Episode 01-7
この、聞き覚えのある覇気の無い声は。
思わず目を開け確かめてしまった。
その人の姿は、路地裏から現れた。
片手剣を携え、防具は籠手のみ。その代わりと言ってはなんだが、黒いジャケットを羽織り、靴はブーツという始末。
剣と籠手が浮くというよくわからない格好だが、それでも強かさを強く感じた。
赤髪を雑に伸ばし、気怠げに頭を掻くその男は。
「団長……!? なんで……!?」
「いや俺はなんか疲れてんのかなぁって思ってほっとこうと思ってたんだけど、セナにどう考えてもお前がなんかやらかしたんだろ謝りに行けやって蹴られてさぁ、仕方なく来たらこの有様だよ」
団長の登場に驚いたのは、私だけではなかった。
「アレン……ッ!?」
「おう、昨日も会ったな、スパイ野郎」
スパイ野郎!?
「なッ、なんでそれをお前みたいな下っ端が知ってるんだ!?」
「国から直々に、最近他国に買収された奴がいるみたいだから突き止めろって命じられてな。連日深夜の張り込みやらなんやら大変だったよ。まさか早朝に逢い引きしてるとはな。大方ここで他国の奴と待ち合わせるつもりだったんだろう」
夜に家にいなかったのは、そういう理由だったのか。
それでも二人は、納得がいかないようで険しい剣幕でまくし立てる。
「テ、テメェみたいな落ちこぼれが、そんな重要な任務を任されるはずがねぇ!!」
「おいおい、学院で自分が知ってることだけが常識だと思うな、と教わらなかったか? ちなみに俺は教わってない」
「ふざけてんじゃねぇぞ!!」
「お前らの緊張を解いてやろうと思ってよ。これから痛い目見るんだから、筋肉をほぐさないと」
団長の挑発とも取れる発言に、二人は道化を見るかの様に鼻で嗤う。
「あのよぉ、お前自分の立場分かってんのか? こっちには十人以上の傭兵がいる。片やお前は剣の才能のない凡夫、唯一の味方は落ちこぼれの底辺女だ。お前に勝機は、一欠片もない」
「……あ?」
「よく聞き取れなかったのか? もう一度言ってやるよ!! テメェら落ちこぼれのクズどもには、百回やっても負ける気しねぇよ!!」
団長の顔から、辛うじてあった穏やかな感情が全て消えた。
「……そうか」
そして、腰に掛けた片手剣に手をかける。
「気絶だけで済ませてやろうと思ったが、気が変わった。もうちょっと、痛い目見てもらおう」
「痛い目見るのはお前の方だァ!!! 行けェ、テメェら!!」
武装集団が団長に一気に襲いかかる。団長は剣を抜くと、片手剣であるはずのそれを両手で持ち構える。
傍目で見ながら、どう考えても無謀だと思った。団長はこれまでの話から察するに、やはりそこまで強くはないだろう。ただでさえ数で負けているのに、勝機がある訳が無い。
ほら、今にも襲いかかる幾多の斬撃が団長の体を貫こうと……こんな時にも私は何もできな
「あぎゃああああああッ!!?」
悲鳴をあげたのは、敵の方だった。
最初に襲いかかった三人の内の一人が、燃えていた。
比喩表現ではなく、燃えていた。
「なにッ!? 魔術か!?」
「ダメだろ、攻撃手段の分からない相手に不用意に近づいちゃ」
「いつ術式を……ッ?」
そう、私の目から見ても疑問だった。
魔術を行使するには術式を構築し、それを行使する必要がある。
その術式とは、言葉による詠唱もあれば、体を動かす動作的なものもある。
が、誰の目にも見て分かるように、術式を組まなければ、魔術は発動しない。
正確には、術式無しでも魔術は発動するが、規模は相当に小さくなるし、消費する魔力はとてつもなく大きくなる。
なのに、魔術はしっかりと発動した。
側から見れば、二つの太刀筋をすんでのところで躱し、残りの一筋をその手に持つ片手剣で受けただけなのに。
しっかりと炎系の魔術は発動し、男を捉え、その体を燃やした。
「いつ術式をって? 太刀筋を受けて、その時に右手の小指だけ開いて、左足を少しだけ下げて、息を三回吸って吐いて……それで術式は成立だ」
「はぁ!!??」
敵達と私の声がリンクする。そりゃ驚くって。
「そんな術式見たことも聞いたことも無いですけど!?」
