、頑張るのですぅ」などと返してくるのを根気良く相手にしていたのである。


「どちらにしても、朝ご飯という時間じゃなくて、もう1,2時間でお昼の時間なの。いいから顔を洗ってきなさい」


 ブツブツ言うシホーヌの背中を押して、井戸のほうへと追いやると、頬に手を当てて溜息を吐くホルンは、困った妹を世話をする姉のようである。


「こんな調子で、相方を見つけてもやってけるのかしら? よっぽどできた人を相方にしないと失敗するのが目に浮かぶようよ」



 顔を洗って身支度を済まさせたホルンは、シホーヌとメインストリートを歩いていた。


 お腹減ったとゴネるシホーヌを予想していたホルンは朝食のサンドイッチを包んで貰っていた。それを手渡すと現金にも笑顔に戻り、「ホルン、大好きなのですぅ」と言うと、はむはむ、という擬音が聞こえそうな顔をしてサンドイッチを齧りだす。


「今日は、住居を探すからね? アンタが住むんだから真剣に見るのよ?」


 ホルンの言葉もサンドイッチより価値ないのか思わせるように適当に頷かれ、眉を寄せる。


「とりあえず、下見はしておいたから、1つづつ行くわよ」


 ホルンは、あちこちに注意を奪われているシホーヌの腕を取って、最初の目的地を目指して、歩き始めた。



 最初に向かったのは、普通の一軒家といった、こじんまりとしているが、素朴で雰囲気の良い家であった。


「これなんか、どう? 4人ぐらいで済むなら丁度いい大きさだし、メインストリートから近いから便利よ。井戸も隣にあるから水に不便しないし」


 ホルンにそう言われて、シホーヌは適当といった感じにサラッと見るだけで、興味を失ったようで首を横に振ってくる。


「何か違う気がするのですぅ」

「何かって何よ?」


 とホルンが問いかけるが、「何かは何かなのですぅ」と要領を得ないシホーヌの言葉に溜息を吐く。


「じゃ、次を見に行きましょう」


 そう言うと移動を開始する。


 次に向かった先は、小川があり、水車が付いた先程より少し大きな家であった。


 シホーヌは水車に目を奪われて、嬉しそうにするのを見て、これなら満足するかな?と思い、感想を聞く。


「これも何か違うのですぅ」


 またもや、同じような解答に頭を抱えるホルン。

 ホルンも同じように、何故と問いかけるが、結局1軒目と同じ返答をされる。


 仕方がないので、3軒目に行こうとメインストリートを歩いていると、街の中央にある大きな建物にぶつかる。

 それを見たホルンが、腕を引かれるシホーヌに伝える。


「あれが、冒険者ギルドよ。きっと生活する為に相方が選ぶと思うから場所を覚えておきなさいよ?」

「メインストリートを歩いて、街の真ん中を目指したらある大きな建物。覚えたのですぅ」


 なんて適当な、とは思うが間違ってもないので、諦めるように溜息を吐く。



 再び、家を見る為に歩き出し、ついた家、という屋敷に近い建物の前に着く。


「さすがにこれは大きくて、無駄に豪華だと思うけど、これは?」


 シホーヌは、花壇を見つめ、噴水の水で遊ぶと、庭を一周走ってホルンの下へと帰ってくる。

 楽しそうにするシホーヌであるが、またもや、首を傾げて言ってくる。


「何か違う気がするのですぅ」

「これも駄目なの?」


 呆れるホルンは、メモ帳を取り出して、これでもないと言いつつ、呟きながらシホーヌの腕を引っ張って歩いて、次の目的地を目指した。



 空が茜色になる頃、ホルンとシホーヌは市場のある辺りで佇んでいた。


 あれから、何軒も見て歩いたが、シホーヌの返答は、毎回、「何か違う気がするのですぅ」である。

 だいぶ、歩いて、ゴネ出すシホーヌに、「頑張りなさい」と宥めながら、メモ帳と睨めっこしていると、シホーヌの姿が無くなっている事に気付く。


 慌てるホルンが、辺りを見渡すと路地裏のほうに歩くシホーヌを見つけると駆け寄る。


 見つけたシホーヌは、空き地のど真ん中に立って、顔を向けている先にある養護施設と言われたら納得するような建物を見つめていた。


 無事、シホーヌを確保したホルンは、ホッとして辺りを見渡すと、あるモノに気付く。


 容姿は、6歳にもなってなさそうな幼女であるが、どうやら、土地に縛られた精霊のようなモノが佇んでいた。


「確か、ここは商人が売れないとぼやいてた場所のはず……」


 その精霊は、ホルンを見つめた後、シホーヌを見つめると笑みを見せてくる。


 ホルンは、精霊を見つめて、ある可能性に行き当たる。

 この精霊は、この土地を守り、住む者を選別してるのではないのだろうかという事にである。


「ホルン、ホルン! ここなのですぅ! ビビっときたのですぅ!」

「そう、ここが貴方が求める場所なのね」


 そう言いつつ、ホルンは精霊を見つめ続けるのを見たシホーヌが首を傾げて言ってくる。


「何か面白いモノがあるのですぅ? 草しかないように見えるのですぅ」


 シホーヌの言葉を聞いたホルンは、先程思った事に確信を得る。


 どうやら、この精霊は姿を晒す気がないようであるが、土地に縛られた精霊の為、大地を司る女神のホルンからは隠れられないようである。


 見えてないと分かっているのに、シホーヌに笑いかける精霊を見つめ、導かれるようにやってきたシホーヌは認められたのであろう。


 空き地の奥に立つ家は、正直大きいとは思うが、巡り合わせというモノなのだろうと腹が決まったホルンは、


「分かったわ、ここにしましょう。手続きしたら宿に帰るわよ」

「やったのですぅ!」


 そういうとメインストリートを目指して走り出すシホーヌ。


 それを見つめたホルンは呟く。


「認められて導かれたのか、それとも運命を手繰り寄せたのか、どちらが正しいか分からないけど、さすがは運命を司る女神の面目躍如といったところかしら?」


 頬笑みながら、離れた所から、手を振って、ホルンを呼ぶシホーヌに急かされて、この土地の持ち主の商人に会う為に歩き始めた。



 契約を済ませて、宿に帰る道すがら、昨日に続き、シホーヌをおんぶして夜道を歩いていた。


 歩き疲れたシホーヌが商人のところに着く前に眠いと言いだしたので、仕方がなく、おんぶして歩いたが、着いて、契約が纏まっても起きないので泣く泣く、再び、背負って帰る事になったのである。


「まったく、この子は、ちょっと褒めたらすぐこれだからっ! 相方に渡す前に私がしっかりと説教してやらないといけないわ!」


 今までも腐るほど同じような事を思いつつも、キツイ事が言えずに過ぎてきている事を棚上げにして、憤慨するホルン。


 口をムニムニさせるシホーヌが、「ホルン、待って欲しいのですぅ」と寝言を呟くのを聞いたホルンは、ヤレヤレと溜息を吐くと、「説教は今度ね」と相変わらずの甘い事を呟き、ずり落ちそうになっているシホーヌを抱え直すと宿に向かって歩くのを再開させた。

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