第29話 理香6 計画
理香はあのボーイと自分の部屋にいた。
ボーイの名は『多田 新』といった。相変わらず理香の部屋は散らかっている。
「で、その計画を手伝えっていう訳?」
新が言う。理香は、以前この施設から逃げ出した女の子を見た話、実は1階の事務局は見せかけだけだという事、地下には何か大きな施設がありそうだという事等を新に話していた。
「嫌なら断って。でもここまで聞いて、地下に何があるのかとか知りたくない?」
理香はこの施設の地下に入り込む為、計画を練った。しかしその実行には誰かの手を借りねばならず、仕方なくこの目の鋭い新という男に全てを明かし、手伝いを頼んだのだった。
「そりゃあ、俺だってもともと、ここはなんか変だとは思ってるけど、出来れば何事も無く出て行きたいんだよなぁ」
新は口元を少しにやつかせ呟く。彼のそういった微妙な表情がどこか理香に不信感をもたせる。
「あ、そ、じゃあいいわ。ごめん、これまで言った事も忘れて」
理香がそう言うと、新は呆れた様な顔で理香を見て言った。
「でも、お前は一人でもやるんだろ?」
迷い無く、理香が頷く。
「はー、何なんだよ。聞いちゃったんだから、聞かなかった事にはできないし、俺は好奇心旺盛かつ、女の子を放って置けないタイプなのよ」
「それって……」
理香が新を覗き込む様に見つめる。
「ああ、手伝うよ。俺が手伝えば失敗は無いだろうし、このまま何も知らなかった事にしてここ出て行くのも無理だし……」
「おお! さすが、私が見込んだだけはある。ちょっと自信家なのは気になるけど,まじで助かります!」
新は、調子の良い理香を、ため息混じりに睨み返すと、少し目をそらした後、ぷっと笑った。
その後も二人は何度か会って話し合い、計画を入念に練った。新が加わった事で、理香が最初に考えていた計画は大幅に変わった。理香が考えていた案はかなり強引に事を進めるものであったが、それでは無理だと新から駄目出しを食らってしまい、結局新を中心に、より計画的な案が立て直された。
2人の計画は、理香がここの医師になりすまし、あの鍵を使って地下に進入するというものだった。この施設には100人近く白衣を着た医師がいる。その中には黒髪の女性も何人かおり、地下に入ってしまえば、4つの棟全員の医師の顔を覚えている人間もいないであろうし、ばれる事もないだろうという考えだった。ただ問題は、高谷や、その他顔を知られた医師達に絶対会わない様、事を運ばねばならない事だった。また医師を装う為のグッズも怪しまれずに調達しなければならない。
2人は新の仕事が終わった後、理香の部屋でワインを飲みながら作戦を練っていた。新は言った。
「俺はこの前、話に出てた大きめの、なるべく無理なく白衣に作り変えられそうなシャツを担当医に購入依頼出しておいたよ。おまえはミシン頼んだの?」
「うん。明後日にはくるみたい。担当医には、君が裁縫するの? ってびっくりされたけど」
理香が苦笑いを浮かべながら言うと新は笑った。
「はは、まあ、意外だわな。おまえのこの部屋を知ってたら、そんな女の子っぽい事しそうにないしな」
「ちょっと、馬鹿にしすぎじゃない? びっくりする様な出来栄えの物作って見せるから、驚くなよ」
理香がふてぶてしく言う。
「はいはい、じゃあ、今週中に白衣は出来上がるかな。来週中に決行ってプランも計画通りいきそうだな」
二人の計画では、来週の金曜日の夜、決行することになっていた。今まで見てきた中で、一番医師が少ない時間帯で、なおかつ高谷や、理香の顔見知りの医師がいない時間帯、そして週末の引継ぎか何かで、医師達の、会議室と書かれた地下への入り口への出入りが増える時間だった。ここまでの情報を集めるにも、2人にとっては、あの事務局への小窓や、担当医から少しずつ聞きだすなどの手段しかなく、大変な苦労だった。
「いよいよか……。少し恐い気もする……」
理香が珍しく弱気な声で呟いた。
「何言ってんだよ。今更。見つかったって殺される訳でもないし。過去を失ってる俺らに、恐いもんなんかあんのかよ」
新が鋭い目を前髪の向うから覗かせる。
「違うよ。恐いのは、この事で、もしかしたら自分の過去が明らかになるかもしれない事だよ……。 以前の自分がこんな施設に入ってまで忘れ様とした過去……」
理香が不安そうに言うと、新はいつもの鋭い目を優しげな表情に変えて言った。
「大丈夫だって。おまえは何を知ったからと言って、まぁ、ちょっと凹んだりするかもしれないけど、すぐ立ち直れるって。それよりも、この施設の本当の姿が分かるかもしれないんだから、ドキドキするじゃん。あ、何を見ても、絶対お互いに秘密は無しな。俺らはもう共犯者なんだからな」
理香は、新の口から出た、共犯者という言葉に新の優しさを感じた。彼なりに1人じゃないと伝えてくれたのではないかと思った。
「うん。そうだね、了解。来週に向けて、メンタル鍛えとく」
それを聞いた新はゆっくりとダイニングの椅子から立ち上がった。
「じゃあ、またシャツが来たら持ってくるわ」
「うん。よろしく」
新がドアから出て行く音を確認し、理香は座っていたベッドに横になった。
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