「お前が知ってる術式は教科書に載ってる一般化された限定的な体系のだろ。あくまでアレは万人が術式を行える様に構築されたサンプルだ。本来は術式なんていくらでも自分で変更、再構築が可能。ある程度型を決めておかないと実戦で使うのに苦労するってだけの話だ」
納得がいっていないのは敵方の二人だった。
「テ、テメェ、学院にいた頃はそんなの知ってる素振りも無かっただろ……ッ!? 一体いつ、そんなのを身に付けやがったッ!?」
「入団してから、このままじゃいかんと思ってな。親父のコネを使ってちょっと高名な魔術師に弟子入りしたんだよ、かれこれ二年間くらい」
コネというのは、このことだったのか。
「入団にコネを使ってたんじゃなかったんですか?」
「ンなことするか。流石に学院は全うに卒業したわ。まぁ、恵まれてることには変わりないけどな」
oh、私の勘違い、タクサンアリマスネー。
私の早とちりで、私の勘違いでどれだけ団長に失礼なことを言ってしまったんだ。
自分が恥ずかしく、恨めしい。
穴があったら入りたい。
が、そんな思いを晴らす余裕はこの修羅場には無い。
依然として緊迫した空気が漂うが、先程の様に傭兵達は迂闊に近づけなくなっていた。
膠着状態は、一分程続いたが、とうとう痺れを切らしたのか、斧を持つ方の男が傭兵達に呼びかける。
「このままチンタラしててもしょうがねぇ、攻めろ!! こっちはまだ九人いるんだ、数で押せば何らかの攻撃は通る!!」
そう、言い終えた瞬間に団長が動きを見せた。
一番近くにいた傭兵に距離を詰め、斬りかかり剣戟を始める。
相手も武器の腕は相応にあるらしく、仕留めるには叶わない。
団長の意図は分からないが、傍から見てこれは良くない状況だ。
一人の相手に集中することで、背後に隙ができてしまう。
その隙を狙われれば、敗北は必死という他ない。
……私が、サポートすべきじゃないのか。背中を守るべきじゃないのか。
そんなことをするのもおこがましいかもしれないが、それでもいないよりはマシなはずだ。
サポートするなら、他の傭兵が動くよりも先に、行かなければ。
そう思い、剣に手を掛けた時。
「お前は動かんでいい!!」
こちらを一瞥すらもしていないのに、まるでこちらの動きが手に取って分かっているかのように団長は私に静止を呼びかけた。
「お前に剣を持つ権利はまだ無い!! 大人しく生きる義務を果たせ!!」
「で、でも」
そんなこと言っても、どうぞ襲ってくださいとばかりに背後は隙だらけだ。
私の懸念通り、傭兵達は数人で団長の背後に襲いかかる。
その瞬間、団長は待ってましたとばかりに口角を上げた。
相手の剣を一度切り払うと、その隙に勢い良く後ろを振り向き、その勢いで剣を横に薙ぐ。
まだ傭兵達とは距離があり、剣が届くことはない。が、驚くべきはその後だ。
団長の剣の軌道と同じ様な風の刃が、団長の手元から高速で飛び出す。
突然現れた飛ぶ斬撃に対応することもかなわず、三人の傭兵はそのまま腹を切り裂かれていった。
団長は再度振り向くと、その様子に驚愕し硬直した隙に相手の急所、……つまり股を蹴り飛ばし、痛みに悶えている内に斬撃を食らわせた。
この一瞬で、四人の傭兵を倒してしまった。
戦闘経験の薄い私から見ても、ハッキリと分かる。
団長は相当な実戦経験を積んできた人間なのだ、ということが。
あえて敵に隙を見せ、それに乗じた時に効果的な反撃を行う。
この行動が、一朝一夕で身につくものではないことは明らかだ。
「これでお雇い集団はあと半分、だな」
息も乱さずそう言う団長の姿は、一種の畏怖を感じさせた。
「クソがァッ!! テメェら、さっさと片付けろッ!!!」
男は目を赤くし、叫ぶように傭兵に呼びかけるが、先程とはうってかわって、彼らは動こうとしなかった。
「何してやがンだ!!? さっさと殺せっつってンだよ!!」
「……む、無理だ」
反応したのは、傭兵の中でも一際大きい、おそらくリーダー格であろう男だった。
「アァ!?」
「万一の為の護衛だから楽勝な任務だと? ふざけやがって……!! 俺たちをだましてたのか!?」
「オイ、何の話だ!?」
「赤い髪、不規則で予測不可能な術式とそれに伴う戦闘展開……間違いねぇ、コイツは『赤の執行者』だ……ッ!」
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