第8話 結2 気持ち

 結は部屋に戻ると、きちんと整理された靴箱に、履いていたサボを戻し、白いスニーカーを玄関に置いた。


 そして小さな廊下の奥のダイニングを抜け、ダイニングから丸見えになっていたベッドコーナーを仕切る為に用意した、緑色の布のついたての向こうへ回ると、そこにあるクローゼットの中から、着心地の良い、フリースのセットアップを取り出し、それに着替えた。

 下ろしていた髪をアップにすると、結は部屋にかけてある、時計で時間を確認した。

 1時間ごとに小さな鳩が飛び出てくる、お伽話から出てきた様な時計だった。もちろんこれも高谷にお願いしたものだ。

 今は鳩の出てくるのが毎度気になるので、その機能は止めてある状態だった。


「6時か……。ちょっと早いかな」


 結はつぶやくと、そう言いながらも、黒い小さなミニバックにミニタオルと冷蔵庫で冷やしてあったスポーツドリンクを入れた。そして玄関まで行くと、傘立ての横に立てかけてあるピンク色のヨガマットを手に取り、白いスニーカーを履く。部屋を出ると結はエレベーターで30階に向かった。


 30階で下りると、そこには30スポーツジムと大きく書かれた壁があり、その前には、人が四、五人入れそうな丸いカウンターがあった。左側は女性専用、右側は男性専用入り口になっている。


「こんばんわー」


 と、カウンター内の健康的な笑顔の女性が、元気に挨拶をしてくる。


「こんばんわー」


結も同じ様に返事をし、カードを彼女に渡した。ここでは、このカードに色々な役割がある。


 クレジットカードや身分証、部屋の鍵、他にも施設のイントラとアクセスし、色々な個人情報を取り出す事も出来る。受付の彼女は、カードを受け取り、手元のカードリーダーにそれを通してから、顔をあげ笑顔で言う、


「中野結様、今日はこれからヨガのクラスですか?」


 彼女もここの住人のはずだ。きっと色々な葛藤がある中、こうやって明るく笑顔で振舞っているのを見ると、こちらも精一杯の笑顔で返さなければと思ってしまう。


「そうです。ちょっと早いけどマシンからやろうかなと思って」


「無理はなさらず、継続こそ力なり、ですからね」


 そう言いながら、彼女はロッカーの鍵を結に手渡した。


「いってらっしゃい」

 その声に背中を押されながら結は弾む様に中へ入っていった。最近彼女が足しげくジムに通うには理由があった。

 それは体重を4キロ落とすという目標だった。そして四キロ落としたら実行したい事があったのだ。

 それは入所当時より、密かに想いを寄せる高谷に、自分の気持ちを伝えるという事だった。高谷は自分の担当医である訳だし、結よりもずいぶん年上だった。

 そんな人相手に、馬鹿な行為だとは思っていたが、少しでも綺麗になれば、もしかしたら自分にもチャンスがあるかもしれない。結にはチャレンジする前に諦める事など出来なかった。彼女はそんな淡い期待を抱いて、スタジオへ歩みを進めた。目標まで後2キロをきっていた。



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