第1話 私の手の内なのですぅ
シホーヌ達の前には、領主の館と言われると小振りな館の前にやってくる。
趣味の良い庭園が広がり、庭師達が、楽しそうに剪定などをしながら、意見をぶつけ合う姿が見えた。
その剪定をする過程で出たゴミを掃き集めるメイド達が、そのやり取りを楽しげに見つめて、笑うというアットホームという言葉が似合う屋敷であった。
ホルンは、そのやり取りを遠くから見て、ここの領主の人柄を見たような気分になり、そんな場所で、我が友人が住める事を心から自分達の上司達に感謝の念を送る。
「街に入る為に、領主さんにサクッと身分証明書を作って貰うのですぅ~」
何も考えてなさそうな友人、シホーヌが意気揚々と歩き出すのを、ホルンは止める。
「ちょっと、待ってね? どうやって作って貰うつもりなの、いえ、それより先にどうやって会おうとしてたの?」
「それは決まってるのです。玄関に行って、『領主さんいますか? 遊びに来たので、開けてください』って言えば、いらっしゃい、って歓迎されるのですぅ!」
どやぁ、と言い放った後のような顔をしたシホーヌが、ホルンに告げる。
ホルンは、シホーヌに、「ちょっと待ってね?」と言いながら、眉間を揉みながら考えに耽る。
天界に居る頃は、多少の無茶が通るから、なぁなぁ、で通る部分があった。だが、天界から出た神は、人よりしぶといが、死ぬ恐れは、人と大差はない。
ホルンは、決心した。シホーヌの相方になる人物については、口煩いと言われようが、絶対、まともな人選になるように口出しをしようと……
それまでは、自分が頑張るしかないと、気持ちを引き締める。
「あのね、シホーヌ? 確かに、ここの領主は人柄が良さそうな気がするけど、それで入れてくれるような領主は存在しないわよ?」
「そんなのやってみないと分からないのですぅ!」
シホーヌは、自分の考えに一分の隙もないと言わんばかりに、胸を張ってくるのを見て、長年の経験上、言葉では退かないと感じたホルンは強権を発動する。
シホーヌの柔らかい頬を両端から抓んで引っ張りながら、染み込ませるように語りかける。
「いい? 不特定多数の人に目撃されたら、記憶操作などをする力を使わないといけない。でも、神々会議でも言われてたでしょ?」
頬を引っ張られて、涙目のシホーヌは、ホルンの手を掴みながら、何の話?と言いたげな顔を向けてくるので、ホルンのコメカミに血管が浮く。
シホーヌの柔らかい頬がどこまで伸びるかチャレンジを始めたホルンが続きを語る。
「神の力を使うのは必要最低限にするようにと言われたでしょ? ここの使用人達の記憶を操作するのは、それに適用されるとは思えないわ」
ホルンに頬を引っ張られているシホーヌは、「ごふぇんなしゃい」と連呼しながら、滂沱の涙を流しながら必死に謝ってくるので、溜息と共に手を離してやる。
頬を赤くして、両頬を摩り、恨めしそうにホルンを見つめるシホーヌは聞いてくる。
「じゃあ、どうしたらいいというのですぅ?」
「それはね?……」
ダンガの領主、ペペロンチーノは、使用人達の頑張りでいつも美しい庭園を眺めながら、ノンビリとお茶をするこの時間が好きであった。
今日も、お気に入りのカップと銘柄のお茶で楽しみながら、新しく入った新米メイドの奮闘の姿が見えるような、不揃いのクッキーを齧り、お世辞にも美味しいと言えないが、優しい気持ちにさせられながら庭園を眺めていた。
ペペロンチーノは50歳を迎える年ながら精悍な顔つきをしており、武人の趣を感じさせる。
実際に、5年前まで、近衛騎士の副団長をこなしていたバリバリの武人であったが、年と体の衰えを理由に親から引き継いだダンガ周辺の土地を守るという第2の人生を楽しんでいた。
ダンガ周辺には貴族も少なく、そのせいか、権力競争をするものは、ほぼ皆無で穏やかな日常を過ごしていた。
そんなある日、庭を眺めていると、背後に気配を感じて、慌てて立ち上がる。
振り返った先には少女2人が立っていた。幼いほうは白いワンピースを着ており、成人しそうな少女は、黒いジャケットを羽織り、軽く腕まくりをして、パンツ姿は男装の麗人かと思えば、カッコ良いというより、可愛いが勝っている少女であった。
2人の目から敵意は一切感じないが、万が一があると一瞬身構えるが、ジャケット姿の少女が、ゆっくりとお辞儀をしてくる。
それに毒気を抜かれたペペロンチーノは、「何の用じゃ?」と問いかける。
「ダンガで生活するための身分証明書を作って頂きたいのです。勿論、無茶なお願いをしてる事は、理解しております。ですが、どうか、お願いできませんでしょうか?」
普通なら、帰れ、と一蹴するか、人を呼ぶかするところであったが、どうにもこの少女の目を見て、頭ごなしに拒否する気になれなかったペペロンチーノは、顎に手をやり、悩み始める。
自分でもおかしいとは思うが、どうにかして、この少女のお願いを聞いてあげたいと、作る言い訳を考えている自分に失笑しそうになる。
そうする事が、自分にとっても良い結果を生むと現役時代、何度となく自分を救ってきたカンが囁くのである。
黙って見つめ合う2人を見て、じれったくなったらしい幼いほうの少女がしゃしゃり出る。
「焦れったいのですぅ! ここは私にお任せなのです!」
「待ちなさい、この馬鹿ぁ!」
幼い少女は少女の手から逃れるとペペロンチーノの前へと躍り出る。
目の前にくると、イタズラをしにきた幼い頃の自分の娘を思い出すような顔をすると、懐から糸と穴のあいたコインのようなモノを出してくる。
糸をコインの穴に通して吊るし上げる。
吊るしたコインを背伸びをして、ペペロンチーノの目線に合わせようとするが、届いてないが、本人は届いていると信じ切った顔をして、呟きだす。
「おじさんは、私に身分証明書を作りたくなるぅ~、なっちゃうのですぅ~」
ペペロンチーノは、馬鹿な事をと一瞬思うが、これはチャンスかもしれないと目を細める。
たいした反応がない事に、徐々に涙目になっていく幼い少女は口をワナワナさせていく。
この残念な子の手に乗ろう、と腹を決める。
「うん、ワシは身分証明書が作りたくなってきたな~」
ペペロンチーノは、自分でも棒読みだな、と思うが、強引に押し切る。
フラフラと操られているような仕草をしながら、自分の机に行き、書類とペンを取り出すと、幼い少女の名前を聞くと書き始める。
『我がペペロンチーノの名の下、シホーヌ一同の身分を保障する者とする
ダンガ領主ペペロンチーノ』
そう記載したものを、幼い少女に手渡す。
それを嬉しげに受け取り、後ろにいる少女に勝ち誇るようにする。
そして、幼い少女はペペロンチーノに、「ありがとうなのですぅ!」と元気の良い返事をして、堂々とドアから出ていく。
それに出遅れたように顔を片手で覆う少女が、ペペロンチーノを見つめると、ペコペコと頭を下げてくるのを、気にするな、と言いたげな顔をしながら手を振る。
少女も後を追いかけるようにドアから出ていく姿を見届けた後、ペペロンチーノは、元のお茶をしていた席に戻り、冷めたお茶を一口飲む。
「まあ、悪い子じゃないだろうから、困った事にはならんだろう」
そう呟くペペロンチーノであったが、彼のカンは本物であった事を知るのは、先の話である。
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